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上つ毛野安蘇のまそむら…

「思はぬに妹が笑まひを… 」 「我を思ふ人を思はぬ… 」 「思ひせく心の内の… 」の続きとなります。

―――――――――――――――――――――

もう離せない。
もう離したくない。

その笑顔も、指先も、吐息も、唇も。
髪も、頬も、瞳も、声も、そして温もりも・・・。

なにもかも、すべてを―――
誰憚ることなく独り占めしたい。
この腕の中で。



つ毛野安蘇のまそむら掻きむだき寝れど 飽かぬをあどか我がせむ
(万葉集 詠み人知らず)


「忘れなくていいから・・・。」

どくどくと激しく打つ鼓動で霞む耳に、その小さな囁きは確かに聴こえた。
(うそ・・・。)
頭の奥でそう呟いた瞬間、身体が大きく揺さぶられる。
いきなりの強い強い締めつけ。
息をするのも苦しいくらいの・・・これは・・・抱擁?
(あ・・・ぅ。)
つい声を上げてしまいそうになるほど突然に、首元へと埋められたあの人の頭。
やわらかな髪や冷たい肌がするりと頬を掠める。
吐息が触れる左の耳朶が・・・熱い。

「ア・・・シ・・・・ル」

信じられない言葉が聴こえた。
ありえない言葉が聴こえた。
思わず耳を塞ぎそうになるほど、私を謀る言葉が聴こえた。
(うそ・・・。)
もう一度、そう呟く。音にならない声で。
でも・・・信じたい気持ちが身体を小刻みに震わせる。

「アイ・・・シ・・・テル」

「う、そ・・・。」
再び聴こえたその言葉に、心の中で繰り返していた言葉がつい形をとる。

その瞬間―――、
言葉を漏らした唇が塞がれた。
この世のものと思われぬほどやわらかく熱い・・・口づけで。


最初は何が起きたのか分からなかった。
分かった瞬間、全身に一気に熱が廻り、くらくらと眩暈がした。
身体が・・・強張る。
(ずるい・・・。)
あなたはそうやって、たった一言で私の心を縫いとめる。
ほんの一瞬の動作で、私の心のすべてを奪い去る。

でも・・・なぜだろう。
それがこんなにも嬉しい。

私を抱き締める身体から伝わってくる小刻みな震え。
それがこんなにも愛おしい。

*

「忘れなくていいから・・・。」

そう君に囁いた瞬間、俺は世界を手に入れた。
(キョーコ・・・)
呼びたくて呼べずにいた名前を心の中で叫ぶ。

混乱した君が身じろぐたび、抱えた腕に擦れる滑らかな肌と微かな温もり。
その感触に思わず笑みが零れる
そんなに暴れても、もう逃がさないから。
もう決して、離さないから。
(キョーコ・・・)
君を抱き締められる歓びが、俺をこんなにも幸福にする。
つい力が過ぎた俺に、苦しいという君のそのゆがめた眉の先までもが愛しい。

弾けた想いをどうにも抑えきれず、君の首元に顔を埋めた。
君のやわらかな温もりと春風のような香りが俺をやさしく包み込む。
この幸せ・・・。

「ア・・・シ・・・・ル」

唇が震えて、言葉がうまく紡げない。
ちゃんと君に伝えたいのに。

ねえ、この言葉を告げられることがどんなに俺を幸せにするか君にわかるかい?
こうしているだけで、こみ上げる想いに胸が締め付けられるほど、俺は君を愛してる。
どうすれば、この胸の高鳴りを君に余すところなく伝えられるのだろう。
どうすれば、俺がどれだけ君を欲してやまないか、ちゃんとわかってもらえるのだろう。

「アイ・・・シ・・・テル」

再び告げた言葉に、君の唇が小さく「う、そ」と動く。
ほらね。やっぱりわかってない。
そのまま逃げ出そうとでもするようにもがく君を、俺は羽交い絞めに捕まえた。
ごめんね。
もう逃がさない。
もう君は俺から逃げられない。

そうして俺は、目の前で赤く艶めく小さな唇に深く深く口づける。
ずっと待ち望んでいたこの時―――。


やがてくたりと力が抜け、倒れかけた君をそのまま抱き寄せ、俺はその場に座りこんだ。
こうして膝の上に抱えれば、全身で君を感じ取ることができる。
何よりも大切な俺だけの君。
その温もりのすべてを。

ああ、俺はこんなにも、こんなにも君を愛してる。
本当に、狂おしいほど君を愛してる。


* * *


廊下にじっと座り込んだまま、互いの温もりを確かめ合う2人。
腕の中のキョーコに、蓮はただ触れるだけの口づけを何度も捧げた。
自らの心をその唇にのせて。

重なり合う唇。
重なり合う鼓動。
重なり合う心。

言葉だけでは互いに信じきれない想いが、やがて緩やかに一つに重なっていく。


そのとき、小さく身じろいだキョーコの足先に当たり、落ちていたビニール袋がカサリと音を立てた。
「あ、お夕食・・・。」
つい口にして、妙に現実的なその言葉に思わず笑いが零れる。
そんなキョーコをみて、蓮もそれはそれは幸せな微笑みを返した。

その微笑みがあまりに眩しくて愛おしくて・・・。
ふとキョーコは、それを自分だけのものにしたくなる。
でも、そんな我儘は許されないと思うから、だからせめてこのまま瞳に焼き付けてしまおうと、目の前で微笑を浮かべる艶麗な顔をじっと見つめた。
「どうしたの?」
照れたように長い睫毛をぱちぱちと揺らし、蓮が問う。

「その笑顔を私だけのものにしたくて。」

さらりと聞かれたから、ついさらりと返してしまった。
言ってから、言葉の大きさに気づき、キョーコの全身が一気に熱を持つ。
蓮の瞳が驚いたように大きく見開き、やがてその顔がキョーコの熱をうつされたかのように赤く染まった。
見開かれたその瞳は、ただキョーコだけをまっすぐに映したまま。

「笑顔・・・だけ?俺は、俺の全部を君だけのものにしてほしいのに。」

抱き締めた腕を緩めることなく、蓮は静かにそう言った。
湧き上がる想いに、言葉が震える。

「それに・・・君の全部を俺だけのものにしたい。」

(なんてキザで、なんて強引で、でもなんてロマンチックなセリフだろう。)
そう思いながら、くすりと笑ったつもりのキョーコの瞳が潤み、小さく涙が滲んだ。

嬉しくて、ただ嬉しくて―――。


キョーコはそっと両手を蓮の首に巻きつけて
「ずっと一緒にいてくれるなら。」

耳元でそう囁き、唇にそっとキスをした。





上つ毛野安蘇のまそむら掻きむだき 寝れど飽かぬをあどか我がせむ 
(上野の安蘇山の美しい真麻の束を腕いっぱいにあふれるほど抱きかかえるように、かわいい恋人を掻き抱き、愛撫と抱擁をくり返しているけれど、 それでもまだ物足りないほど愛しくてならない。ああ、わたしはこの気持ちをいったいどうしたらいいんだろう。)



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