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トンボ、トンボ  ―side K―

「それじゃ、1時間ほど休憩に入ります!」

待ちかねた言葉が耳に届く。
私はすぐにいつもの場所に向かって駈け出した。

“いつも”の場所・・・?
そう思った自分にくすりと笑う。
私ったら、いつの間にかあそこを勝手に“いつもの場所”なんて呼んでた。


以前そこで偶然出会ったとき、敦賀さんは「ここは落ち着くから台本を読むにはぴったりなんだ」と言っていた。

いつもたくさんの人に囲まれて大変そうな敦賀さん。
きっと、あまり人がこないこの場所は、ちょっとした隠れ家みたいなものなのね。
それなら邪魔しないようにしなくちゃ。
・・・そう思ったはずなのに。

どうしてだろう。
撮影が重なると聞いたときは、つい足を運ばずにいられない。
だって・・・
敦賀さんと話すと、いろいろ勉強になることを教えてもらえるから。
そう・・・、たぶん、きっとそう。


ついこの間も、ここに来たら敦賀さんに会えた。
会えるかも、と思いながら足を運んだくせに、いざ会えたら何を話せばいいかわからない。

「こんにちは、敦賀さん。ほんとにいつもここにいらっしゃるんですね。」
「そうだね。休憩時間はここにいることが多いかも。」
「もしかしてって思ってのぞいたら、ほんとにいらしたんでびっくりしちゃいました。実を言うと・・・あれから、敦賀さんと撮影が重なるときは、いつもここをのぞいてたんですよ。」
何気なく口にした言葉。

「え?それは・・・もしかして俺に会いたくて?」
「・・・は?」

!!!!

少し驚いた顔をされて、初めて自分の言った言葉に気づいた。

「な、な、なにおっしゃってるんですか!そ、そ、そんなんじゃありませんっ!」
そんなんじゃないのに。ぜったい、そんなんじゃないのに。

「ちがうんだ・・・。残念。」
ふとこぼされた言葉と、目を伏せた敦賀さんの表情に、心臓がきゅっと締め付けられる。
そんなセリフも態度も、どうせからかってるだけに決まっているのに、なぜかドキンッドキンッと、すごい勢いで心臓が波打ちはじめた。
それに・・・怖いくらい顔に熱が集まってくる。

カタカタ カタカタ カタカタ カタカタ

そのとたん、心の奥に置かれた秘密の箱が、大きく揺れ出す音がした。
まるで、すっかり緩んでしまった最後の鎖を、そうやって一気に解いてしまおうとでもするかのように。

「だ、だって敦賀さん、先輩にはちゃんと挨拶しろっておっしゃったじゃないですか。だから、こちらにいらっしゃるって伺ったときは、まずきちんとご挨拶を、って敦賀さんの・・・。」

必死に言い訳を考える。
でも、それはいったい誰に向けての言い訳?
敦賀さんに?・・・それとも私自身に?

「ふうん。それだけ?」
「それだけって・・・。挨拶は大事って教えて下さったのは敦賀さんですよ。」
「確かにそうだけど・・・ね。」
「ですよね!」



* * *



今日も気づいたら足を運んでいた。
その“いつもの場所”に、いつもの背中が見える。
たくましくて、でも内に秘めた強靭さを滲ませるしなやかな背中。

それを目にした瞬間、莫迦みたいに心が弾むのは、その背中が私にとって理想的な骨格と無駄のない筋肉で占められているせい。
そう、けっして敦賀さんだから、じゃない。

(いけないっ)
無意識に、その背に触れようと自分が手を伸ばしていたことに気付き、気持ちが焦る。
(気づかれちゃう!)
そう思った瞬間、目に入った肩口にとまっているトンボ。

「敦賀さんっ、動かないでくださいね。」

それはとっさに口をついて出た、言い訳の前振り。
もし、伸ばしてしまったこの手に気付かれても、トンボを捕まえようとしただけですと言えるように。


*


まさか、勢い余って膝の上に飛び込んでしまうだなんて!
キョーコのばかばかばか!
もし、敦賀さんに怪我でもさせたらどうするつもりだったの!?
あなたはともかく、敦賀さんは日本の芸能界にとってなくてはならない人なのよ。


申し訳ない気持ちでいっぱいになって、思わず土下座していた。
そんな失礼な私を笑って許してくれる優しい敦賀さん。

「女の子が土下座なんかしちゃいけないよ。」
そう言いながら、ただでさえ誰よりも美しく端正な顔立ちが、一層引き立つ眩しい笑顔を向けられた。
すぐ目の前に揺れる、吸いこまれてしまいそうなほど完璧な美貌。


女の子・・・か。
なんだろう。この気持ち。
対象外って言われた、あのときによく似てる。


「・・・たら、戻ってコーヒーでもごちそうするよ」

鼓膜を艶やかなバリトンが通り過ぎて、はっとする。
見れば、いつの間にか敦賀さんは立ち上がり、すたすたと前を歩き出していた。
慌てて私もそのあとを追いかける。

目の前に見えるのは、

いつか追いつきたくて
いつか隣に並びたくて
ずっと追いかけている背中


・・・あの背中に抱き付いたらいったいどんな感じがするんだろう。


ふと頭をよぎったそんな想いに、慌てて頭をふるふる振った。


いけない、いけない。
いくら理想的な背中だからって、あの骨格や肉付きを確認してみたいからって、そんな大それた考え、そんな破廉恥な考え、すぐにどこかへ吹き飛ばしてしまわなきゃ。
でも・・・。


何かに呼ばれたような気がして、何となく振り向き、さっきまでいた場所をみる。
そういえば、敦賀さんの腕の中・・・すごくあったかくて、すごく気持ちよかった。

その瞬間――――。
頭の中でぽふっと小さく音がして、急に顔が火照りだす。

やだ。
私ったら、いったい何を思い出してるんだろう。



コーヒー、コーヒー、コーヒー・・・・・。
顔の熱を1分でも早く振り払いたくて、頭に浮かんだ単語を呪文のように唱えながら、私は急いで敦賀さんの後を追いかけた。






fin

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