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夕陽に魅せられて (前編)

窓ガラス1枚を隔てた向こう側から、微かに聞こえる街の喧騒。
その喧騒を包み込むように、赤く輝く夕陽は眼下に広がるビル群をゆるゆると茜色に染めていく。

(今日は・・・空が広いな。)

人影のない事務所の廊下で1人外を眺めながら、蓮はぼんやりと思う。

早朝から続いた仕事がようやくひと区切りし、帰ってきたこの場所。
見慣れた風景が、どこか物足りなく感じるのは、

(たぶん、この数日彼女の姿を見ていないせいだ。)

目の前では、広い空にぽっかりと浮かんだ太陽が空を、街を、すべてを埋め尽くすように赤く染めていく。
そんな風に蓮の心も、気がつけば一色に染まっていた。

(ほんの数日逢えないだけでこんな気持ちになるなんて。)

愛おしさと切なさ。
淋しさとやるせなさ。

恋愛の経験も女性の経験も充分積んだと思いこんでいた。
そんな自分が、初めて知ったこの感情。
彼女の一挙一動に目を奪われ、心ときめき、一喜一憂する。
これまでの経験など何の役にも立たない。
ただ、いいように振り回されるばかりの自分。

(「好きだ」という、たった一言すら伝えられないなんて・・・。)

それどころか、今の関係が壊れることに怯え、ただ見守るばかりの自分の不甲斐なさに呆れてしまう。

けれど一方で、抱えた想いは日に日に大きくなり続けている。
今はもう、なにがきっかけで溢れ出してもおかしくないほどに。

(このままいったら、俺はどうなってしまうんだろう・・・。)

ふぅと大きくため息をつき、視線を外へ向けた。
夕暮れのやさしい光を放つ太陽に、キョーコの面影がかぶる。
そのとき薄くかかっていた雲が切れ、落ちかけた陽射しが蓮の瞳をまっすぐ突き刺した。
眩しさに思わず目を逸らす。
その逸らした視線の先に・・・小さなシルエットが浮かびあがった。


「最上さん・・・。」
神の悪戯のような偶然に思わず驚きの声が零れる。

真っ赤な夕陽がゆるゆると差し込みはじめた長い廊下の端に、荷物を抱えたキョーコが立っていた。
シルエットだけでも、すぐそれと分かる不思議。

「やあ、ひさしぶり。」

蓮の声に、シルエットがほんの少し首を傾げ、片手をかざすように動かしたのが見える。そしてそれはすぐ、はずむように蓮の元へ走り寄ってきた。

「敦賀さん、こんにちは。夕焼けがすごく綺麗ですね。」

隣に荷物を置き、キョーコは蓮に微笑みかけた。
発せられた声に喜びの色が混じっているのを感じ、蓮の口許が小さく緩む。

「本当に、すごい夕陽だね。燃えるようなってこういう色を言うんだろうな。」
「ええ。本当に・・・。」

視線を交わし、微笑みあい、そして並んで沈む夕陽に目を向けた。
そのまま言葉は途切れたけれど、2人の間に漂う温かな空気は変わらない。

(誰かと同じ時間を過ごして、ひと言も言葉を交わさずに、これほど穏やかな気持ちになれるなんて。)

凪いだ想いが、蓮の心に広がっていく。

(彼女といる。ただ、それだけだというのに。)

じわじわと身体中に広がる、幸せな温もり。
その感覚を抱きしめるように確かめながら、蓮は隣で食い入るように夕陽を見つめるキョーコを、愛おしく垣間見る。
同じように真正面を見つめているようで、蓮の全神経はいつしかキョーコだけに向かっていた。

2人の間にあるのは、手のひらほどの隙間。
その僅かな隙間に、それぞれの香りがふわりと立ち上り、そしてゆっくりと混じり合っていく。

(ほんのわずかのこの距離がどれほど遠いことか・・・。)

これが演技の場なら、抱き寄せて愛を囁くことも、口づけることさえ躊躇わずにできるだろう。
(たとえ彼女が相手でも・・・)
けれど、素の自分のままでは、指先に触れることすらできない。

それでも・・・。
どうしようもない衝動に駆られ、何度手を伸ばしかけたことか。
そのたびに、気づかれないようそっと手を下ろし、拳を握ってきた。
もう、何度も。

今日もまた、蓮は伸ばしかけた手を静かに戻し、唇を小さく噛んだ。


ビルが立ち並ぶ地平線にゆっくりと沈んでいく大きな夕陽の反射光が、2人の顔を赤く染めていく。


そのとき―――。
身を乗り出そうと動いたキョーコの肩が、蓮の肩に触れた。
どきりとしてさりげなく横を伺うが、キョーコは相変わらず夕陽に夢中になっている。
その横顔に蓮は眼を奪われた。

(きれいだ・・・。)

窓から差し込む陽光が、栗色の髪を金色に輝かせ、丸みを帯びた輪郭を亜麻色に照らす。
瞬く光に溶け消えてしまいそうなその姿に、物理的な距離以上の遠さを感じ、蓮の身体がぶるりと震えた。


近づいたと思えば遠ざかる。
遠くなったと思えば、不意に信じられないほど懐深くに飛び込んでくる。
そんなキョーコとの距離をどう推し量ればよいかわからず、蓮はいつもとまどってばかりいる。


握り締めた拳に視線を落とし、蓮はふと思う。

(もし、俺がこの腕の中に閉じ込めて離そうとしなかったら・・・君はどんな顔をするだろう。)





(後編に続く)

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