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思ひつつぬればや人の…

「最上さん、君を愛してる。心の底から・・・君だけを・・・愛してるんだ。」
黒く濡れた瞳が、瞬きもせず私を見つめる。
紡がれる言葉に、息を・・・飲んだ。
目を逸らそうとしても、どうしても逸らすことができない。
これは夢だと思った。

私の身勝手な想いが見せた―――――ひどい夢だと思った。


ひつつぬればや人の 見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを
(古今集 小野小町)


いつものように敦賀さんの家のキッチンに立ち、いつものように敦賀さんのために食事を作る。
それはこれまでに何度も繰り返された、そしてこれからも何度も繰り返されるはずの行為だった。
包丁を握りながら、「このキッチンにもだいぶん慣れたわね。」なんて思っては口元を緩ませる。
敦賀さんのプライベート空間に立ち入ることを許された自分が、少し誇らしくて。

初めてこのキッチンに入ったとき、キレイなどという以前に全然使った形跡がないことに驚いた。
驚いたけれど、どうしてかそれが少し嬉しくも感じた。
わざわざ自宅を訪れてまで食事を作る。
ふつうならありえない自分の行動も、食というものにまったく興味のない人が、私の作る食事をおいしいと食べてくれることが嬉しいから。
そう思っていた。
でも・・・、それだけが理由じゃなかったことが、今なら分かる。
それはすべて私の心の奥の奥、小さな箱の中に閉じ込めておかなければいけない想いがもたらしていた。決して形にしてはいけない想いが・・・。


今日もこのキッチンに立てる歓びを小さく噛み締め、包丁を手に取った。
使い慣れた包丁、まな板、菜箸、布巾・・・。鍋も、フライパンも、皿も、グラスも、もう手の届かないところに置かれてはいない。
その事実が、こんなにも嬉しい。

「最上さん・・・。」
リビングでくつろいでいたはずの敦賀さんがふらりと現れ、慌てて包丁を休める。
入口の壁にもたれるようにして、片手を上げ小さく微笑む敦賀さんは、やっぱりこの世のものとは思えぬほど美しくて。
まるで一幅の絵を見るようだった。
「あ、今日はサバの味噌煮にしました。お野菜の炊き合わせと小松菜のおひたしもあるので、しっかり召し上がってくださいね。」
そのままつい見惚れてしまいそうになり、慌てて適当なことを言いながら目を逸らし、冷蔵庫に向かう。
小松菜を取り出しながら、冷蔵庫の扉から零れる冷気で熱くなった頬をさりげなく冷やした。
ひんやりと冷たい空気が、いつもの私を取り戻させてくれる。

「いい匂いだ・・・。今日もおいしそうだね。楽しみにしてる。」
敦賀さんが他意なくかけた穏やかな声が、私の全身にささやかな愉悦とともにさやさやと降り積もっていく。
「すぐ出来ますから。リビングで休んでいらしてくださいね。」
不意打ちに跳ねた心臓を止められず、少し声が震えてしまったのを気づかれなかったろうか。

素直にリビングへと姿を消した敦賀さんを見送り、ほっと安堵の息をもらした。
気づかれちゃいけない。
ずっと変わらずに、あの人のすぐ隣にいるためには、こんなバカげた想いを気づかれちゃいけない。
仲の良い先輩後輩のままでいれば、今のように小さな喜びを噛み締めながら永遠に変わらず隣で笑っていられるのだから。
醒めない夢を見続けることができるのだから。
それを守るためなら・・・、恋など愛など必要ない。
そんな壊れるものなどいらない。

* * *

食事を終え片づけも済ませた後は、リビングで2人並び、敦賀さんが煎れてくれた美味しいコーヒーをいただく。
いつもどおりのひととき。
少し温めでミルクがたっぷり入ったカフェオレが私用のカップに入れられる。
何も言わなくても、敦賀さんがすっとそれを出してくれることがなにより嬉しい。
だから今日もその喜びを伝えたくて、両手でカップを抱えて一口飲んだ後、「美味しいです。」と微笑んだ。
精一杯の想いをこめて。
その直後、敦賀さんが恐ろしい言葉を私に告げた。

「最上さん、君を愛してる。心の底から・・・君だけを・・・愛してるんだ。」

ガラガラと何かが崩れ落ちる音がした。
嬉しくないわけがない。
でも、それ以上に怖かった。
危うくカップを落としそうになり、慌ててテーブルに置く。
そうすれば、まっすぐにこちらを見つめる宝石のような瞳から目を逸らせるから。

これは夢なんだと思った。
私の身勝手な想いが見せた・・・ひどい夢だと思おうとした。

それなのに、置いたカップの温もりが、私に「これは現実だ」と伝える。
だから、手を離せなかった。
息をする音すら響きそうな静寂の中、そのカップがガラステーブルの上でカタカタと小さな音を刻み続けている。
私の身体の震えと同じリズムで。

そうか。本当は・・・仲の良い先輩後輩という距離のほうが夢だったのだ。
私にとって温く心地よい夢。
その中でいつまでも甘やかされていたかった。
いつまでもその夢から醒めたくなかった。

それなのにこの人はそれを許してくれない。
私にとって、何よりも恐ろしい現実を押し付ける。
いつか壊れるかもしれない愛を、恋を、未来を突きつける。

そんな現実からは目を逸らせと、逃げ出せと、囁く自分がいる。けれどその一方で・・・・、この人がくれた言葉に歓喜する自分を私は否定できない。
込み上げる喜びに震える自分を抑えきれない。


ゆっくりと、敦賀さんが近づく気配がする。

くれた言葉が幻だとしても、まやかしだとしても、私はきっとその腕に身を委ねてしまうだろう。
そして、醒めない夢を見せてほしいと、浅ましく望んでしまうだろう。


きっと・・・。きっと・・・。



思ひつつぬればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを 
(あの人を想いながら寝たせいだろうか。あの人が夢に現れたのは。ああ、これが夢だと分かっていたら目覚めなかったのに・・・。)



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