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わが背子は物な思ひそ・・・ (前編)

たとえ燃えさかる炎に全身を晒されても
君と一緒なら、きっと笑顔で立っていられる。

たとえ荒れ狂う豪雨が全身に打ち付けてきても
あなたと一緒なら、きっと笑顔で立っていられる。

君と―――
あなたと―――
一緒なら、きっと・・・。


が背子は物な思ひそ事しあらば 火にも水にもわれなけなくに
(万葉集 安部女郎)


ウ~~~ウ~~~ウ~~~!
突然、撮影所内に大きなサイレンの音が響いた。

(ん……?サイレン?)

社の顔つきがさっと変わる。
“音”の管理にうるさい撮影所でサイレンが響くということは、どこかでなにかが起きた証拠。
火事か、事故か、いずれにせよいい知らせではない。

仮にその騒ぎから安全圏にいるとしても、広く複雑に入り組んだ撮影所内では、何が起こるかわからない怖さがある。
マネージャーにとっては、いち早く事態を把握し、俳優の安全を図るのも重要な仕事だ。
社は、敏腕マネージャーの名に恥じぬ素早い動きで状況の確認へと動いた。


*


その日、
蓮とキョーコは、偶然にも同じ撮影所で仕事が入っていた。
その情報を素早くキャッチした社の策略で、今日のランチタイムはキョーコから蓮の元へお弁当が差し入れされることになっている。

(時間がうまく合えば、いっしょに食べることだってできるかもしれない。)

顔には決して見せないものの、蓮の心は朝から浮き立っていた。
自然と仕事もはかどる。

普段から撮り直しがほとんどないことで有名な蓮だが、さらに上をいく順調な仕事ぶり。そしてなにより、明らかに機嫌がよく見えるその様子に社もほっと胸をなでおろしていた。

(やっぱりキョーコちゃんパワーがあると、蓮の仕事ぶりにも一段と磨きがかかるなあ。これでランチをいっしょにできたりしたら……ふふふ。)
いろいろ妄想しては、ついにやにやしてしまう社。

そこには、いつも通りの風景が広がっている。

…………はずだった。


*


“第3スタジオでのCM撮影直後、セットから突然火が出た”

焦った顔つきで走り回るスタッフからその情報を入手した瞬間、社の表情が凍りついた。
(第3スタジオって……キョーコちゃんがCM撮影してるとこじゃないか。)

撮影所という場所は、案外火事が多い。
だが、その分処理にも慣れているから、大きな火事でなければ、現場から離れたスタジオでは何事もないかのように撮影が続行されることもあるほどだ。

しかし、これだけサイレンが鳴り響き、火の手などかけらも見えないこのスタジオまで避難勧告が出るとなると話が違う。

「で、もう消火したんですか?」
「いや、まだなんです。このままだと、延焼の可能性もあるってことで。とにかく、すぐ避難の準備をしていただけますか!」
「わかりました。」

社が戻ったときに、すでに周囲は慌ただしい状況になっていた、
蓮がこちらに駆け寄ってくるのが見え、社も急いでそちらへ駆け寄る。
「第3スタジオから火が出たそうだ。延焼の恐れがある。急いで避難するぞ。」
社の言葉に、蓮が顔色を変える。

「社さん!第3スタジオってまさか!」
正直に蓮に話せば、その瞬間この男は取るものもとりあえず飛び出していくことだろう。
その気持ちは痛いほど分かる。
しかし、社には・・・マネージャーとして蓮を守る義務があった。

「いや、大丈夫だ。」
(俺がすぐ見に行くから、お前は行くな。)

そう目で語る社を、蓮はじっと見つめた。
その鋭い視線に危うく目を逸らしそうになりながらも、社はその視線に必死に耐える。
「社さん・・・。」
「だめだ。今、お前が行ったら、余計な混乱を招くだけだ。俺が行く。お前は素直に避難しろ。それがお前の・・・義務だ。」

バンッ
大きな音がした。
蓮が壁に向かい、拳を叩きつけた音。

「わかってます。わかってますけど・・・。」
悔しそうに何度も拳を打ち付ける蓮。
その拳と壁の間に、社がさっと手を差し入れた。

「っつぅ!」

蓮の拳が社の手にヒットし、思わず呻きが零れた。
「や、社さんっ。すみませんっ!」
思いもかけぬ社の行為に、焦った声で蓮が謝る。

「気にするな。どうってことはない。それより、お前の身体は“商品”なんだからな。そのことを忘れないでくれ。どういう理由があれ、自分から痛めるような真似はするな。とにかく落ち着け。」
痛そうに手をさすりながら言う社に、蓮はうなだれた。


そのとき、通路からスタッフの声が聞こえた。
「おいっ、誰か火の中に取り残されてるらしいぞ!」
「ほんとかよっ!いったい誰だ?」
「わからんっ。どうやら女の子で一人所在を掴めてない子がいるらしい。」

それを耳にした途端、蓮の顔色が一気に蒼褪めた。
社を見るその目が迷うように揺らぐ。
次の瞬間、その瞳にぐっと強い光が宿った。
「すみません、社さん。やっぱり俺、行きます。これは俺が勝手にしたことですから。」
「ちょっ、まてっ!蓮!」
腕を取る隙もなかった。
走り出した蓮の背を、社も慌てて追いかけた。


*


第3スタジオは、まだ燃えていた。
「火事です!近づかないでください!早く避難してください!」
拡声器の音声に、サイレンの激しい音が被る。
乾燥した木材が爆ぜる音、燃え盛る炎のゴーッという響きが辺りにこだまする。
もうもうとした煙が立ち込める中、到着した消防隊による放水がすでにはじまっていた。

「最上さん、最上さんは?」
駆け付けた蓮は、すぐ周囲にキョーコの姿がないか見回す。
蓮にとってはラッキーなことに、ひどい煙と今だ消えぬ炎に誰もが集中しており、敦賀蓮がそこにいる不自然さを気に留める者はいない。
すでに遠方へ避難した者も多いのか、それほど多くない人の中を蓮は必死に探し回る。
しかし、そこに見覚えのある顔はなかった。
間もなく、社も蓮に続いて現場にたどり着いた。
社は、尋常でない蓮の表情を見ると即座に周囲に向かい、叫び始めた。

「すみませんっ!うちのタレントがここで撮影をしていたはずなんですが!タレントの京子をどなたか見ていませんか?」

しかし、社の必死な叫びにも応える者はなかった。
蓮の中で、社の中で、嫌な予感がどんどん高まっていく。



「LMEの方はいらっしゃいますか!LMEの方はいませんか!」
そのとき、そう叫ぶ声が聞こえた。

「はいっ!ここにいますが。」
慌てて社が応える。蓮もさりげなく社の傍に立った。

「ああ、よかった。関係者がいてくれて。京子さん、マネージャーがいらっしゃらないから。」
「京子っ、京子の行方をご存じなんですか?あの、彼女は今何処に?」
声を出しかけた蓮を目顔で制し、社が対応する。
しかし、その社の言葉に相手は眉を曇らせた。
「いや、それが……。」
詰め寄ろうとする蓮の身体を、さりげなく社の右腕が押さえる。

「なにか、なにかあったんですか?はっきり言ってくださいっ!」
「じつは、京子さんだけがいまだに所在を掴めていなくて。火が出てすぐに避難指示が出たのでおそらく逃げてくれているとは思うんですが・・・。
ただ、スタッフに確認したところ、どうも荷物の出し入れを彼女に手伝ってもらっていたらしいんです。
言いにくいんですが……、火が出たのが荷物室より手前の場所なんです。それで助けにいくどころか、彼女がそこに今もいるのか確認すらできない状態で……」

そこまで聞いた蓮が、さっと身を翻す。
すぐに気配を察した社だったが、目の前のスタッフに一瞬気を取られ、その素早い動きを捉えることができなかった。


(最上さんが、火事に巻き込まれたかもしれない。)

そう思うだけで、蓮の身体に震えが走る。
居ても立ってもいられぬ思いと込み上げる苛立ち。
抑えきれない感情が激流になって蓮を飲み込もうとする。


もし、彼女にもし何かあったら……。



そうなったら、俺は……。





後編へ続く)

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