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蛍幻夜 (4)

「どうぞこちらへ。」

男性に従い、蓮に続いて敷地内へと足を踏み入れたキョーコは、目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。

ゆらゆらと揺らめく篝火に照らされ、幻想的な趣を見せる日本庭園。
その中を縫うように続く石畳は、打ち水なのか夜露なのか、ほのかに濡れ、灯火を鈍く反射している。

涼やかなせせらぎが聞こえるのは、石畳の道に小さな川が寄り添うように流れているせいだろう。
暗がりにぼんやりと霞む周囲をよく見れば、そこかしこに数寄屋造りの離れ座敷がひっそり佇んでいるのが分かる。

(ショータローの家も素晴らしかったけれど、ここはもしかしたらそれ以上かもしれない・・・。)
いつしかキョーコは夢か現(うつつ)か朧げな気持ちになっていた。

「足元に気を付けて。」
前を歩いていた蓮が振り返り、キョーコにそっと手を差し出した。
篝火に照らされたその横顔はどこまでも美しく、見慣れぬ浴衣姿がいつになく蠱惑的な男の色香を感じさせる。
それもまた夢の出来事のようで、キョーコは引き寄せられるようにその手を躊躇なく掴んだ。
少しひんやりとした蓮の手が、自分から体温を奪い、急速に温まっていくのが分かる。互いの熱をやりとりするような、その行為にキョーコの胸がなぜか弾んだ。

ふふっ。

自分でも無意識に笑みがこぼれてしまう。
現実とかけ離れたこの世界では、どんな我儘もどんな甘えも許されるような気がして・・・。
つい、蓮の手をギュッと握り返した。


(え?)
縋るように握り返された手の温もりに蓮の胸がじんと痺れ、頬に熱が灯る。

ふりかえりたくて。
でも、ふりむけなくて。
蓮は黙ってその手を引き続けた。
伝わる熱を何処にも逃さないよう、強く強くその手を握り締めて。


さらさらと流れる透き通った水音。
カランコロンと響くノスタルジックな下駄の音。
どこからともなく聞こえる、か細い虫の声。
沈黙を続ける二人の間を、ただそれらの音だけがゆるやかに通り過ぎていく。

やがて一軒の離れが目の前に現れた。
「こちらでございます。」

その声に二人は慌てて手を離した。


* * *


10畳ほどの広さの離れ座敷は、部屋の二面を大きなガラス戸が覆い、美しい庭園を望みながら食事をとれるようになっていた。
次々と供される目にも艶やかな懐石は、旬の食材がさまざまに取り入れられた繊細で上品な品々ばかり。
キョーコは窓外の景色とともにその味に喜び感激し、蓮は喜ぶキョーコの笑顔に幸せを感じ、共に心地よいひと時を楽しんでいた。
二人で過ごす穏やかでやさしい時間―――。

やがて食事を終えるころ、キョーコが口を開いた。
「それにしても、すごいところですね。」
「うん。俺も驚いてる。」
「でも、敦賀さんにこちらをご紹介された方はなぜ浴衣を勧められたのでしょう。やはり、浴衣で、という場所ではないように思えるんですけど・・・。」
「それはね・・・。」
蓮がすっと立ち上がり、縁側へのガラス戸を開いた。

「今の時季は、ここでホタル狩りができるそうなんだ。よかったら、最上さんもこっちに来てホタルを探してみないか?」
請われるがまま、縁側に並んで座る。
目の前の池にはゆったりと鯉が泳ぎ、聞こえてくるのは水音と木々が風にそよぐ音だけ。
先ほどに似た、心地よい沈黙が2人の間に流れはじめた。

「浴衣姿でホタル狩りなんて風流ですね。」
「うん。だから君を今日連れてきたかったんだ。本当に・・・よく似合ってる。その浴衣・・・すごく・・・・・・」

蓮の口から言葉が漏れるたびに、覚えのある香りがふわりと漂う。
袖と袖とが触れ合う距離。
その近さにキョーコの心臓がドキドキと脈打つ。
いつもは目線がずっと上なのに、座っているせいかすぐ間近に顔がある。
ちらりと横目で見れば、均整のとれた顔立ちが、部屋の明かりを背に受けて一層凄みを増した美しさを放つように見えた。
その美貌に見惚れてしまいそうになり、慌てて視線を庭に向ける。

(動悸が止まらない。どうしよう・・・。)


そのとき―――。

突然灯りが消えた。
部屋も、外も、すべてが闇に染まる。
「きゃっ!」
突然のことに悲鳴を上げたキョーコの手に、隣にいた蓮の手がやさしく重なる。
「大丈夫。驚かないで。ホタル観賞の時間になっただけだから。」

*

似ている、と思った。
幼かったあの日の夜に。

真っ暗な部屋で、淋しくて怖くて震えていた私をなぐさめるように寄り添ってくれたあのホタルの光。
敦賀さんのやさしさは、あの光によく似ている。
さりげなく寄り添い、私を安心させてくれる。
淋しい思いを、辛い思いを、そっと癒してくれる。
あのときのホタルの光はきっともう一生忘れない。
今こうして寄り添ってくれる敦賀さんのやさしさを決して忘れないように。

ホタルが仲間の元へ帰るように、
いつか敦賀さんも煌めく光の中に戻っていくのかもしれない。
私がいくら追いかけても追いつけないほど眩しい光の中へ。
でも今は―――・・・

(こんな夜がいつまでも続けばいいのに・・・。)
そう願う。

*

「ほら、庭をみてごらん。」
蓮が小さく声をかける。
我に返ったキョーコが蓮の指さす先に目をやると、そこに薄白い光が小さく揺らめいた。
「あっ!敦賀さん、あそこ!」
ホタルをみつけ、少し興奮したキョーコが触れていた手をぎゅっと握りしめる。
蓮もその手をしっかりと握り返した。

1匹、また1匹・・・・・・
気が付けば真っ暗だった庭一面にホタルが舞っていた。
まるで満天の星空が目の前に降りてきたように。
たくさんの小さな光がゆっくり瞬きながら、すぐそばを通り過ぎていく。
二人とも言葉を失ったまま、無数の光の軌跡をただじっと見つめていた。

*

どれだけの時間が過ぎたろう。
風が動く僅かな気配とともに、ことりと肩に小さな重みがかかった。
感じる温もりに視線を向ければ、見覚えのある栗色の頭が肩に載っている。

君だっていろいろ忙しいというのに。
暑い中、俺のためにわざわざ自転車を走らせてくれて。
急にお願いした着付けもがんばってくれて。
きっとすっかり疲れてしまったんだね。

耳元で響く穏やかな寝息
首元にかかるやわらかな吐息。
そのすべてに囚われ、次第に早くなる心音をどうやっても抑えられない。
せめて少しでも長くこのままいたくて、彼女を起こさぬよう静かに手を伸ばし、背を支えた。
こうしていつまでも、どこまでも、俺の手で彼女を支えていけたら・・・。
闇を抱えたままの今の俺には過ぎた想いなのかもしれない。
でも今は―――・・・

(こんな夜がいつまでも続けばいいのに・・・。)
そう願う。

*

互いに同じ想いを抱いているとは露ほども知らず。
肩を寄せ合う2人の前をホタルが一匹ふわりと通り過ぎた。

今にも消えそうで、けれど決して消えることのない無窮の光を瞬かせながら。




fin

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