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我を思ふ人を思はぬ…

「思はぬに妹が笑まひを…」のキョーコsideとなります。

―――――――――――――――――――――

「私じゃ・・・ダメですか?」

絞り出すように口にした自らの言葉に、全身が縛られる。
滲みかけた視界の向こうに、凍りついた表情(かお)が見えて思わず目を伏せた。
一度でも口にしてしまえば、溢れ出す想いはもう止められない。
そんなこと分かっていたはずなのに。
なぜ言葉にしてしまったのだろう。
言えば後悔すると分かっていたはずなのに。
それでも、もう耐えられなかった。
この想いを抑え続けることに・・・。

『カーット!』
――――その瞬間、目の前に見えていたあの人の幻が跡形もなく消えた。

を思ふ人を思はぬむくひにや わが思ふ人の我を思はぬ
(古今集)


「だめだめ、そんなんじゃ話にならないよ。京子は演技派って聞いてたのに、がっかりさせないでくれよな。君の一番の見せ場なんだから。もうちょっと気持ちをこめて。」
監督の不機嫌そうな声が現場に飛ぶ。
もう何度目か分からないリテイク。
どうして椹さんはこんな仕事を受けてしまったのだろう。ラブミー部の私になんかできるはずのない“一途に恋する女性”の役なんて。
それとも、まさか・・・。
仕舞い込んだつもりの気持ちの揺れが、誰の目にも分かるほど漏れ出しているということなのだろうか。

こんな風に役作りに悩んだとき、いつも相談していたのはあの人。
でも、恋の演技の相談なんて・・・絶対無理。
そんなことしたら・・・勘のいいあの人にきっとばれてしまう。必死に隠し続けているこの気持ちを。
だから、自分でどうにかするしかなかった。


「京子ちゃん、俺は大丈夫だから。気にしないで。さあ、気を取り直してもう一度がんばってみよう、ね?」
相手役の彼はどこまでもやさしい。
こんなに迷惑をかけているというのに、何でもないことのように微笑みかけてくれる。何度も、何度も。それはもうやさしく。そう・・・、まるであの人のように。
・・・?ううん、違う。あの人のやさしさとはまるで違う。あの人の代わりには、誰もなれない。決して、決して・・・。


「君だって、好きな人の1人や2人、いたことあるだろ?そのときの気持ちをちょっと再現してくれればいいだけだからさ。この際、難しく考えずに、ささっと演じてくれればいいよ。いい加減、撮り直しも限界だしね。」
しびれを切らした監督は、それがいとも簡単な事のように言う。
好きな人・・・。その言葉を聞いて頭に真っ先に浮かんだ笑顔を必死に振り払う私。
いけない。考えちゃいけない。考えたら・・・逃げられなくなる。
でも・・・。
このまま、どうしようもない演技をして、あの人にダメな子だと思われたくない。呆れられたくない。嫌われたくない。あの人の・・・笑顔を失いたくない。
(敦賀さん・・・。)
その瞬間、目の前の人があの人に姿を変え、同時に私は彼に一途な、けれど報われない愛を捧げる1人の女性へと変化した。

*

カットの声がかかっても、私はすぐに自分を取り戻せずにいた。
(この人は誰・・・?ここにいたのは、あの人だったはずなのに。)
あの人の姿をついキョロキョロと探してしまう。
そんな私を、知らない人でも見るかのように茫然と見つめる目の前の彼。

そしてようやく、OKがもらえた。


* * *


相手役だったその人から好きだと言われたのは、撮影最終日のことだった。
「京子ちゃん、俺とつきあってくれないか。」
最初は冗談だと思った。からかっているのだと思った。私を好きだなんて、そんなことを本気で言う人がいるわけない。・・・けれど、何度言っても彼は本気だと譲らない。それなら、なおさら応えられるはずがなかった。
愛も恋も、私には無用のもの。だって私はラブミー部員なんだから。
そう自分に言い聞かせながら、彼に断わりの言葉をにべもなく告げる心の隅で、小さく疼くものがある。
(愛も、恋も、無用?それなら、この気持ちはなんなの?まっすぐただ1人の人に向かって燃えているこの小さな炎はいったい何だというの?)
愚かしい、けれど同時にひどく愛おしく大切に感じるこの想い。
かつて心の奥底に何重にも鍵をかけて閉じ込めていたその想いは、とうの昔に溢れ出していた。
そのことを本当は・・・もうずいぶん前から自覚していた。
自分が再び、以前より遥かに愚かな女になり果ててしまったことを。


「キョーコちゃん!」
撮影を終え、事務所に戻った私を背後から呼ぶ声がした。
その声の主の隣には、いつもあの人がいる。そう思うだけで、振り返ろうとする足が震えた。小さく唇を噛み、心に強く蓋をして、気を強く持ち、ゆっくりと振り返る。
けれどそこに、恐れそして期待した姿はなかった。
「おつかれさま!今仕事が終わったの?」
「社さん、こんにちは。珍しくおひとりなんですね。」
「ああ。ちょっと事務所から呼ばれてね。蓮は今撮影が大詰めでさ。まだ時間がかかりそうだったから、ちょっと抜け出してきたんだ。」
穏やかな笑顔で語る社さん。その表情にほっと息をつく。こんな風に昔と変わらぬ時間を過ごせれば、やがてあの気持ちも薄れ消えていくかもしれないのに・・・。そんなあり得ない期待が胸をよぎる。

「そういえば、明日ってキョーコちゃんどうしてるの?」
「明日ですか?オフなので学校に行こうかなって思ってるんですよ。」
さらりと聞かれ、ぼうっと考え事をしていた私は思わず本当のことを答えてしまった。墓穴を掘ったとも気づかずに。

「ほんと!?そしたらさ、もしよかったら久しぶりに蓮に夕食を作ってくれないかな。あいつ、ここんとこ忙しくて、おにぎりとかしか食べてないんだよ。オフっていっても、どうせいつもみたいに家でじっとDVDを見たりしてると思うんだ。そういうときって、下手すると1日中何にも食べなかったりするからさ。心配なんだよね・・・。だから、お願い!」
そういって目の前で手を合わせる社さん。
自分より年長の社さんが、腰をかがめ、視線を私よりも低くして、上目遣いにお願いしてきたら・・・断われるはずがなかった。
だって、ほんの少し前の私なら、そんなこと言われたら即OKの返事をしていたもの。

「それは・・・心配ですね。わかりました!不肖最上キョーコ、敦賀さんのために栄養たっぷりで身体にやさしいお食事を作りに行かせていただきます!」
全力の笑顔で答える。
「そしたら・・・俺からの依頼っていうと蓮が遠慮しかねないから、申し訳ないんだけど、キョーコちゃんから一本メールをしてもらえる?キョーコちゃんから言われたら、蓮、ぜったいに断らないはずだから。」
その言葉にも、ただうなずくしかなかった。

あの人と2人きりで過ごす夜。
こんな想いを抱えて、私は本当に大丈夫なんだろうか。
以前と変わらぬ普通の顔で過ごせるんだろうか。
正直、自信がなかった。
でも、仕方ない。
引き受けてしまったんだもの。

会いたいと願う気持ちが、会いに行く理由を自分自身に懸命に言い訳する。

でももし今、2人きりで会ったら・・・。
もしかしたら、この気持ちがばれてしまうかもしれない。
ううん。
きっとばれるだろう。

撮影のときと同じ、困惑したように目を背ける彼の姿が浮かんだ。
あの役の感情が私を一瞬支配する。
(この気持ちを抑え続けるなんて、もう耐えられない。)

・・・もういい。
ばれたならそれでも構わない。
どうせ報われない恋ならば、ばれて、そしてさっさと終わってしまえばいい。
そうすればきっと、私は愚かな自分にさよならできる。

それなら・・・
それならいっそ本当のことをすべて告げ、そして何もかも終わりにしてしまおう。



決意を胸に、私は携帯を手に取った。

『敦賀さん、こんばんは。社さんから明日は久しぶりのオフだと伺いました。私も明日は学校へ行くだけの予定です。もし敦賀さんさえよかったら、ひさしぶりに終業後お食事を作りに伺ってもよろしいでしょうか。』


まさか、あのドラマを、あのシーンを敦賀さんが見てしまったなんて・・・。
そんなこと思ってもみなかった。
そのときは・・・。





我を思ふ人を思はぬむくひにや わが思ふ人の我を思はぬ 
(私を思ってくれる人を思わない報いなのだろうか。私が思う人は私を思ってくれない。)



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