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トンボ、トンボ  ―side R―

いつものように、1人になれる倉庫裏の階段に腰掛け、台本を読んでいた。
昔は台本に集中するために好んで足を運んでいたその場所。

それが・・・。

何度かここで出会って以来、撮影が重なったときは、最上さんが必ずここをのぞいていると知って。
少しでも時間が空くとついこの場所に来るようになってしまった。
偶然の出会いを期待して。

・・・なんて現金な俺。
今日も台本を片手に、淡い期待を馳せている。


「敦賀さんっ、動かないでくださいね。」
不意に耳元で、彼女の囁き声がした。
驚いて身体がびくっと震える。

すると、その瞬間。
突然、背後から最上さんが腕の中に転がり落ちてきた。

(うそだろっ!)

反射的に抱きとめて、確信的に抱き寄せる。

ふわんとやわらかいその身体。
ほわっと漂う優しい香り。
まんまるに見開かれたつぶらな瞳
そして・・・、珊瑚色の艶やかな唇。

あまりに突然のことだったから、押し寄せる衝動に耐えきれず、俺は引き寄せられるように顔を近づけていき・・・

「きゃあーーーっ」

つんざくような叫びで、我に返った。

「す、す、す、すみませんっ!大丈夫ですか?お怪我などなさってませんか?」

ふと気づき、腕の中であわあわと混乱する彼女がそのまま逃げ出してしまわぬよう、さりげなく押さえこむ。

「ううん。大丈夫。それよりどうしたの?なにかあった?」

すぐに質問を重ね、彼女の頭の中をそちらに逸らせてみた。
だって、もう少しこのまま抱き寄せていたいから。

「あのですね。じつは、敦賀さんの肩にトンボがとまっていまして・・・。」

案の定、説明に夢中になった彼女は、そのまますとんと俺の腕の中におさまってくれた。
ふんふんと話を聞きながら、俺は彼女から伝わる温もりを必死に自分へたぐり寄せる。ドクドクと強まる鼓動を悟られぬよう、気をつけながら。
じわりと身体に溶け入って、ほかでは決して得られない幸福をもたらす彼女の温もり。それを俺の中にしっかりと染み込ませたくて。


「最初は、ああ、もう秋なんだなあと思ってみていたのですが、ふいに子どもの頃のことを思い出して捕まえてみたくなりまして・・・」

よくこうやって捕まえませんでしたか?と言いながら、彼女は片手をすこし上げ、指さすように伸ばした人差し指で、クルクルと円を描いてみせた。

「ほら、こうやって指を回しながら近づいていったんです。」

そのくるくるという動きにはいったいどういう意味があるんだろう?
ふと疑問が頭をもたげたけれど、余計なことを口にして彼女が我に返ってしまうのが嫌で、黙ってスルーを決め込んだ。

「それで、もう少しっていうところまで手を伸ばしたとき、“いけない。いきなり捕まえようとしたら敦賀さんを驚かせてしまう”って思ったんです。それで、声をおかけた瞬間に、とんぼが急に飛び上がって。その拍子についバランスを崩して段を踏み外してしまい・・・」

そこまで話したところで、彼女はハッとした顔をして俺を見つめ、周りを見回し、そして・・・

「きゃあーーーっ」

再び声を張り上げた。

まあ予想はついていたから、この腕から抜け出そうと飛び上がった身体を軽く掴んで引き戻す。

「ほら、いきなり飛び出そうとしたらそのほうが危ないよ。落ち着いて。」

言いながら、最後の温もりを満喫する俺。
どうせすぐ逃げ出してしまうのだろうけど、今は少しでもこの瞬間を長引かせたい。

「全然気がつかなかったよ。じゃあ、トンボはもう逃げちゃったんだね。」
「あ、はい。そうなんです。でも、よく考えてみたら、捕まえてどうするって話ですし、むしろトンボのためを思えば、捕まえなくてよかったなと思ったり・・・。」

(俺は君をこうして捕まえられてよかったと思ってるけどね。)

「・・・って、敦賀さんっ!も、も、もう大丈夫ですから。ほ、ほ、ほんとに失礼をして、申し訳ありませんでした。」

(しかたない。これ以上捕まえてはおけそうにないな。)

諦めて緩めた俺の腕からするりと抜けだした彼女は、何を思ったのかいきなり目の前で土下座をはじめた。
まったく、相変わらず君は予想の斜め上をいく行動をとる。

「ま、ま、まことに申し訳ありません!いきなり敦賀様の腕の中になぞ飛び込みまして・・・大事な本読みの時間を邪魔したばかりか、危うくお怪我をさせるようなことをして、さぞや不快に思われたことと・・・」

必死に謝る彼女の姿に、俺は思わず吹き出した。

「あの・・・ゆるして・・・いただけますか?」

笑い声に安心したのか、そう言って下げていた頭をすっと上げ、上目遣いに俺をじっと見つめる君。

(また、君はそんな顔をして俺を惑わせる・・・。じゃあ、もし俺が許さないと言ったら、君はどうする?もう一度、この腕の中に戻ってきてくれるの?)

そんな想いが心をよぎるけど、もちろん口になんて出せるわけない。

「ふふっ。大丈夫。ぜんぜん気にしてないから。むしろ最上さんに怪我がなくてよかったって思ってるよ。それより、こんなことくらいで女の子がいきなり地面で土下座なんかしちゃだめだよ。」

言いながら、さりげなく肩に手をかけてみた。
けれど、それだけじゃ、さっきみたいな穏やかでやさしい温もりはちっとも伝わってこない。

「ほら、立って。」
(俺の腕の中に戻ってきて)

「それより、俺もそのトンボ見たかったな。」
(もっと、君を抱き締めていたかったな)

「ほんと残念。」
(ほんと・・・残念)

「そんなに残念でしたか?」
ついこぼした言葉に気持ちがこもりすぎていたようで、少し不思議そうに首を傾げる彼女。

しまった、と思ったけれど、
「まあ、秋の風物詩って感じがしますものね。」
勝手にふんふん納得してくれた。

「じゃあ、またトンボを見つけたら、すぐ敦賀さんにお知らせしますね。」

ふぅと安心した俺の目に、いきなり飛び込んできた満面の笑顔。
それがあまりに可愛くて愛しくて、ぎゅっと抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。

「そうだね。ぜひよろしく。」
つい口調が平坦になってしまった。

と同時に顔に熱が集まる気配を感じ、俺は台本を閉じて慌てて立ち上がる。
「そろそろ、時間だから行くね。よかったら、戻ってコーヒーでもごちそうするよ。」

はいっと元気に答える君の笑顔に、胸を突かれる思いがしたけれど・・・。
おさまらない鼓動の激しさも、赤くなりかけてるこの顔も、決して気付かれちゃいけないモノだから――――素知らぬ顔で背を向けた。


でもね、最上さん。
トンボがいてもいなくても、
またいつか、俺の腕の中に飛び込んできてね。

いつだって、君なら大歓迎だから。


その温もりを、ホントはいつだって俺は待ち望んでいるから。





fin

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