蛍幻夜 (1)

※『蓮キョ☆メロキュン推進!ラブコラボ研究所』参加作品です。


「夏といえば・・・ホタル、かぁ・・・。」

手にしていた教科書をテーブルに置くと、キョーコはつぶやいた。
窓の外からは蝉の声がかすかに聞こえている。
けれども、この都会の真ん中にある事務所では、ホタルなんて当然影も形もない。
(もっとも今は真昼間だから、万が一いたとしても気付かないだろうけど・・・。)

ぼんやりとそんなことを考えながら、キョーコは教科書を眺めた。
彼女は今、ラブミー部室で古典の勉強に勤しんでいる。
今、読んでいたのは「枕草子」。
明日までに第一段を暗唱しなければならないので必死だ。

------夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。

キョーコの頭に“ホタル”が浮かんだのはこの文章のせいだった。
ちょうど夏真っ盛りということもあってか、四季折々の自然の情景を軽快に描いた第一段の中でも、この部分にとくに心惹かれる。

(ホタル・・・そういえば・・・。)

目を閉じて何度も何度も暗唱を繰り返すうち、キョーコの脳裏に幼いころの記憶が蘇ってきた。

* * *

当時、キョーコは旅館に隣接するショータローの自宅に泊めてもらうことが少なくなかった。
そんな夜決まって与えられる畳敷きの小部屋には広い窓が据えられており、その外は広大な庭へとつながっていた。
自宅でも1人で過ごすことが多かったし、ひとり寝にも慣れていないわけではなかったが、まだ幼い心にはふとした折に耐えがたい淋しさが襲うことも少なくない。
昼ならその気持ちを慰めてくれる窓の外の景色も、夜目には風に揺れる木や花がお化けのようにしか見えず、ただ恐怖を増長させる。
その夜も、そう。
敷かれた布団に横たわり、もう眠ってしまおうと目をつぶるものの、不意に訪れる得体のしれない恐怖に、はっと飛び起きる。
その繰り返しだった。
何度目かの覚醒に大きく息を吐いた瞬間、キョーコの瞳にぼんやりと白く輝くものが映った。

「なんだろう。あの光・・・。」

布団に横になったキョーコの頭上高く、天井に沿うようにふわふわと揺れる小さな光。
「・・・・あっ!ホタル!」
一度女将さんに自宅まで送ってもらうときに見つけ、教えてもらったことがある。
それとおんなじ光だった。
ふわりふわりと左右に揺れ動く白い光。
それは、真っ暗な部屋で怖がっていた自分をなぐさめにきてくれた1人の妖精のようにも思えた。
「ありがとう。ホタルさん・・・。」
ひとりじゃない、そう思えたのがよかったのか。
それからキョーコは、ホタルの淡い光をまぶたに描きつつ、幸せな眠りについたのだった。

* * *

(なつかしい・・・。)

そういえば、あれ以来京都にいてもホタルを見る機会はなかった。
東京にいては、なおさら。
ここに描かれているような、飛び違うホタルなんて下手したら一生見ることはないだろう。
(一度、見てみたかったな。一面に飛び交うホタルの光・・・。きっとすごく幻想的だったろうに。)

灯りのついたランタンを抱え、ホタルの妖精が闇夜をぬって飛び回る様が頭の中にぽわんと浮かび、残念な気持ちをおさえきれないキョーコなのだった。


TRRRRRR

その時、突然キョーコの携帯が鳴った。
慌てて電話に出る。

「キョーコちゃん!?よかった!捕まって。たしか今日って、このあとずっと事務所詰めだったよね?」
それは社だった。
ずいぶん声があせっている。
「こんにちは、社さん。今日のスケジュールですか。たしかにおっしゃるとおりですけど・・・(よく知ってるなあ)。いったいどうしたんですか?そんなにあせって。」
「ああ、ごめんごめん。挨拶もせず。こんにちは。キョーコちゃん。いきなり電話してごめんね。ところでさっそくだけど、キョーコちゃんって着物着れたよね。浴衣を人に着せたりもできるかな?」
挨拶もそこそこに本題に入る社。

「できますけど・・・?」
「ほんと!?あーーー、よかったぁ。助かる!あのね、悪いんだけど今からすぐこっちに来てもらえるかな?」
「そちら、ですか?」
「そう。市ヶ谷の撮影スタジオ。じつは、これから浴衣姿でテレビ情報誌の表紙撮りの予定なんだけど。着付けしてくれるはずだったスタイリストさんが交通事故に遭っちゃってさ。浴衣はその前に届いてたからまだよかったんだけど、着付けのできる人がいなくて困ってるんだ。ほら、蓮の着付けなんて、下手にその辺の人に頼むわけにもいかないじゃない?もう、参っちゃってさ。」

確かに大変な状況なのだろう。しゃべり続ける社の、いつになく早口で、しかもちょっと上ずった声からそれが伝わってくる。
「それは大変ですね・・・。」
「そうなんだよぉ~。明日から新ドラマの撮影がはじまるから撮影の日変更も難しくて、ほんとどうしようって話になってね。で、たった今“そうだ!キョーコちゃんならきっとできるはず!”って思いついたとこなんだ。そういうわけで忙しいとこ悪いけど、来てくれるかな?」

受話器から流れる社の声に耳を傾けながら、キョーコは手元の教科書に目を向ける。
明日までの課題の「枕草子」はもう大体覚えたから大丈夫。

「わかりました!そちらでしたら、自転車を使えば30分くらいで行けると思います。今から急いで支度して向かいますね。」
「ありがと~~!!ほんとに助かるよぉ~~!!!じゃあ、待ってるね!受付で俺の名前を出してくれればすぐ分かるようにしとくから!」


(いつもお世話になっているお二人にご恩返しするチャンスだわ!)


電話を切るや否や、キョーコは超特急で支度を整えると、自転車に飛び乗った。





(続く)

スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する