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蛍幻夜 (3)

「今日はありがとう。ほんとに助かったよ。」

キョーコが各スタッフに挨拶を終え、撮影が無事スタートすると、社が小声で話しかけてきた。
「いえいえ、気になさらないでください。むしろ、私のような者がお二人のお役に立ててうれしいです。」
頭を下げだすキョーコを社はあわてて止める。

「わわっ、やめて、やめて、キョーコちゃん。頭を下げなきゃいけないのは俺のほうだから。そうだ。ちょっとこっちに来てくれる?」
そういってキョーコをスタジオの外へと連れ出すと、きょとんとしながらついてきた彼女に持っていた紙袋を差し出した。

「あのね。これ、俺と蓮からの今日のお礼。よかったら受け取ってくれないかな。」
「え?お礼?そ、そんなけっこうです!」
ぶんぶんと手を振って固辞するキョーコに、少々無理やり紙袋が押し付けられる。
「いいから、いいから。とりあえず中を見てよ。ね、お願い。」
にこにこと穏やかな笑顔で言われるとそれ以上断るのも躊躇われ、キョーコはつい中をのぞき込んだ。
瞬間あっと大きく叫びかけ、スタジオ内が撮影中だということを思い出し慌てて口をおさえる。

中に入っていたのは、藍色の地に大輪の朝顔が大胆かつ繊細に染め抜かれた涼やかな浴衣と紗献上の名古屋帯。朱の帯にはグレーや白の独鈷柄が細く配され、粋な中に若々しい可愛らしさが見える。もちろんそこには浴衣と帯だけでなく、下駄や小さな髪飾りまで必要なものがひと揃い入っていた。

「これ!!!」
あまりに驚いて言葉を失うキョーコに優しく微笑み、社は話しかけた。
「お礼といっても、単なる買い取り品なんだ。だから、あんまり気にしないで。
じつは今日の撮影、当初の予定では女優さんと二人で撮影するはずだったとかで、女性用の浴衣も一式届いていたんだよ。結局、直前に蓮一人ってことに決まったから使わなかったんだけどね。ほら、蓮の浴衣と対になるような感じでかわいいでしょ。だから、今日の御礼にどうかなと思って。じつはもう蓮のといっしょに買い取っちゃったんだ。」
「でも・・・。」
こんな高価なものいただけません、と続けようとしたのを察し、社が続ける。

「素肌に着るものだからね。先方としても貸出後は店頭サンプルかB級品扱いにするしかないそうなんだ。買い取りするって言ったらすごく喜ばれてね。かなりお手頃にしてくれたんだよ。だから、全然高価じゃないし、むしろ今日のギャラとしては安いくらいだから。ほんと、気にしないで。
あ、でもちょっと心配なんだけど、下駄のサイズ、大丈夫かなあ・・・。」
もらってくれると信じて、にこにこ笑う社に、キョーコも断りきれず困ってしまう。

「そういえば、自転車で来てもらったから、かなり汗もかいたでしょ?撮影が終わるまでまだ時間がかかるし、よかったらここでシャワーを浴びていったらどうかな。スタッフには俺からちゃんと説明しとくから安心して。でね・・・もしできたら後でこの浴衣を着たところを見せてくれる?実を言うと、この浴衣を着たキョーコちゃんが見たくて見たくてうずうずしてたんだよね~。」
「あ、あの・・・。」
「ぜったい似合うと思うからさ。それにほら、今日はカメラマンだけじゃなく出版社の人たちも来てるから、キョーコちゃんのいい売り込みになるかも。」
にやりと笑う社。
「さ、いいから。行って、行って。」
敏腕マネージャーの手腕を存分に発揮して説得にかかる社に立ち向かえるはずもなく、キョーコは紙袋を手にシャワー室へと向かうのだった。

* * *

「れぇ~~ん、準備は万端だぞ~。あとはお前がキョーコちゃんをデートに誘うだけだからな。がんばれよぉ~~。」
無事撮影を終えた蓮が急いで控室へ戻ろうとすると、社がにやにやしながら耳元で囁いてきた。
いつもならそんな風にイジられても素知らぬ顔でかわす蓮だが、今日は少々余裕がない。
「最上さん、ちゃんと待っててくれてますよね?」
「もっちろ~ん!万事ぬかりなく運んでいるから、安心しろ。」
「いつもすみません。感謝します。」
「御礼はいいからさ~。ちゃんと成果をみせてくれよ~。」

そんな会話を交わしつつ、2人が控室に戻ると、そこには姿勢を正した浴衣姿のキョーコが恥ずかしげに待っていた。
栗色の髪と大きな黒い瞳が藍色の浴衣によく映えている。
清潔感のある可憐なその姿に2人は目を見張った。

「うわぁ~、キョーコちゃん。やっぱりかわいいよ。すっごく似合うね~。いい!いい!ほらっ、蓮も見惚れちゃって言葉を失ってるよ!」
これでもかと褒めたたえる社に、キョーコは困ったように首をかしげてみせる。
「あ、あの・・・お言葉に甘えて着替えてしまいましたが、本当によろしかったんでしょうか・・・。」
「もちろんだよっ!なあ、蓮?」
そういって蓮をみる社の視線が、“わかってるよな。蓮。誘え。さあ、誘え”と圧力をかけてくる。
その目をくっと見返すと、蓮はキョーコに向かい、くしゃっとはにかむような笑顔を浮かべ、話しかけた。
「本当にすごく似合ってるよ。最上さん。社さんの言うとおり、あまりにきれいで声も出なかったくらいだ。」

(まるで子どもみたいに無邪気な笑顔。敦賀さんのこんな表情(かお)見たことない・・・。)
その表情にキョーコが目も心も奪われていた、そこに畳み掛けるように蓮が言葉をかける。
「よかったら、この後食事に付き合ってもらえないかな。その恰好でぜひ。」

突然の誘いに、キョーコは戸惑いを隠せない。
「え?でも、自転車でここまで来てしまったのでお見せしたらすぐ着替えようと・・・。それに浴衣をいただいたのに、さらにお夕食までなんて、そんなの申し訳ないです。もう十分お礼はいただきましたから。」

「あ、キョーコちゃん、自転車は俺が事務所に返しとくから安心して。それよりも蓮にしっかり食事させてくれると、俺さらに助かっちゃうんだけどな。」
すかさず社がフォローを入れる。

それでも迷っているキョーコに、少し悲しそうな表情をわざと見せ、蓮は続けた。
「全然申し訳なくないんだけどな・・・。実は先日、共演者にちょっと素敵なお店を教えてもらったのを思い出したんだ。勧めてくれた彼に感想のひとつも言いたいんだけど、ひとりじゃちょっと行きにくいところでね。よかったら、いっしょに行ってくれるとうれしいんだけど。
それに俺、浴衣を着るのって初めてなんだ。せっかくこんなにかっこよく着付けてもらったから、もうちょっとこの恰好でいたいなって思って。
第一ほら、もし出先で着崩れたりしても君がいてくれたら安心だからね。」
そういって軽くウインクをしてみせた。

「でも・・・。」
それでもまだ迷っている様子のキョーコ。
蓮にウインクまでされたら、ふつうの女性ならほいほい付いていくか、それだけで卒倒してしまいそうなものだが、残念ながらキョーコにはまったく効かない。

社は隣で少女のようにやきもきしていた。
(さすが、キョーコちゃん。あらゆる女性が悩殺される蓮のウインクも軽くスルーしたぞ。しかし蓮、息を吐くように嘘を吐く男だな、お前・・・。その店、キョーコちゃんが来るって聞いて急いで調べてただろ。俺はちゃ~んと知ってるんだぞ・・・。)

小首をかしげたまま、キョーコは蓮の言葉をかみしめるようにしばらく考えこんでいたが、やがてにっこりと微笑んだ。
「わかりました。それでしたら、お伴させていただきます。」

そう答えたキョーコに、蓮は嬉しそうに笑い返し、社はほっと息をついた。
「本当のことをいうと、いただいたこの浴衣があまりにも素敵ですっかり気に入ってしまったので、もっと着ていたいなって思ってたんですよ。ただ・・・」
軽く眉を曇らせるキョーコ。
その表情に男2人が少し焦る。
「本当に素敵な浴衣ですけど、でも浴衣で外食はまずくないですか?敦賀さんのいらっしゃるお店ならきっとちゃんとしたところですよね?浴衣じゃ失礼にならないでしょうか。だって浴衣って着物と違ってホームウェアみたいなものですし。」

「なるほど、それが心配だったのか。たしかに最上さんの言うとおりだね。でも安心して。今日行くところはそういう心配のいらないところだから。逆に浴衣でいくといいよって勧められたくらいだからね。」

蓮の返事をきき、キョーコはようやく安心したようににっこりと花のような笑顔を見せた。
「よかったです。なんだか生意気なことを言ってしまってごめんなさい。」
「いや、いいんだ。君との会話は本当に勉強になることが多くて、話していて楽しいよ。こちらこそ余計な心配かけちゃってごめんね。」
「そんな・・・何もかもご配慮いただいてすみません。でも、こんなに素敵な浴衣を着せていただけて、私とっても幸せです。社さん、敦賀さん、本当にありがとうございます。」
「いいんだよぉ~。今日は本当に助かったからさ。撮影がスムーズに終えられたのも、すべてキョーコちゃんのおかげだよ。どうかゆっくり蓮と楽しんできてね。」
「はい!」

ご機嫌な社に見送られ、浴衣姿の2人は揃って車に乗り込んだ。

* * *

車がスタジオを出てから約1時間。
気が付くと周囲は鬱蒼とした緑の山道になっていた。

(東京からそれほど遠くないのに、こんなところがあるんだ・・・。)
キョーコが驚くのも無理はない。
そこはまだ住所としては都内だというのに、信じられないほど豊かな自然が残る場所だったのだ。

やがて車は、それまで走っていたコンクリート敷きの道路から、左右を竹林が囲む砂利道へと曲がった。
(どこへ行くんだろう?)
考える閑もなく目の前に現れた、篝火が照らす広い駐車場へと車が滑り込む。
程なく1人のスーツ姿の男性が車へと近寄ってきた。


「敦賀様ですね。お待ちしておりました。ご案内いたしますので、お連れ様もご一緒にこちらへどうぞ。」





(続く)

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