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雨が雪に変わるまで (12)

「こんにちは、敦賀さん、社さん。」
エレベーターから出てきた蓮と社に落ち着いた様子でにっこり微笑み、丁寧にお辞儀をする。それは2人のよく知るキョーコの姿だった。

「キョーコちゃん!久しぶり。元気だった?」
少し早口に社が話しかける。

「昨日はいきなり電話してごめんね。びっくりしたでしょ?」
「いいえ。私こそ敦賀さんのニュースに驚いてしまって、いろいろヘンなこと言っちゃってごめんなさい。」

昨日の電話のこともあり、会ったらキョーコがどう反応するかとやきもきしていた社。けれど、キョーコがいつもと変わらないの笑顔をみせたため、あからさまにほっとした顔をした。

「それにしても・・・さすが敦賀さんですね。朝からどのテレビもその話ばかり。こんなに大騒ぎで・・・お2人とも大変なのでは?」
社を見上げながら、小さく眉を顰め、いかにも心配そうにキョーコが2人を気遣う。

昨夜、電話口でそうだったように蓮とそのゴシップ相手との仲を決めつけてかかるでもなく、とくに噂を訝しむ様子もない。
そのことを社は、前向きに受け止めた。

(よかった・・・。電話で話したときは様子が掴めなくてちょっとびびったけど。なんだ、いつも通りのキョーコちゃんじゃないか。例のスキャンダルも思ったほど気にしている様子がないし・・・。あれがガセだってちゃんとわかってたんだな。)

微笑みを絶やさないキョーコを見ながら社は思う。

(蓮は異様に気にしてたけど・・・あいつの家から荷物を持ち出したっていうのも、じつは引っ越しを考えてるとかなにか理由があるからなんじゃないか?
蓮は、キョーコちゃんのことになると本当に真剣というか深刻になりすぎるくらいだから・・・。まあ、指輪を贈ろうとしていたくらいだし、ようやく腹を決めたってときにそれじゃ、焦っても仕方ないかもしれないけどな。)

思わず隣の蓮を振り返り、心の中で声をかける。

(よかったな、蓮。少しは安心しただろ。)


*

(ちがう・・・。)

そのとき、蓮の心には冷ややかな風が吹き抜けていた。

2人を見つけたとき、キョーコの顔に一瞬走った戸惑いと怯え。
そして今も続く凪ぎのように穏やかで、けれど遠い瞳の色。
社が見逃したそれに気づいたとき、蓮は自分の心がぐらりと揺らぐのを感じた

(最上さんの中で何かが・・・俺に対する何かが変わった・・・。)

それが決していい方向にではないことを、蓮は直感していた。
荷物のなくなった部屋を見たときから覚悟はしていたものの、予想以上のショックが襲う。
茫然としながら、それでも必死に気持ちを立て直し、蓮はキョーコに話しかけた。

「最上さん。いろいろ心配してくれてありがとう。本当に俺もびっくりしたよ。彼女はただの共演者に過ぎないのに、あんな噂が出るなんて思ってもみなかったからね。そのうえこんな大騒ぎになるなんて、正直参ってるんだ。」

本当はそんなことどうでもよかった。
(最上さん、俺の部屋から荷物を引き上げたのはなぜ?もう俺のところへ来る気がないってこと?もう、俺のことなんてどうでもよくなったの?ねえ、教えてくれないか。)
そう聞きたかった。
けれど、場所と状況を考えればそんなことできるはずもない。

心の動揺をどうにか抑え、優しく微笑みながら話しかける蓮を、キョーコはくりくりとした瞳でじっと見つめていた。
そして、言葉を切った蓮に向かい、ほんの少し首をかしげてにっこりと口の端を上げてみせる。

「でも・・・、さすが敦賀さんと噂になるだけあって、きれいな方ですよね。やっぱりああいう方じゃないと、敦賀さんのお相手として世間は認めないでしょうね・・・。」

思わぬ言葉に蓮は戸惑う。
そう話すキョーコの真意をどう捉えたらよいかわからなかった。

(ほかの女性なんてどうでもいい。世間がどう思おうと関係ない。俺が愛してるのは君なんだ。君なんだよ。)

そう叫びそうになる気持ちを・・・目の前にあるキョーコの表情が凍りつかせていた。


“いつも”をなぞるように笑顔を浮かべる彼女。
親密そうで、でもどこか儀礼的な表情。その中に、つい最近まであったはずの蓮に対する優しくリズミカルな感情は見当たらない。
探しても、探しても。


ぐっと唇を噛み、蓮はせめてもの想いをこめて微笑みかけた。
「そんなことないよ。最上さん。俺自身の問題に、世間が認めるとか認めないとか、そういうのは関係ないんじゃないかな。たしかに彼女はきれいな人かもしれないけどね。・・・それよりこの件もあって今日は俺たち事務所に缶詰なんだ。もしよかったら、ラブミー部に避難させてもらえないか。最上さんと少し話したいこともあるし・・・。」

今出せる精一杯の勇気を振り絞り、言いかけた言葉に、キョーコはいかにも残念そうな顔をしながら眉尻を下げ、首を大きく左右に振った。

「すみません。じつは急に椹さんに言われて・・・今から急いで撮影所にお手伝いにいかなければならなくなったんです。ごめんなさい。お話はまた次の機会に。」

あっさりとかわされた瞬間、蓮は自分の心にピシッと音を立ててひびが入るのを感じた。

こんな風に真綿にくるんだ態度をとられるくらいなら、はっきりと拒絶されるほうがまだましだ。
そう思いたくなるほど、距離を感じる遠い瞳。
そして、心から愛おしいその声が放つモノクロな静寂。
そこに見え隠れする、もやもやとした影への不安と焦りに、蓮の心は掬い取られそうになっていた。
手にしかけていた大切なものが指の間からさらさらと零れ落ちていく。
そんな感覚に、蓮はたまらずキョーコから目を逸らし、俯いてしまう。


彼女が・・・俺の元から・・・どんどん遠ざかっていく。

いったい、なにが、なにが彼女をここまで変えたんだ?
スキャンダルのせいじゃない。
それよりも前からおかしかった。
俺は・・・気付かないうちに何をしたんだ?
どんな取り返しのつかないことをしてしまったというんだ?


「じゃあ、失礼します。」
その声にようやく顔を上げた蓮の目に映ったのは、ちょこんと頭を下げたかと思うと、あっという間にその場を駆け去っていくキョーコの姿。
瞬く間に小さくなっていくその背を蓮はただ、見つめるしかなかった。


背後から社の声が聞こえる。
「よかったな。蓮、キョーコちゃんがいつも通り声をかけてくれて。話をする時間が取れなかったのは残念だったけど。でも、態度も表情もいつものキョーコちゃんだったし。とりあえず、ひと安心だ。」

その言葉に、蓮はひどい温度差を感じた。


あまりにも普段通りで、でも一定の距離以上近づこうとしない。
そんな様子に違和感を覚えたのは、自分だけだというのだろうか。
気のせい?勘違い?
・・・いや、違う。
たしかに彼女は、おかしかった。


愛する少女が走り去った残り香に身を寄せながら、蓮は思い惑う。

俺から見れば・・・まるで感情の起伏を感じ取れなかった表情や声色。
あれは・・・演技?
彼女は俺をみていなかった。
俺の後ろにいる誰かをみていた。
誰か・・・?
いったい誰を・・・?
誰を。

ほんの僅かな邂逅が、心に巻き起こした激しい嵐。
けれどそこまで感じとっていながら、その“誰か”がほんの少しだけ昔の自分自身だったことに、蓮はまだ気づいていない。




(続く)

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