スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雨が雪に変わるまで (14)

『もしもし、俺・・・。』
それは、ショータローだった。

いざというときに連絡がとれるよう置いただけで、事務所しか番号を知らない電話なのに、いったい誰からこの番号を!?と頭をめぐらせて気づく。
そういえば一人暮らしをはじめたころ。女優になった報告と急に飛び出したお詫びをするため京都に行って、女将さんにだけ緊急用のこの番号を教えておいたんだっけ。実家と和解したとは聞いたけど・・・女将さんにわざわざ私の電話番号を聞いたってこと?



ショータローは今、NYにいる。
年末に予定している全米デビューに向け、準備を進めているらしい。


―――――1年前。

ショータローはNY行きが決まったことをわざわざ私に伝えにきた。

楽屋に現れたショータローにはそれまでのような強引さはなかった。
「念願だった全米デビューが決まったんだ。」
「そう、よかったじゃない。」
正直、ショータローがどこへ行こうとどうでもよかった。それより、その日私は敦賀さんの家に食事を作りに行く予定になっていたから、そのことに気を取られていた。「おめでとう、じゃあ」と部屋を出かけた私を、あいつの腕が捕まえた。

「ちょ、ちょっと何するのよ!離しなさいよっ!」
いきなり掴まれ、思わず叫んだ私に、ショータローの顔が小さく歪んだ。
その、ひどく傷ついた子供のような表情に私も一瞬動きが止まる。その顔には見覚えがある。そう・・・ショータローが忙しい両親に甘えようとして、さりげなくあしらわれたときに見せていたものによく似ていた。
「わるぃ・・・。怒らせるつもりじゃなかったんだ。しばらく会えなくなるし、お前にひとこと言っておきたくて」
慌てたように手を離し、そう告げるショータローの珍しく殊勝な様子に私もつい足を止める。
「なによ。言いたいことがあるんならさっさと言いなさいよ。」

「ずっと・・・お前を傷つけるようなことばかりして、悪かった。」
謝るっていうようにはとても思えなかったけど、それでもショータローにしては精一杯の謝罪を突然告げられ、驚きに言葉も出なかった。
「全米デビューが決まったのは・・・ここまでこれたのは・・・お前の・・・おかげだ。感謝してる。」
「はあ?意味がわからないんだけど。」
思わず向き直り、ショータローを見返した。

「ああ・・・お前は気づいてないだろうな。昔、お前に“腰抜け”“温い気持ちで音楽をやるな”って罵倒されただろ。」
「そういえば、そんなこともあったわね。」
「あれから、俺は・・・もう誰にも負けないと、敗北感も絶望感も誰にも感じないとそう誓い、トップを目指した。お前の言葉が、俺にそう思わせたんだ。だから・・・ここまでこれた。」
そう続けるショータローの声が真剣すぎて、私は茶化すことも逃げ出すこともできなかった。

「最初は、お前に本音を見抜かれて悔しくて、見返したくてそんな気になったと思っていた。お前に大きな借りができたような気がしていた。
でも途中で気づいたんだ。俺はただ、お前をがっかりさせたくなかった。俺はただ・・・いつだってお前の一番でいたかったんだ。そして、ほかの誰にもその場所を譲りたくなかった・・・。」

嫌な・・・予感がする。この先は聞かないほうがいい。
「昔のことは・・・本当に悪かった。謝って許されることじゃないこともわかってる。でも・・・、俺にはやっぱりお前しかいないって気づいたんだよ。今さらかもしれないけど。」
それからショータローは、立ち尽くす私に突然好きだと言った。


でも・・・その請うような言葉にも、切なげな表情にも、私はもう何も感じなかった。
自分でも驚くほど、なにも。
そう、怒りすら。
ただ・・・幼馴染へ感じる僅かな郷愁のようなものしか、そこにはなかった。


私が答えるまでもなく、ショータローには私の答えが分かっていたみたいだった。
「ああ、答えなくていいよ。・・・どうせNOだろ。お前さ、顔に出過ぎ。」
よくそれで女優やってられるよな・・・と小さく笑う。
その表情は私をバカにするようなものではなく、幼い頃文句を言いながらも一緒に遊んでくれた“ショーちゃん”の笑顔そのままで、思わずハッとした。

「この3年、ずっとお前を見てきたんだ。強引なこともずいぶんしたしな。お前がどこを見てるかくらい、もうとっくに気づいてる。」
言いながら、ショータローはそんな私から目を逸らすと、伸びでもするように両手を上に伸ばしながら、なんでもないことのように言った。

「あーあ、俺、ほんとばかだったよ。いつだって何だって気づくのが遅すぎるんだよな。お前にはいろいろひどいこと言ったけどさ。あれ、ぜんぶ強がりだった。やっぱお前、イイ女だわ。お前がこんなにイイ女だってちっとも気づかずに捨てた昔の俺をぶん殴りたいくらいだ。・・・ま、今さら遅いけど。」
そして、不意にまじめな顔をして私に向き直った。

「いつまでもお前の中で俺の存在は誰よりもでかいんだと、そう思い込んでいた。長いこと・・・その幻にしがみついて、勝手な気持ちを押しつけてばかりいてごめんな。悪かったよ。ホントは心のどこかで、お前が俺なんかよりももっと別の・・・いや、もっと先を見据えてることに気付いてたのに。それを認められずにいた。」
そういうとショータローは、か細く微笑んだ。

「だけど、お前がどう思おうと、お前が俺に言った言葉。あれは俺のもんだ。俺はお前がくれた言葉をこれからも忘れない。
言ったよな。お前に。この先俺がこの世で俺を落とせる機会を与えるのはお前だけだって。俺は、これからもずっとずっと上を目指していく。だからお前も・・・俺を見返すためじゃなくていいから、上を目指すのをやめるなよ。」

そして、ショータローはNYへ旅立っていった。

*

あれから考えていることがある。
私がショータローに感じていた思いについて。
もしかして・・・私はずっとショータローをお母さんの代わりにしてたんじゃないだろうか。

母・・・。
生物学上は母親でも、あのヒトに母性を感じたことはない。あのヒトが私を必要としたこともたぶん一度もなかった。
いや、むしろ、私の存在そのものを疎ましく感じていたんじゃないかと思う。
それは、物心ついたときから身に染みて分かっていたことだったはずなのに、それでもずっと「いつか変わる」と信じて必死にしがみついていた。
0.001%の可能性に。心の奥では無駄だと分かっている可能性に。
でも、その願いがかなうことはなかった。
今までも。そしておそらく、これからも。

だから・・・。

幼いころからずっと、どんな理由でもいいから誰かに自分を必要とされたかった。
そうでなければ、自分には存在価値そのものがないように感じていたから。

今だから、思うことがある。
“ショーちゃん”を追いかけていた私は、母親の後を必死に追いかける幼子みたいなものだった。
“ショーちゃん”のために懸命に尽くしていたのは、母にかまってもらいたくて必死になっていた私の延長線。
“ショーちゃん”を好きだと思っていた気持ちは・・・。
あれは、受け入れられることのない母への愛情を“ショーちゃん”に託していただけ。

そう、―――――。
私は“ショーちゃん”を母の代わりにしていた。

だから、あの頃の私は何をされても無条件で“ショーちゃん”が好きだった。
“ショーちゃん”にすがっていた。
だってどんな形であれ、『“ショーちゃん”は私を必要としてくれてる』そう、思い込んでいたから。

そして多分・・・ショータローにとっても私は母親代わりだった。
幼いころの記憶を辿れば、親としての愛はしっかり注いでいたけれど、一方で女将さんは母親よりも“女将さん”業が優先されていた。
それは仕方ないことだったと思うけど、ほかの子に比べ、ショータローがお父さんやお母さんに遊んでもらったり、どこかに連れていってもらうことがずっと少なかったのも事実。
なまじ愛情を与えられていたからこそ余計に強く、あの頃のショータローは、淋しさややるせない思いを感じていたのかもしれない。
そのことへの苛立ちと行き場のない母親への思いを、ショータローはなにかにぶつけたかったんじゃないだろうか。
そして、その対象に私を選んだ。

―――――私たちはお互いに相手を母親代わりにしてた?

そう思えば、あの頃の私たちの歪(いびつ)な関係もなんとなく理解できる。
私が“ショーちゃん”にひたすら尽くせた理由も、ショータローが私をただの家政婦扱いしていた理由も。
そう思えたとき、不思議とショータローを恨んでいた気持ちがすっと消えてなくなった。
だからといって、されたことのすべてを許す気にはなれなかったけど。
でも、もういいや、って思った。
ずっとくすぶっていた感情がすっかり消え、私はただの幼馴染としてもう一度ショータローに向き合うことができた。
そしてそのことが・・・“からっぽ”からまた一歩成長できた証のように感じられて、嬉しかった。

それに何より・・・ショータローがあんなにひどく私を捨てなかったら、あの人に出会えなかったかもしれないと思うと、正直心のどこかで感謝してすらいた。
だって、敦賀さんに出会えたことは、私にとって何にも代えがたい最高の奇跡だったから。

私の心の中に、幼馴染以外の“ショーちゃん”はもういない。
今の私には、あの頃の私を支えていた“ショーちゃん”より、もっと大切で、大きくて、強い存在があるから。
たとえ想いは報われなくても、その存在は・・・私に勇気と自信と・・・そして愛を与えてくれる。

*

はっと気づき、留守番電話の続きを聞く。
『お前・・・大丈夫か?あのニュース。つる・・・いや、なんでもない。そうだ。お前、もうすぐ誕生日だよな。20歳になることだし、特別に俺の生歌プレゼントしてやろうと思って、わざわざお袋に番号聞いたんだ。まだ未発表の曲だから、心して聞けよな・・・。』

そして受話器越しに、ショータローの穏やかなバラードが流れ始めた。
録音時間一杯、テープが途切れるまで。
その歌声を懐かしいとだけ感じられる自分の心の変化が嬉しかった。
そして、少しだけ。
ほんの少しだけ、敦賀さんへの叶わぬ想いに押しつぶされそうになっていた心が軽くなったような気がした。


敦賀さんを好きになったことは後悔していない。
でも、抱えきれないほどの想いとその報われなさに心がくじけそうだった。
なにやってるんだろう、私。
敦賀さんはいつだって、ううん、ショータローだって、しっかり前を向いて、上を目指してがんばってるのに。
私も負けないよう努力するって誓っていたはずなのに。
なのに、一人こんなことで立ち止まって・・・。


でも・・・、それでも今は・・・。
日本にいるかぎり、どこに目を向けても敦賀さんが目に入る、そのことがたまらなく苦しかった。
好きだという気持ちはもう否定しない。
でも、敦賀さんの姿をみるたびに、次の誕生日に起きることが思い浮かんでしまうのが辛くてたまらない。

逃げようと思ったわけじゃない。
ただ・・・、“その瞬間”だけは、敦賀さんから遠く離れていたかった。


社長からもらった休暇が頭に浮かぶ。


「ニューヨーク、か・・・。」




(続く)

スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。