指切りの代わりにキス

恋したくなるお題」様よりお題を拝借いたしました。



たしかに凄い話だった。


ハリウッド映画の準主役。
それも監督・スタッフはもちろん、主役を演じる役者から脇を固める面々までハリウッドでも一流と言われる顔ぶれが揃うという超大作。
そんな中になぜ俺が?と思ったが、日本人役を募集していると知った社さんがキャスティング・コールに俺の顔写真や出演作品のデモテープをしっかり送り売り込んでくれていたらしい。
それを見たプロデューサーから白羽の矢が立ち、なんと直接指名されたという。
一応オーディションも行われるようだが、現地のキャスティング・ディレクターの推薦もありほぼ内定に近い状態だとか。

1年前の俺だったら。
1か月前の俺だったら。
いや、もしかしたら1週間前の俺でも。
その話を聞いたら、らしくもなくその場で声を上げて飛び上がりガッツポーズを決めただろう。
だが今日の俺は………。


「凄い話だろ。」
「…ええ。」

ほんの僅か間が空いた俺に”ん?”と疑問を向けた社さんは、すぐにそれと察したのかひどく申し訳なさそうな顔をした。
「あ……。そうか。そうだよな。タイミング悪すぎだよな。すまん……。」
「いや、違いますっ。そうじゃなくて嬉しいんです。凄い、あまりにも凄すぎる話でびっくりしてしまって。言葉が出なくなっただけです。ハリウッドはずっと目標にしていましたし、まさかこんなに早く実現するとは思っていなかったので……。すべて社さんがご尽力くださったおかげです。本当にありがとうございました。」
慌てて声を上げ深く頭を下げ笑顔を向けると、社さんはようやくほっとしたように頷いた。
「いや、全部お前の実力だよ。蓮。よかったな。」

嘘ではない。
本当に心から嬉しかった。
長く胸に秘めてきた願いがついに実現しようとしているのだから。

ただ頭の片隅でつい………。
彼女を想うのを止められなかった
ようやく手に入れた愛しい温もり。
初めてちゃんと触れあえたあの唇の甘さが、喜びに沸く俺の心に小さな迷いと葛藤を生んでいた。


*


「この仕事を受ければ……しばらくの間そう簡単にはこっちに戻って来られないと思う。」


詳しい話を聞いたその日のうちに、俺は彼女に事情をすべて伝えた。
他の誰かから中途半端な事実が彼女の耳に入るなんてことが絶対にないように。

積年の望みをかなえる代償は決して小さいものではない。
撮影期間は約1年。
一度撮影が始まれば日本に戻ることはほぼできない。
従って日本での活動も停止せざるをえなくなる。
当然彼女に逢うこともままならないということ。
いや、全く逢えないときっぱりいうほうが正しいかもしれない。
だから……。

――――よりによって今。
そう思う気持ちがどうしても捨てられない。

役者という仕事は自分にとって天職だ。
何に代えられるものでもない。
だが同時に目の前の彼女もまた俺にとって何にも代えがたきものだった。
想いが通じた今だからこそなお一層身に迫る計り知れないやるせなさ。
選ぶ答えはわかりきっている。
そう頭では自覚しているのに捨てきれぬジレンマに、どうしようもなく身を苛まれていた。

――――離れたくない。

堰を切って流れ出した想いが窒息しそうな勢いで俺を飲み込んでいく。
けれどそんな俺に比べ彼女は………。



「おめでとうございます!」
大きな瞳をくりくりと光らせ、瞬きもせずじっと話を聞いていた彼女は、俺が話し終えると同時にそう言ってにっこりと微笑んだ。

「よかった。つい念願かなうんですね。」
手向けられる花のような笑顔。
曇りないその笑みに、心の片隅がギギッと強く軋みはじめる。

「敦賀さんなら、ぜったい大丈夫です。」
――――大丈夫?

「向こうに行ってもがんばってくださいね。」
――――向こうに行っても?

「私、応援していますから。」
――――応……援?


どうしてそんな風に笑顔を浮かべられるの?
俺がいなくなっても、君のそばにいなくなっても。
君は大丈夫なの?
なんでもないの?

そう問い詰めたくなるほど………。
ぽっかりと空虚な穴が空いたような俺の心とは裏腹の明るい笑顔を、彼女は浮かべていた。


好きなのに。
好きだから。
その笑顔に苛立ちを感じずにいられない。


だから―――――

『君は………淋しくないの?』
問い詰めるようにそう言いかけた瞬間。
いつの間にか俯いていた彼女から小さな呟きが聞こえた。
たぶんそれはひとり言。
彼女の心の中から漏れてきた言葉。


参ったなあ。
がんばって追いつこうとしても、敦賀さんったらものすごい勢いでどんどん前に進んでいっちゃうんだもの。
これじゃ私、いつまでたっても追いつけない……。
どうしたらいいんだろう。
いつか隣を歩きたいのに。
肩を並べて歩きたいのに。
いっしょにどこまでも……歩い…てい…きた…い………


言葉は次第に曖昧に途切れていく。
同時に小刻みに震えていく細い肩。
そして、不意にぽとりと落ちた一滴の雫。


「最上さ……ん………。」
慌ててのぞきこんだ視線の先に見えたのは、くしゃくしゃに顔を歪め、眦に溢れるほどの涙を溜めた彼女の姿だった。
その気配を察した彼女はパチパチと瞬きを繰り返し、もう一度微笑みを浮かべる。

「がんばって……くださいね。」

微笑んでいた顔が、限界を超えたように泣き笑いに大きく歪む。
そしてまるで何かにスイッチを押されたように、彼女の瞳からぽろぽろと涙が落ち始めた。

「ごめん。俺、がんばるから。」
「なんで……なんで、謝るんですか。悪いことなんて何もないのに。」

腕の中でそう繰り返す彼女を引き寄せ、強く強く抱き締める。
そして俺を見上げる瞳に唇を寄せ、流れ出るすべての涙滴を吸い取っていった。
けれど吸い取っても、吸い取っても。
涙滴は止まらない。
しょっぱいはずのその味がどこか甘く感じ、俺は記憶の片隅に残る『悲しいときに流す涙は甘い』という言葉を思い出した。


「きっちり結果を残して君の元に帰ってくる。だから―――――。」
小さな手を取り、小指に小指を絡めていく。

「それまで待っていて。」
絡めた小指に何度もキスを落とした。

「君が待っていてくれると約束してくれるなら、俺はどこまでもがんばれるから。」
もう一度眦に唇を寄せ、
「約束、して。」
耳もとでそう囁く。

けれど彼女はただ俯いたまま、ただふるふると頭を左右に振り続けていて。
その様に耐え切れず懇願を重ねようとした瞬間――――。


「約束、なんてわざわざ言わなくても………待ってるに決まってるじゃないですか!」
真っ赤に潤んだ瞳で俺を見上げ、精一杯の怒り顔を作り、彼女は確かにそう言った。


ツンと無理やり尖らせられたその唇に、たまらず俺は深い深いキスを落とした。






(つづく)
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コメント

  • 2016/07/28 (Thu)
    19:00
    にゃ==切ない!

    こんにちは!職場でこっそり拝見し、拍手を送ったものの、コメントはこちらへ…

    小指キス!

    小指にキス~~~!!!

    ↑もの凄く興奮しちゃいました。

    キョコさんも素直だし、蓮さんも気持ち駄々漏れでいじましいし、なんて切なくて、可愛らしいんでしょう!

    続きが楽しみです。

    かばぷー #- | URL | 編集
  • 2016/08/02 (Tue)
    17:41
    Re: にゃ==切ない!

    > かばぷーさま

    コメントありがとうございます♪

    > 小指キス!
    うふふふ。ときめいてくれて嬉しい~~(*´▽`*)
    もうね、そのままカプッとしちゃえよ(えろい)とかも思ったりしつつ書いちゃいました。


    > 続きが楽しみです。
    ありがとうございます♪
    キスシリーズは折り返しを過ぎたところなので、二人にはまだまだちゅっちゅしてもらおうと思います!

    ちなぞ #- | URL | 編集

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