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思はぬに妹が笑まひを…

「私じゃ・・・ダメですか?」

吸い込まれそうな榛色の瞳を潤ませながら、君は小さく一歩近づき俺の腕をそっと掴んだ。
掴まれた場所から指先の震えがダイレクトに伝わり、どくどくと鼓動が早まる。
身長差のせいか、近くに立つと真下に見える君の第二ボタンまで外したシャツからのぞく胸元が、あまりに白くて眩しくて。
つい目を背けた。

そんな俺の様子を勘違いしたのか、君の目にみるみる涙の滴が溜まっていく。
「やっぱり、私じゃ・・・」微かに届く呟き。
「ちがうっ。そんなことないっ。俺も君を・・・ずっと前から・・・。」
慌てて肩を掴み、その目をまっすぐ見つめた。

「本当・・・ですか?」
潤んだ瞳が腕の中で瞬く。
泣き笑いの顔で上目遣いに見つめられ、跳ね上がった心を抑えきれず、この腕でそのすべてを抱き寄せようとした。

―――そのとき目が覚めた。


はぬに妹が笑まひを夢に見て 心のうちに燃えつつぞ居る
(風雅和歌集 祝子内親王)


末期だな・・・。
目が覚めて真っ先にそう思う。
あんな夢を見た理由はわかっている。
昨夜見たドラマのせいだ。


* * *


(これは・・・。最上、さん・・・?)
昨夜珍しく早めに帰宅した俺は、何気なくテレビを点け言葉を失った。

『私じゃ・・・ダメですか?』
画面の向こうからこちらをじっと見つめ、震え声でつぶやく女性。それは紛れもなく最上さんだった。
アップになったその顔に、目が釘付けになる。
潤んだ瞳、薄紅色に染まる頬、震える睫毛。
その表情は、どうみても恋する女性以外の何者でもなかった。
画面を通しているというのに、まるで彼女に本当に恋されているような気がして、その視線に絡み捕られそうになり・・・心臓がぐらりと揺れた。

(いつの間にこんな表情ができるようになったんだ?)
テレビの前に立ち尽くしたまま、身を乗り出して画面に見入る。

それは、人気恋愛小説をドラマ化した作品だった。親の決めた婚約者がありながら、幼馴染の男と恋に落ちるヒロイン。彼女は真実の愛を貫くため、婚約者を捨て恋人の元へと走るが、重なる誤解と擦れ違いが2人を何度も引き離す。しかし、紆余曲折を経た末ついに2人は結ばれる。そんなべたな恋愛ドラマ。
その中で、最上さんは、姉が捨てた元婚約者に一途な愛を捧げるヒロインの妹役を演じていた。

愛に一途な女性の役が最上さんに与えられたことにも驚いたが、何よりショックだったのは、あれほど恋なんて、愛なんてと言っていた最上さんが、一途な恋心をあまりにも上手く表現していたことだった。

恋の演技について相談された記憶もない。アドバイスした記憶もない。
こんな表情、俺は知らない。
画面に最上さんが映るたび、その事実が突き付けられ、こらえようもなく苦い気持ちが奥底からこみ上げてきた。

そんな表情(かお)を、俺以外の誰かになんて見せないでくれ。
たとえそれが演技だとわかっていても。
どうしても許せない。
どうしても・・・耐えられない。
見知らぬ男を切なげに見つめる君なんて、一瞬だって見たくない。

がくりと膝が落ち、そのままソファにへたりこむ。
嫌だと思いながら、それでもテレビから目が離せなかった。
いや、視線はテレビに向けていてもドラマの内容なんて追ってはいなかった。
俺はただ、茫然と彼女の姿、彼女の表情だけを追っていた。

今俺が抱えているこの感情は、あのときによく似ている。
そう、彼女が出た不破のプロモを見たときだ。

ただあのときは・・・なによりもまず美しく変身した彼女に魅せられるあいつの表情に戦慄いた。
まさか今さら彼女のことが惜しくなったんじゃあるまいかと、そんな彼に彼女の心が揺らぐんじゃないかと、そう考えて怖くなった。

でも今回は違う。
あのときよりも、もっと強く気持ちが揺さぶられる。もっとひどく心が凍る。
嫌な妄想が次々と湧き上がり、疑心暗鬼に捉われる。

もし、あれが演技じゃなかったら・・・。
それが俺ではない誰かに向けられた彼女の素顔だとしたら・・・。
考えたくもない妄想が、頭の中を駆け巡る。

君を想う気持ちに比例して、嫉妬や不安までこんなにも大きく育ってしまっていたなんて・・・。
今さらながら、自分の心の余裕のなさをつくづく思い知らされたよ。


ドラマが終わってもしばらく、俺は放心したようにソファに身を沈ませていた。
どう気持ちを切り替えようとしても、さっきの彼女の表情が頭について離れない。

あれは・・・本当に演技なのか?

明日は久しぶりのオフ。どうせとくに用事があるわけでもない。
酒でも飲めば気が紛れるかとしばらく口にしていなかったウィスキーについ手が伸びた。
飲んでも飲んでも酔いきれず、勢いに任せ幾杯も重ねるうち飲み過ぎたらしい。
気づけばソファでうとうとし、そしてあの夢を見た。

(あのまま夢の中にいたほうが幸せだったな。)
そう考える自分に苦笑しつつ、テーブルに並んだボトルとグラスを眺める。
今の俺は、髪は乱れ、シャツだって帰ってきたときのままでしわだらけのくしゃくしゃだ。そんな自分の情けなさすぎる体たらくに呆れる。

(いけない。少し頭を冷やそう。)
とりあえずシャワーでも浴びて頭を冷やすかと腰を上げたとき、テーブルの上の携帯が光っているのに気づいた。どうやらうたたねをしている間にメールの着信があったらしい。
明日のオフがだめにでもなったかと思いつつ、重い頭を抱え手に取る。が、送信者を見て慌てて飛び起きた。

『敦賀さん、こんばんは。社さんから明日は久しぶりのオフだと伺いました。私も明日は学校へ行くだけの予定です。もし敦賀さんさえよかったら、久しぶりにお食事を作りに伺ってもよろしいでしょうか。』

最上さん・・・。
気鬱の種が消えたわけではない。それでも、彼女から届いたメールの文字を追ううちに、先ほどまでの重い気持ちが嘘のように軽くなっていくのがわかる。
彼女が会いに来てくれるという、食事を作ってくれるという、ただそれだけで。
(我ながら現金だな。)
思わずくすりと笑ってしまう。
瞬間、“蓮、俺からのちょっとしたプレゼントだ”なんて言ってにやにやと含み笑いをする社さんの顔が浮かび、どんなときにも頼りになるマネージャーの有難い計らいに、心の中で素直に感謝した。


時計を見れば深夜をとうに過ぎた時刻を示している。今日はもう遅い。
だから、明日の朝起きたら真っ先に君に電話をかけよう。
君の声を聞いて、新しい1日をはじめよう。

会えば、今日のことについて君を問い詰めてしまいたくなるかもしれない。
あの表情の意味をなんとかして探りたくなるかもしれない。
だってこの想いは、もう決壊寸前にまで追い込まれているから。

でも・・・それでも、どうしても君の笑顔がみたい。
俺だけをまっすぐ見て笑う君に会いたい。
でないと、この捕らえようのない不安に侵食されて瞬く間に自分自身が壊れてしまいそうなんだ。

どんな痛みを伴おうと、どんなに切なさが募ろうと、今はただ何よりも君の笑顔がほしい。


君の笑顔はいつだって、この世のなによりも俺の心に喜びを与えてくれるから。
そう―――、君の笑顔さえあれば、世界はどこまでも俺に優しい。





思はぬに妹が笑まひを夢に見て 心のうちに燃えつつぞ居る 
(思いがけず君の笑顔を夢に見て恋の炎が抑えきれなくなっている。)



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