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夕陽に魅せられて (後編)

「そういえば・・・最上さん、今日はもう仕事終わったの?」

ただ声を聞きたくて、そして、キョーコの視線をもう一度自分に向けたくて、話しかけてみる。
この後の時間をいっしょに過ごせれば・・・、という期待も込めて。

かけられた言葉に返事をしようと顔を向けたキョーコは、蓮と視線がまともにぶつかり、息を飲んだ。
長い睫毛が揺らぐ音まで聞こえそうなほど近く。
目の前にあったのは、艶めいた色を瞬かせる黒曜石のような瞳。

(いつから、見られてたの・・・?)

驚きに目を見開いたものの、すぐにっこりと微笑んでみせる。
激しく脈打ち始めた鼓動には、気付かないフリをして。

「ええ。今日はこの荷物を運んで、椹さんに報告を終えたらおしまいで・・・あっ。」

言いかけたキョーコの目線が、蓮の目元で止まった。
至近距離でまじまじと見つめられ、今度は蓮のほうが恥ずかしさに目を逸らしそうになる。

「敦賀さん。睫毛が・・・」
ふわりと空気が動き、キョーコの手が蓮の顔に伸びた。
無意識に差し出された指先が、すっと目元を辿る。
落ちた睫毛を払おうとして。

「え?」
突然のことに驚いた蓮が思わず首を揺らした、その弾みでぶれたキョーコの指先が蓮の唇を掠めた。

唇にもたらされた僅かな温もりとやさしい感触。
蓮の胸がギュッと掴まれたように痛んだ。

そのとき――、
「やわらかい・・・。」
キョーコの口から思わず零れた呟き。
それは、心音にすらかき消されそうなほど微かなものだったけれど、蓮の耳はしっかり捉えていた。

表情から、そのことに気付いたのだろう。
「あっ」と小さく叫ぶと、キョーコの全身が硬直したように固まった。
やがてその顔が、わかりやすいほどみるみる赤く染まっていく。

思いがけない言葉と反応に、蓮は唖然とした。
と同時に、胸の内に熱い衝動がどくどくと込み上げてくる。
その衝動を抑えきれず、蓮は離れかけていたキョーコの左手首をがしりと掴んだ。

掴んだ場所から伝わってくるキョーコの温もりと激しい鼓動。
その二つを感じとった瞬間、蓮の全身がカーッと熱くなり、触れた箇所から痺れるような感覚が全身へと走った。
けれど、掴んだ手は決して緩めない。

(夕陽のせい・・・じゃないよね。そんなに顔を赤くして・・・それはただの恥じらい?それとも・・・)

自分の顔も赤く染まっていることなど気付きもせず、蓮は思う。
そして万感の想いを込めて、キョーコを見つめた。

その心にあるものをなんとか見透かそうとするように。


*


ひたむきに自分を見つめる端正な顔にキョーコの瞳は釘付けになった。
心臓が信じられないほどの勢いで早鐘を打ち始める。

(どうしよう。こんなにドキドキして。敦賀さんに・・・気付かれる。)

認めまいとしてきた想いは、一度出口をみつけてしまえば湧水のように止まることなく流れ出してしまう。
溢れかえる想いを、抑える術はもうない。


「最上さん・・・。」
ずるずると後ずさりしかけていたキョーコの名前を、蓮が口にした。
キョーコの身体がびくりと大きく震える。
それでも蓮は、ためらいなく掴んだ手をぐっと引き寄せた。

「は、離してください。」
掠れるほど震えた声が蓮の心を揺らす。
俯いたままキョーコは蓮を見ようとしないけれど、間近に見下ろせば、耳の先まで赤く染まっているのがよくわかる。


その瞬間――、蓮は覚悟を決めた。


「いやだね。だって、離せば君は逃げてしまうだろう?」
「に、逃げません。」
「嘘だ。」
「嘘じゃ・・・ないです。」

さりげなくキョーコの退路を身体でふさぐ。

「逃げるつもりがないなら、このままでも別にかまわないよね?」
「な、何言ってるんですか。こんなところ誰かに見られたら、きっと誤解されます。」
「誤解・・・?」

本気で意味がわからない、といった表情をしてみせる蓮。
見て見ぬふりをして、自分の主張を続けるキョーコ。

「ええ。そうです。敦賀さんと私が、その・・・なんていうか・・・。」
「恋人同士なんじゃないか、とか?」

そう言うと蓮は楽しそうに微笑んだ。
一方キョーコは、これまでにないほど慌てふためいている。

「そ、そ、そんな・・・ち、ちよ、直球な言い方・・・。」

舌がもつれて言葉も出ないほど動揺したキョーコが可愛くて、蓮はついくすくす笑ってしまう。

「わ、笑いごとじゃありません。天下の『敦賀蓮』がこんな駈け出しのひよっこ女優もどきと噂になるなんて、そんなこと許されるはずないです。」

「誰が許さないの?俺はかまわないけど。いや、むしろ願ったり叶ったりだな。それより・・・」

掴まれた手をなんとか振りほどこうとじたばたするキョーコを、そのまま一気に胸の中に引き寄せた。

「君自身はどう思ってるの?俺のこと。噂になんかなりたくないって思ってる?俺のこと・・・嫌い?」

「そ、そ、そんなこと。あ、あ、あ、あるわけ・・・いや、その・・・」

ふるふると首をふり、言葉にならない情けない声を繰り返すキョーコの顔がますます赤くなる。
その様子をそれはそれは嬉しそうに見つめると、蓮は掴んだ手をそのまま口許に引き寄せ、甲にやさしく口づけた。

「な、な、なにを・・・。」
「やわらかいって、褒めてくれたから。」
焦ったようにどもるキョーコに、蓮は息が止まるほど魅惑的な微笑みを向ける。

「最上キョーコさん・・・」

名前を呼ぶと、蓮は空いていた手でキョーコの顎をとり、目を逸らすのは許さないとでもいうように顔を上げさせた。
熱い感情の浮かぶ澄んだ瞳が、キョーコの心をまっすぐに捉える。
自分の想いのすべてが見透かされているように感じ、キョーコは動きを止めた。
なにより、蓮から・・・目が離せない。

「・・・好きだ。」

ゆっくり、噛み締めるようにそう言うと、蓮は引き寄せた身体を強く抱き締めた。

「ずっと昔から、好きで、好きで、たまらなかった。ずっと昔から、こんな風に君を抱き締めたかった。」

信じられない言葉が、キョーコの耳を駆け抜けていく。
真実を確かめたくて、蓮の顔を見ようとするけれど、胸に頭を強く押し付けられていて顔を上げることすらできない。
代わりに、ドクドクと波打つ激しい胸の鼓動が耳に伝わってきた。
驚いて身を固めれば、蓮の全身が小刻みに震えていることまでわかってしまう。

(あの敦賀さんが・・・こんなに震えている。嘘・・・。ほんとに・・・・?)

なによりも蓮の身体が示す真実に、キョーコはもう逃げ出す力を失っていた。


「本当に・・・私でいいんですか?」

小さな小さな声は少し震えていて、蓮はハッとした。
こみ上げる喜びに、胸が締め付けられるような感覚が全身を襲う。
その想いに突き動かされるように、蓮は動きを止めたキョーコの身体をさらに強く抱き締めた。

「君じゃなきゃだめなんだ。」

握っていたキョーコの左手を再び口許に近づけた蓮は、そう言うと薬指の付け根へ静かにキスを落とした。

「信じて。これは嘘でも、演技でもない。本当の気持ちだ。誓うよ。」

瞬きを忘れたキョーコの瞳に、みるみる涙の粒がふくらんでいく。
その様子に気付いた蓮は、そっと頭をかがめると、雫をやさしく吸い取った。

「君を誰にも触れさせたくない。こんな風に触れるのは俺だけであってほしい。」

ゆっくりと掌を頭の後ろに回し、もう一度キョーコの頭を自分の胸元へ押し付ける。
真実を告げる鼓動が彼女にしっかりと伝わるように。


「君の涙は、これから全部俺が受けとめる。だから・・・だから・・・、ずっと傍にいてくれないか。」


切なくて、苦しくて、どうしようもないほど愛しくて。
だからこそ募る不安に、蓮が押し潰されそうになった、ギリギリの瞬間に。
胸の中の小さな頭が僅かに縦に揺れた。




間もなく姿を消そうとする夕陽の、最後のひとかけらが2人にやさしく降りかかる。

そして―――、
二つの影は一つに重なった。






Fin

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