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秋の田の穂向きの寄れる… (7)

※病気・症状・治療・付き添いケア等諸々簡単に調べた程度で、基本的に話の流れを優先して書いています。事実・現実と異なる面が多々あると思いますが、スルーしていただけるとありがたいです。



墨をぶちまけたように黒く染まった空から、あらゆるものを押し流す凄まじさで雨が降り注ぐ。
窓ガラスが溶け出したように見えるのは、それほど激しく水滴が打ちつけているからだろう
気が付けば、俺の虚ろな視界は余すところなく濃い雨に塗りこめられていた。

――――俺の心をそのまま写しとったかのように。




「蓮。お前、今回は予定通りアメリカに帰れ。」

一方的にそう告げられてからいったいどれだけ時が過ぎたのか。
いくら反論してもそれは一切受け入れられることはなかった。
結果、何をするでもなく俺はただこの部屋で無為な時間を過ごし続けている。
数日前に渡された1枚のカードをくしゃくしゃに握り締めて。


手の中のソレに再び目を遣る。

一面夜空のポストカード。
小さな星が散らばる中に浮かぶ下弦の月。
その隅に目立たぬように小さく走り書きされた『いつか』の文字。

いつか、だって?
不確定な未来を示すそんな言葉はもう欠片ほども見たくない。
君は一体どういうつもりで俺にこのカードを送ってよこしたんだ。
なぜ会おうとしない。
なぜ声すら聞かせてくれない。
なぜ。
なぜ………?

もう何度繰り返したかわからない記憶の反芻を、再び始める。

あのとき確かにこの手に感じた、君の温もり、香り、やわらかさ。
忘れようとしても忘れられない、この腕に刻み込まれた感触。
震えるほど幸せだった、あのひととき。


そして君は確かに言った。
「あなただけ。」と
俺だけが君に、哀しみを、憂いを、喜びを、幸せを、あらゆる感情を与えられるのだと。

確かに君はそう言った。
それなのにどうして?

追い詰められるばかりの心を、少しでも落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
強く握った拳の甲に触れるぬるい空気。
見上げれば小刻みに震えるガラスに、ひどく固い表情をした俺が映っていた。

金色の髪。
碧色の瞳。

彼女の知らない本当の俺。
彼女に隠したままの俺の真実。

くそっ。
拳を強くガラスに打ちつければ、その姿が闇に震える。

(いったい俺はこんなところで何をしているんだ。)

苛立ちを押さえきれず、ガタガタと唸る窓を開け放ち、吹き込む風雨に身を晒した。
いっそこのまますべてが漆黒に溶けてしまえばいいと。
そう思いながら掲げた空っぽの手のひらに、大きな雨粒が次から次へと落ちては滴っていく。

その傍らを一陣の風がびゅぅと吹き込みサイドテーブルを駆け巡った。
飛ばされる薄い紙。
明日発のチケット。

どうすればいいのかなんてわからない。
わかりたくもない。


(キョーコ………君に逢いたい。)


狂おしいほどの一念が身を焦がした。
―――――そのとき。


ベッドに投げ捨てていた携帯が劈くような電子音を上げた。
深いため息をつきながら相手の名前を確認する。
(え?)
予想外のその名に微かに眉を上げ画面をそのままタップする。
とたんに聞こえてくる穏やかな響き。

「もしもし、蓮か?」
「どうしたんですか。社さん。」
「明日発つって本当か?」
「………。」
「本当なんだな?」
「………。」
「そうか…………。あのな。ずっと迷っていたんだが、お前にどうしても言っておきたいことがある。」


言っておきたい……こと?
社さんが俺に?




* * *




あれから何日が過ぎたんだろう。
わずか数日のはずなのに、とてつもない長い時間が過ぎたような気がする。
そんな単調な毎日。

日々アパートと病院の往復を繰り返し、隼人くんの元に足を運ぶ。
ちょっとした身の回りの世話を手伝い、他愛ないおしゃべりを交わし、過ぎていく時間。
記憶が戻る気配はいまだないけれど、少なくとも怪我は順調に回復し、彼は日に日に以前通りの快活さを取り戻している。
それだけでもよかったと、そう思うしかない。

「キョーコちゃんが毎日来てくれるから嬉しくて。どんどん元気になっていくのが自分でもわかるんだ。本当にありがとう。でも……なんだかかえって迷惑かけちゃったみたいでごめんね。」

ぼんやりと花を活けていた背中越しに掛けられた言葉にどきりとする。
慌てて笑顔を作り、振り向いた。

「ううん。そんなことない。隼人くんが元気になっていく姿をみていると私も嬉しいから。」

ベッドの上から向けられる邪気のない笑み。
まっすぐ私を見つめる視線にこもる熱をどこか遠くへ逃がしたくて、さりげなく目をそらした。


あれから隼人くんは、好きだとか付き合ってほしいとかそんなことは一切口にしない。
私もあえてそのことに触れたりしない。
ううん、むしろ避けるようにしていた。
たぶんそんな私の気持ちを隼人くんは敏感に察知しているんだろう。
今は以前のように、仲のいい同僚を少しだけ超えた立ち位置が再び二人の間に戻ってきている。

でも……。

敦賀さんと再会してしまった私にとってはそれすらもう、心に重い。



「書店のほうは大丈夫なの?」
「うん。私もまだ検査があったりするから、シフトを調整してもらってるの。」

不意に聞かれた言葉にどきりとする。
書店のほうには隼人くんの記憶が欠けていることを正直に話し、口裏を合わせてもらっていた。
だから私がもう書店を辞めてしまったことを、隼人くんは知らない。

「お水、変えてくるね。」
花瓶を取り上げ、微笑みかける。
「うん、お願い。いつもほんとにごめんね。」
「もうっ、気にしないでって言ったじゃない。好きで通ってるんだからそういうのは言いっこなしだよ。」

片手で拳を作り、それを振り上げてポーズをとれば、隼人くんがぷぷっと笑いを漏らす。
その直前の瞳の色に一瞬不安な影が通り過ぎたのを、私は気づきたくなかった。




給湯室の窓から、びゅうと音を立てて湿り気を帯びた風が吹き込んでくる。
思いのほか強い風に、窓を閉めようと伸ばした手が止まった。

重くくすんだ空に浮かぶ白い影。
それは、今にも厚い鈍色の雲に飲み込まれようとする下弦の月の片端だった。

(真昼の月は朽ちた大理石みたいな色をしている………。)


綺麗な月をみせてくれると、そう言ってくれた人の顔が脳裏に浮かぶ。
声が聞こえる。
温もりを感じる。
私は思わず両腕で自分の身体を抱き締め、滲む空をもう一度見上げた。

「敦賀さん……。」

近づいたと思ったとたん、遠ざかる人。
その名を口にするだけで。


―――――涙が零れ落ちた。


そのとき………。
沈む心を追い立てるように、突然大粒の雨がパラパラと音を立てて降り始めた。





* * *




もうすぐ。
もうすぐだ。


フロントガラスに打ちつける雨はワイパーの動きをかき消すほど激しく、思うようにスピードも出せない。
気ばかりを焦らせながら、蓮は暗い国道を直走っていた。







(続く)
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