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酒は飲んでも飲まれるな (後編)

気が付けば、言葉が口をついて出ていた。
一度弾けた胸中は、とどまるところを知らない。

「ちっともわかってないんだね、君は。それがどんなにひどいことなのか。」

大きく見開かれた瞳を、夜の帝王のような艶めいた眼差しで見つめ返し、蓮は無意識に言葉を零し続ける。
こんなこと言うつもりは毛頭なかったのに、なぜか唇が言うことを聞かない。

「俺がすぐ傍にいるのに、ほかの男に笑いかけるなんて。俺の目の前で、そんなことしていいと思ってる?俺がどう思うか、分かってる?」

頭のどこかでしまったと思った時にはもう遅かった。
何かに操られるかのように溢れ出す、押し殺していた本音。


(え・・・?どういうこと?敦賀さんは・・・何を言っているの?)
思いもかけない言葉に、キョーコはただ茫然としていた。
まったく意味が分からない。
分からないままに、身体がカーッと熱くなっていく。
(やだ・・・。どうしたんだろう。私。)

言葉を失ったキョーコの頬から顎先を、蓮がいきなり指でつぅーっと辿った。
突然のことにキョーコの身体は硬直し、瞳は驚きに潤む。

「君もたいがい鈍いよね?俺のこと、ただのやさしい先輩だとでも思ってた?冗談じゃない。俺はいつだって君だけを見てきたのに。
小さな君と出会ったときからずっと・・・ずっと心の底から君だけを想ってた。でも、君は本当に鈍感で。臆病で。だから・・・待ってたんだ。2人の時間が熟すのを。それなのに・・・。」

キョーコに軽く身体を預けるようにして、気が付けば蓮の指先は、栗色の髪をひと房すくいとり、くるくると弄んでいる。

「許せないな。この髪に触れるのも、匂いをうつすのも、俺だけの特権にするつもりだったのに。」
完璧な美貌に包まれた漆黒の瞳がキョーコの瞳を捉えた。

「いいかい?・・・君は誰にも渡さない。誰にも・・・ね。」


(つ、つ、敦賀さんが壊れちゃった!私なんかを相手にこんなセリフ言い出すなんて、いったいぜんたいどうしちゃったの!?)
色艶ダダ漏れでこちらをみつめる蓮の帝王ぶりに、混乱しすぎて身動ぎひとつできずにいるキョーコ。

(・・・ん?セリフ?それだわ!敦賀さん、薬とお酒のダブルパンチで意識が朦朧として、今が撮影中だと勘違いしてるんだわ。
だって今、確かに『小さな君』って言ったもの。私の小さいときなんて、敦賀さんが知ってるわけないんだから。だから、これはきっとなにかの間違い。)
たぶん今は何かの役を演じてるつもりになっているのね、とキョーコは大きくうなずいた。

本当は・・・そう納得しながらも、心の彼方に淋しく切ない風が吹いていた。
ちょっと気付こうとすればわかることなのに、キョーコはそのことから目を閉じ耳を塞いでいた。それも無意識のうちに。

(そんなことより、こんなに酔っぱらってる敦賀さんをほかの誰かに見せるわけにはいかないわ。なんとか隠さなきゃ。)
キョーコは急いで蓮を柱の影の目立たない休憩スペースに連れていき、通路に背を向けたソファに座らせた。

「大丈夫ですか?敦賀さん。今は打ち上げパーティの席ですよ。ドラマの撮影じゃありません。」
「うん。わかってる。」
こくりとうなずいた蓮が軽くウィンクしたのを見て、キョーコは呆れてしまう。
(もうっ、ウソばっかり。これじゃ、ただの酔っ払いだわ。)

「ホントにだいぶ・・・酔ってらっしゃいますね。」
呟いたキョーコに、蓮は小首を傾げてみせた。
そして口許に小さく笑みを浮かべながら囁く。
「ああ、そうだね。俺はいつだって君に酔ってる。君が俺を酔わせるんだよ。」

あまりにも芝居くさいセリフに、キョーコは思わずクスリと笑いを零してしまった。
「ほら、やっぱりダメじゃないですか。いい加減しっかりしてくださいね。ここは演技の場じゃないですよ。わかってるって言いながらそんなセリフばっかり言って。敦賀さんらしくないです。相手が私じゃなかったらとんでもない誤解をしてるところですよ。」

(らしくない、か。)
ふふっと笑うと、蓮は上目遣いにキョーコを見つめ、眉をしかめながら
「ごめん。やっぱり調子よくないかも。悪いけど・・・ちょっと、寄りかからせてくれる?」
ねだるように呟いた。

(何だか怪しい。でも・・・たしかに調子が悪いときって、誰かによりかかっていたほうがラクなものよね。敦賀さん、今日は本当におかしいもの。相当酔いが回ってるのかも。)
少し考えて、キョーコはキョロキョロと周囲を見回してみた。
今いる場所は、パーティ会場から少し離れたひと気のないエリア。しかもちょうど柱の陰に隠れて、死角になっている。
(ちょっとくらいなら・・・平気かしら。)

「えっと・・・私の肩でよろしければ、狭いですけど・・・どうぞ。」
キョーコの言葉に、蓮が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ少しだけ、休ませて。」
そういうと蓮は身体をぐっと傾け、さりげなくうなじに向けて顔を埋めた。

(ええええええ!そっち向き!?つ、つ、敦賀さんの息が・・・く、く、首に!ううん。それよりなにか柔らかいものが・・・これってまさか唇!?)

貸すといった手前、逃げることもできず、硬直してしまうキョーコ。
それをいいことに蓮は、その場所にしっかりと居座る。
「ごめん・・・。こうしてると高さがちょうどよくて楽なんだ。」
囁く唇の動きがそのまま首筋を掠り、キョーコはびくんと身体を震わせた。

けれど、タバコの匂いのしないキョーコのうなじの温もりが心地よすぎて・・・。
蓮はすっかりそこにいる幸福感に酔いしれていた。
そして夢心地なまま、つい片手でキョーコの頭をくしゃりと握り、彼女の気を逸らすと、そのまま首筋よりももっと上、耳の後ろの髪の生え際に軽く吸い付いた。

ひゃうっ!

「つ、つ、つ、敦賀さんっ!」
反射的に、キョーコは両手で蓮の頭を思い切り押しのける。
「い、い、いくら酔ってるからって、お芝居だからって、やりすぎです。正気に戻ってください!」
飛び上がったキョーコの肩に顔をしたたか打ちつけ、ようやく我に返る蓮。
その顔から、サーッと音を立てるように血の気が引いていく。

(俺・・・、確かに今、間違いなくとんでもないコトをしてた。)
全身から一気に力が抜け、崩れ落ちる身体。
両手で頭を抱え込み、蓮はくしゃくしゃと髪をかき回す。

「ごめん。俺、今ひどいことをした・・・。ほんと、ごめん。そんなつもりじゃな・・・いや、そんなつもりはあった、んだけど。じゃなくて、その、どう謝ったらいいか・・・・。」
混乱した様子で必死に言葉を紡ぐが、どんなに言葉を並べても言い訳にしかならないことに気付いたらしい。
「・・・すまない。俺、飲み過ぎておかしくなってたみたいだ・・・。」
ぼそりとつぶやき、黙り込んだ。

(ああ、なにやってるんだ。酔ってたせいとかいうレベルじゃないぞ。下手したらこれまでの信頼もぜんぶ失いかねない。最悪だ・・・。)

恐る恐る顔を上げてキョーコを見れば、まず目に入るのは耳元に小さく残る赤い痕。

(そんなにほかの男の気配を消したかった・・・のか?俺。上書きのつもりか?だからって無意識にもやっていいことと悪いことがあるだろうに・・・。)

自制をなくした自分の暴走に呆れてモノも言えない。

(どうしたら許してもらえるだろう。いっそ好きだと告白して、気持ちを抑えきれなかったんだと正直に話してみたらどうだろうか。・・・いや、そんなこと言ったってこの状況で信じてもらえるはずがない。むしろ、からかうなんてひどいって余計嫌われるのがオチだ・・・。)


そんな蓮の葛藤など露知らず、キョーコは今、悪酔いした先輩を介抱しなければという、妙な使命感に燃えていた。
先ほどまで感じていた含羞も、蓮の情けない言葉を聞いた瞬間、どこかへ吹き飛んでしまったらしい。

「あーもう、やっぱり!お薬飲んだところにお酒をがんがん飲むから悪酔いしたんですよ。正気に戻られたならいいんです。今、お水をお持ちしますから、ちょっと待っててくださいね。」

変わらず親しげなその様子に大きく安堵しつつ、でもあっさりかわされたことが少し淋しくて、蓮は立ち去ろうとしたキョーコの服の裾をとっさに掴んで引き留めた。

「行かないで。」

恐る恐るといった様子でこちらを見上げながら、掴んだ裾を離さない蓮の子供みたいな姿に、キョーコはドキリとする。
(な、なんか子犬がキューンキューン鳴いてるみたい・・・。ど、どうしよう。可愛すぎる。)
「でも、お水を飲まれた方がきっとすっきりしますよ。」
そう答えてみたものの、蓮の子犬っぷりに心揺さぶられて仕方ない。

「わかってる。でも、それよりも今は傍にいてほしいんだ。」
掠れて消えてしまいそうな声に、キョーコはついに動きを止めた。
よく見れば、蓮の顔はひどく蒼白で焦ってしまう。
「あの・・・ものすごくお顔が真っ青ですけど・・・。」

(青いのは、たぶん酔いのせいじゃないと思うよ・・・。)

すぐ隣に座り直し、心配しながらやさしく背をさするキョーコに、蓮はすがるような視線を向けた。
「さっきはひどいことしてごめん。あの・・・ほんとに怒ってない?」
「そんなに何度も謝らなくても大丈夫ですよ。私、旅館のお手伝いしていたときに散々酔っ払いの面倒をみてきて慣れてますから。このくらいのこと全然気にしてませんので、敦賀さんもどうぞ気になさらないでくださいね。」

(いや待って。怒ってないのには安心したけど、そこはやっぱり少しは気にしてほしいかも・・・。)

「まさか、こんなことになるなんて。君がいてくれて本当によかったよ。」
「本当、いっしょにいたのが私でよかったです。いくら悪酔いしてたからって、ほかの方に敦賀さんがあんなセリフ言い出したら、大変ですものね。その点、私なら余計な誤解もしなくて、安心ですから。」

(いや、誤解じゃないし。というより、むしろ君には大いに本気にしてもらいたいところなんだけど・・・。)

「偉そうなこと言ってこのざまなんて・・・ほんと恥ずかしいよ。それにこんな情けない姿をさらして・・・。」
「ふふっ。そうですね。でも、こんな風に酔っぱらうなんて、敦賀さんもやっぱり同じ人間だったんだなあって思えて、ちょっと嬉しいくらいです。」
「そういってくれると安心する。こんな姿を見せられるのも最上さん、君だけだよ。」
「ふふふ。お上手ですね。」

(本当に、君しか俺にはいないんだ・・・。)

「そんな風に言っていただけるなんて後輩として光栄至極です。敦賀さんにはいつもお世話になってますから。不出来な後輩ですが、こんなときくらいどんどんこき使ってくださいね。」

(後輩として、か・・・。そうだよな。そうなるよな。相手は君なんだ。そうきて当然だよな・・・。
いや、待てよ。それならそれでこの状況を逆手にとって、彼女を・・・。って、なに考えてるんだ、俺。まだ酔ってるのか。そんなことしたら全部おじゃんじゃないか。)

「だめだ・・・。」
蓮は思いきり、頭を抱えてうつ伏せた。


「あの・・・そんなにしんどいですか?」

くしゃくしゃにかき乱された濡羽色の髪。
震えているように揺らぐ広い肩。
それを見つめるキョーコが、ふっと耳元に手をあてる。
瞬間、その頬にさっと赤味が差した。
キョーコ本人も、俯いたままの蓮も、どちらもまったく気づいていなかったけれど。


「たしか今日は・・・社さんはもう事務所にお戻りになられたんですよね。」
俯いたままの蓮の頭が小さくうなずく。
「このままお帰しするのも心配ですし・・・もしお邪魔でなければ、敦賀さんをご自宅までお送りしたいんですが。」
そのひと言に蓮が驚いたように顔を上げた。
「いつもとは逆ですね。」
微笑むキョーコの頬から、差していた赤みはもう消えている。
そのせいだろうか。
せっかくの笑顔もいかにも酔っぱらいをあしらっているように思えてしまい、蓮はがっくりと肩を落とした。

「あの、最上さん・・・。」
「なんですか?」
一層募った情けなさを押し隠し、蓮は懇願の表情を浮かべる。
「悪いけど・・・、少しでいいから、家に着いてからも傍にいてくれる?」

そんな蓮にキョーコはやさしく微笑み返す。
「もちろんです。敦賀さんが落ち着かれるまで一緒にいますから、安心してくださいね。」

よかった、と蓮は思う。
許してくれただけマシじゃないか、とも。
でも・・・。

(このままじゃ、いつになっても、君が俺のものになる日はこないんじゃないだろうか。)
あれだけのことをしても先輩と言いきられた事実に、複雑な想いが渦を巻く。

だから、勝手だとはわかっているけれど・・・。

(その痕が残っている間だけでいいから、君は俺のものなんだと、そう思わせて。)

情けないほどの自分のへたれぶりと前途の多難さを憂いながら、蓮はキョーコの耳元にそっと視線を送った。



その視線を感じたかのように、不意にキョーコが耳元に手をあてる。
慈しむように、その場所をすっと撫でると――。
キョーコは、もう一度蓮に向かって天使のように微笑んだ。






Fin

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