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思ひせく心の内の…

「思はぬに妹が笑まひを… 」 「我を思ふ人を思はぬ… 」の続きとなります。

―――――――――――――――――――――

君の声が聴きたい。
あなたの声が聴きたい。

君の名を口にしたい。
あなたの名を口にしたい。

君を抱きしめたい。
あなたに抱きしめられたい。

でも・・・。
でも・・・。

ひせく心の内の滝なれや 落つとは見れど音のきこえぬ
(古今集 紀静子)


『送信完了』
液晶画面に浮かんだその文字を見て、小さく息を吐いた。
胸の中を、解放感にも似た喪失感が吹き抜けていく。
同時に感じた小さな痛みを噛み締めながら、携帯を一度強く握りしめ、それからテーブルに置いた。
カタンと響く乾いた音が、いつまでも耳に残り、消えなかった。

*

もう何度目かわからない寝返りを打ち、見慣れた天井をじっと見上げる。
ぼんやりと霞む視界に切なげな表情と満開の笑顔が交互に浮かび上がった。
胸を締め付けるような痛みが襲い、唇を歪めながらベッドサイドに置いた携帯をそっと引き寄せる。
時間を確認し、受信メールの一覧を確認し、リダイヤルを表示させ、そして・・・小さく息を吐いてそれを元の位置に戻した。



――――翌朝。

RRRRRR

「・・・もしもし、最上さん?俺・・・だけど。」
「おはようございます。敦賀さん。お早いですね。せっかくのお休みなんですからゆっくりされればいいのに。」

相手の声を聞いただけで、鼓動がどんどん早く激しくなっていく。蓮も。キョーコも。


「うん。なんだか目が覚めちゃって。昨日はメールありがとう。嬉しかったよ。今日なんだけど、ぜひお願いしたいんだけど、いいかな。」

今までにない緊張感が2人を急かす。
どこかぎこちない会話。

「もちろんです。そうしたら、学校が終わった後買い物を済ませてからお邪魔しますね。」
「あの、さ。よかったら学校に迎えに行きたいんだけ・・・」
「ダメです!」
「え?」
「あの車だけでも目立つのに、敦賀さんが運転して学校にいらしたりしたら、パニックになっちゃいます!そうしたら、お伺いするどころじゃなくなっちゃいます!」
「そ、そうかもしれないけど・・・。」
「夕方、ちゃんとお伺いしますから!ぜったい伺うので、敦賀さんは大人しくしてらしてください!」
「わ、わかった。待ってるから・・・。」

電話が切れると同時に、2人の緊張の糸も切れた。



――――夕刻。

玄関ドアを前にして、キョーコは大きく息を吐いた。
昨夜の決意がぐるぐると頭を回る。

(ここにくるのも、きっとこれが最後ね。今日は、愚かな自分にさよならする日。意気地なしの自分にさよならする日。敦賀さんへの気持ちに・・・さよならする日。)

手にした買い物袋がやけに重く感じ、一瞬引き返してしまいたい誘惑にかられた。
けれど、入り口のオートロックを開けてもらったため、キョーコがここに来たことはもう蓮に知られている。今さら後戻りはできない。
(悩んでても仕方ないじゃない。もう決めたんだから。行くしかないでしょ。キョーコ!)
自分で自分にエールを送る。
(扉の向こうに、敦賀さんがいる・・・。)
意を決して、キョーコは玄関のチャイムを鳴らした。

*

オートロックを解除してすぐ、蓮は玄関に足を運んだ。
まもなく訪れるキョーコを待ちきれず、といって迎えに行くのも憚られ、扉の前でうろうろする。
いや本音を言えば、目覚めたときからずっと蓮はキョーコを待ち望み、家中をうろうろしていたようなものだった。
DVDを見ていても、台本を読んでいても、トレーニングをしていても、シャワーを浴びていても、頭の中ではずっとキョーコのことばかり考えていたのだから。
自分が何をしていたのか、ほとんど記憶に残らないほどに。

(まったく、昨夜からどうかしてるな。)

そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
(最上さん・・・。)
弾む心を抑え、1度深呼吸をすると蓮は扉に手をかけた。

*

「こんにちは、敦賀さん。今朝はせっかくお電話いただいたのにすみませんでした。」
いつもならさっさと上がる玄関になぜか立ち尽くすキョーコ。
「待ってたよ。最上さん。いや、朝の件は俺も浅はかだった。君の迷惑も考えず、あんなこと言ってごめんね。」
左手を壁につけ、右手でさらりと髪をかきあげながら微笑みかける蓮。
その神々しいまでの優しい笑みに射抜かれ、キョーコは思わず目を伏せた。
「す、すぐお夕食ご用意しますね。」
返される笑顔を期待していた蓮が、少し淋しげに睫毛を揺らす。
「どうぞ。最上さん。」

キッチンに向かう蓮の背を追いながら、キョーコは蓮に声をかけた。
「敦賀さん、今日は何をしてらしたんですか?」
「え?ああ、ゆっくりしてたよ。久しぶりのオフだったからね。DVDを見たり、台本を読んだり。」
「・・・台本?」
「ああ。言ってなかったっけ?来週から新しい映画の撮影が始まるんだ。その台本。」
「わあっ、素敵ですね。」
「ありがとう。でも、なかなか台本が頭に入ってこなくてね。途中ヒロインと長い掛け合いをするシーンがあるんだけど、そういうシーンはさすがに相手がいないと覚えにくいんだ。」
本当はキョーコのことばかり考えていて台本が頭に入らなかったとは言えず、そう答える。
その言葉に小さく首をかしげたキョーコが一瞬目を伏せて、
「あの!敦賀さん。もしよかったら、その相手役・・・あの・・・私がしたら・・・ダメですか?」
そう言った。
ただ、困っている蓮を助けたくて。
それが、偶然にもあのドラマとよく似たものだったとは気づかずに。
それが、蓮の心の決壊を崩してしまったとも知らないで。


・・・え?
キョーコがその言葉を口に出した途端、蓮の表情が変わった。
「今・・・なんて・・・言った・・・?」
ザッと振り向き、キョーコをじっと見つめる。
そこにあるのは、先ほどまでの笑顔が嘘のように消え失せた、昏く妖艶な顔つき。
表情は―――ない。

「今・・・なんて言った?」
絞り出すように同じ言葉を繰り返す。
その声がキョーコの耳に届くのとほぼ同時に、大きな身体がぐらりと前屈みに近づいた。
近づく身体を思わず避けたキョーコの背が、廊下の壁に当たる。
その瞬間、キョーコの左右が蓮の長い腕で塞がれた。
逃げ場はない。
息がかかりそうなほど間近に、凄艶な美貌と色香を放つ男の顔が見える。
その男、蓮の胸には今、凶暴なまでの恋慕の想いが渦巻いていた。

*

バンッと耳元で大きな音が響く。
何が起きたのかわからぬまま心臓がびくりと震え、私は思わず壁際に身を寄せた。
気が付けば、右も左も敦賀さんの腕で塞がれている。
・・・え?
「今?」

今、私が言った言葉?
頭の中でぐるぐると記憶を巻き戻す。
「私がしたら・・・ダメ・・・です・・・ぅぐっ。む、ぐ!?」
それがドラマで言ったセリフと同じだったことに気付いたのは、次の衝撃が私を襲っている最中だった。
一瞬、何をされているのかわからなかった。
言葉が出ない。
ううん、違う。口を覆われている。息が・・・できない。

これは・・・キ・・・ス?
違う・・・私の唇に触れているのは――――指だ。

敦賀さんの長く美しい指先が私の唇を押さえていた。
それ以上何も言うな、とでもいうように。
そして頬に、ほとんど触れそうなほど近くに、その唇が寄せられる。
耳元に響く声。
「昨夜・・・ドラマ・・・見た。」
その瞬間、思わず持っていた買い物袋を足元にばさりと落とした。
「な・・・ぜ・・・?あんな演技・・・いつの間に・・・。だ・・・れを・・・」
途切れ途切れに放たれる言葉。

(見られていた!)
反射的に、空いた両手で近づく身体を押しのける。

*

強く押しのけられた瞬間、俺は自分のしたことにようやく気付いた。
偶然にも彼女が発した言葉に、昨夜の記憶が一気に蘇り自分を失ってしまったなんて。
呆れるほど自制心のない俺。
見れば目の前の彼女は今、大きな目に涙をいっぱいに浮かべている。
「ご、ごめん。俺・・・。」

なんといえばいいかわからなかった。
もう嘘はつきたくない。
ごまかすような真似もしたくない。
この気持ちを偽りたくない。
彼女にも。自分自身にも。

俺の全身が、彼女を好きだと、愛していると、叫んでいた。
でも傷つけるような真似もしたくない。

本当に・・・どうすればいいのかわからなかった。

*

寄せられた身体を付き離して、ようやく見えた敦賀さんの表情に驚いた。
傷ついた子供のように歪み、戸惑った表情で、目を伏せる敦賀さん。

(どうして・・・そんな顔をしてるの?)
昨夜のドラマ・・・。
ぜったいにみられたくなかったあのドラマ。
敦賀さんへの想いが、すべて曝け出されてしまったあの演技。
あれを見たせい、だというの?

でもそれが、どうして敦賀さんにこんな顔をさせるんだろう。
ドラマに出たことを黙っていたから?
可愛がっている後輩の演技があまりにも陳腐だったから?
それとも・・・ばれた?

私の気持ちがばれて・・・それには応えられないと、そう思っているから?
やさしい人だから・・・断りの言葉をどういえばいいのかと、そう思って苦しんでいるの?

――――私の、せい?

不安と恐れが心を揺さぶる。
逃げ出してしまいたいほど強く。

それでもどうしても、敦賀さんのそんな顔は見ていたくなかった。
たとえ原因が私だとしても・・・なんとかしたかった。

なぜそんなことをしてしまったのかわからない。
気が付けば私は、先ほど彼の身体を押しのけた両手を左右に大きく開き・・・そのままそっと目の前の人を抱き締めていた。
そうすれば、敦賀さんの傷ついた心を癒せるとでも思ったのだろうか。
自分で自分が、わからない。

ただ―――。
昨夜決意したことを実行する、今がそのときなのだと思った。
すべてを終わらせる。
この愚かな想いにさよならを告げる。
そのときが来たのだと悟った。

だからこそ今、彼の温もりがほしかった。彼の香りに包まれていたかった。
それほどに・・・好きだったから。

*

突然のことに何が起きたのかよくわからぬまま、俺はその温もりに身を浸していた。
彼女に抱き締められている。
そう感じるだけで、じわじわと全身に温かなものが広がっていく。
ふと昨夜の夢が蘇る。
あの夢の続きが、幸運な夢の続きが、このまま見られるというのだろうか。

そのとき、彼女が顔を上げた。
涙を溜めて、上目遣いに俺を見つめる様は夢の中の彼女そのままで・・・心が大きく跳ね上がる。
「俺は君を、ずっと前から・・・」
あのときと同じセリフを言いかけた俺に、彼女の声が被った。
「敦賀さん。ごめんなさい。」

ごめんなさい・・・?
どういうことだ?
その瞬間、全身の血の気が引くのを感じた。
いやだ。聞きたくない。
そんな俺の想いなどつゆ知らず、彼女は言葉を続ける。

「私・・・。恋なんてばかばかしいって、そんな愚かな真似は二度としないってあれほど言ってたのに・・・。
それなのに・・・あの役を演じていたとき、敦賀さんのことを考えてしまったんです。目の前の人を敦賀さんだと思ってあの役を・・・。私、本当は・・・」

―――え?
どういうことだ?それはまさか・・・。
期待と不安が交差する。

「ごめんなさい。明日になったら、ぜんぶ忘れますから。ちゃんと今まで通りの後輩に戻りますから。だから、だから・・・今だけ、こうするのを許してください。」

全身がガタガタと震えるのがわかった。
どうやっても抑えきれぬ昂揚感に、鼓動が激しく高鳴る。
たまらず、彼女を抱き締めた。

「忘れなくていいから。」

それ以上、言葉が出てこない。
だから全力で彼女のすべてを抱き寄せた。
強く、強く・・・。

そして―――――、
「            」
昨夜みた夢の続きを、幸福な夢の続きを、俺自身の手で現実に変えるために、大切な言葉を告げる。
驚いた顔をした君が、それでも何か言おうともがいた。

だから・・・。


それ以上もう何も言えないよう、深い深いキスで黙らせた。






思ひせく心の内の滝なれや 落つとは見れど音のきこえぬ 
(あなたへの募る想いを知られないように抑えている私の心の内は、激しく流れ落ちて見えるのに音が聞こえない滝のようです。)



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