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鳴かぬ蛍 (後編)


文中の「京ことば」は、生まれも育ちも関東エリアの私が適当に考えたなんちゃって言葉です。お許しくださいませ。



「………なんて、滅入っててもしょうがないっ!蛍、蛍っ!」

ぶんぶんと頭を振り、わざと自分を鼓舞するような声を出す。
そうして耳を澄ませてみれば、思いのほか間近から追いかけていた水音は聞こえた。
案の定、踏み出せばすぐ目の前に水面がのぞく。

鬱蒼とした緑に囲まれた小さな池。
辺りは薄暗く、水辺への道は整備が不十分で足元が不安定なうえ、はみ出た木の枝にそこかしこが遮られている。
それをかきわけるようにして、キョーコは水辺ギリギリまで歩み寄った。
コポコポと湧き出る水が、水面に止まることをしらぬ波紋を幾重にも広げている。
見上げれば空の低い場所に横たわる繊月。
そして暮れかけの空にも負けない光を放つ星がひとつ、ふたつ、姿を見せていた。

(彦星がアルタイルで、織姫がベガ、だっけ?)

光を見ながらふと思う。
一等星の2つの星は姿を見せた星のなかにあるのだろうか。

(久しぶりに会えてうれしい?戸惑ったりしない?離れていても、会えなくても……それでも幸せ?)

年に一度しか会えなくても心を通じ合っている牽牛と織女。
手を伸ばせばすぐに届くほど近くにいられる自分のほうが幸せだと、さっきは確かにそう思ったはずなのに。
どんなに近くにいてもほんの欠片ほどもその心に触れられない自分をつい嘆いてしまう。
届かぬ想いを憂いてしまう。
本当に幸せなのはいったいどちらだろうかと。

答えはもう、考えるまでもなくわかっていた。



ふわ~~

ぼんやりと想いを馳せる目の前を淡い何かが横切った。
はっとして目を凝らすと、薄暗い水辺に揺れる小さな光。
行き場を失った魂のようにふらふらと頼りなく漂うそれは、さっきみた星の1/10にも満たない微かな光をそれでも確かに放っていた。

(………蛍!?)

見失わないよう、瞬きも忘れ必死に光を追いかける。
どうしたらいいのかどこへいけばいいのか、惑うように流れていく蛍光。
いつしかその頼りない光に蓮へのやるせない想いを抱える自分の姿が重なり………。
そのつもりもないのに涙が零れ落ちた。

幼い頃の母への思慕とは違う。
あれよりももっと強くもっと深い。
この想いは鳴かぬ蛍。
ううん。
鳴けない蛍、だ。


――――恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす


(……ああ、そうだ。あればショータローの旅館によく呼ばれていた芸妓のお姉さんが教えてくれた都々逸だった。)

『キョーコちゃん。蝉は誰もが認める夏の虫のてっぺんやけど煩すぎて愛されへん。その上天下はたった一週間や。かといって蛍はみんながきれいと愛でるけど所詮夜にしか輝けない日陰の虫。お日さんの下ではどんなにがんばっても誰にも……大事な人にも気づいてもらえへん。ええか。あんたはどっちにもなったらあかんえ。』

小学生のキョーコにはお姉さんの言ってる意味は半分くらいしか理解できなかったけれど、なんだかひどく重みのある言葉であるように思えて、妙に記憶に残っていた。

(お姉さん、ごめんなさい。私はやっぱり蛍になっちゃった。)

愛してほしいなんて言わない。
ただ、愛させてほしい。

そう願うのが精一杯で、鳴く術も見いだせない。
そしてただ抱えた想いに身を焦がし続ける。


「恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす……か。」

呟いた目の前を再び淡い光がすりぬける。
移ろう光を捉えようと手が動いた、そのとき――――。


「それ、どういう意味?」

伸ばしかけた指先が、聞こえてきた声に凍り付いたように止まった。
声の主が誰なのかなんて、わかりすぎて振り向けない。
息をするのも躊躇われるほど静まり返ったその場所で、背後からカサリと踏みこむ音がひどく大きく鳴り響く。

「ちょっと気晴らしにここまで来たら、君の姿が見えたんで驚いたよ。」
やがてそんな言葉とともに小さな衝撃が肩に触れ、隣からふわりと覚えのある香りが舞い立った。
肩どころか腕まで触れ合う距離に蓮が「んっ」と零しながらしゃがみこむ。

「………で?」
「は?」
「教えてほしいな。その言葉の意味。」

幻のような囁き。
夢かうつつか、疑いたくなるその声。

「な、なんでも……ありません。」
「なんでも?」
「………はい。」
「そう?俺にはそうは聞こえなかったんだけど。」

じゃあ、どう聞こえたんですか?
言いかけた口を慌てて噤んだ。
そのまま流れる沈黙に、夜の帳が舞い下りる。


今は視界のどこにも蛍はいない。
それなのに………。
落としたままの視線の先に淡い光が試すように揺れている気がした。


――――言葉が出ない。出せる言葉が見つからない。



*



「恋を………しているの?」


それは突然だった。
不自然な沈黙を切り裂くように、どこか鋭さを秘めた声が落ちる。
(……え?)
その言葉の意味が一瞬わからず、キョーコは目を瞬かせた。

「そ、そんなこと……あるわけないじゃないですか。だって私は名誉あるラブミー部員ですよ。」
慌ててそう言って笑おうとしたのに震えるくらい乾いた笑いしか出てこない。
「そうじゃなくて母の……母のことを思ってたんです。」

嘘じゃない。
そう自分に言い聞かせる。

敦賀さんに嘘はつきたくない。
でも、これは嘘じゃない。
事実、幼いころを思い出し、母への思慕を思い出し、それに今を重ねていたのだから。


「昔、七夕のころ………。」
キョーコは、問われた疑問を塗り潰すように昔の記憶を語り始めた。

「…………だから妖精のコーンに会いたくて。でも、会えなくて。でもこっちのコーンがちゃんと慰めてくれたんです。」

そう言って取り出した青紫の石が、キョーコの手の中でキラキラと瞬く。
しばらくそれを見つめていたキョーコが誰ともなく呟いた。

「あれからずっと、コーンはいつだって私の悲しい気持ちを吸い取ってくれる。」

その瞳に水滴が大きくたまっていたことをキョーコ自身、気づいていなかった。



「じゃあ、これはコーンだと思って聞いて。」

不意に蓮はキョーコの耳元にそう囁きかけた。
驚いて顔を上げかけたキョーコをとどめるように頭にそっと手をのせる。

「キョーコちゃん。」

鼓膜を揺らすその響きにキョーコの身体がぴくりと震える。
それは確かにコーンの声色。

「キョーコちゃんはいつだってよくがんばってるよ。小さいときから今までずっと。ちょっとがんばりすぎるくらい、どんなことにもひたむきで前向きでパワフルで。そんな君の姿に、君の周りにいるみんながどれだけ勇気づけられているか、慰められているか、知ってる?」

言葉とともにポンポンと宥めるように頭にふれる、その仕草があまりにもやさしくて。
それだけで悲しい記憶も次第に和らいでいくように思えた。

「そしてね。みんな、そんな君のことが大好きだよ。俺もそう。俺もキョーコちゃんのそういうぜんぶが大好きだ。でも………。」
「でも?」

途切れた言葉のその先をつい問いかける。
けれどなかなか答えは返ってこない。
そのまま闇に溶けてしまいそうなほど続いた沈黙の先で。

「でも、君の傍にいる、君を何よりも誰よりも愛してる人には負けるかもしれない。」

ようやく声が聞こえた。

(私を……愛している人?)

「そんな人いな……」
いない、と言いかけた言葉がぴたりと止まる。
見上げた視線のすぐ先で、蓮がひどく真剣な顔をしてキョーコをじっと覗き込んでいた。

「いるよ。」

どうしても目を逸らせない。
それくらい見つめる瞳は、強く揺るぎない色を秘めていた。

「ここにいる。」

そう言って差し出された大きな掌。
ゆるく結んだそれを、蓮がキョーコの目の前でゆっくりと開いていく。
そこに見えたのは淡い淡い小さな光。
ふわりと宙に浮き、ふらふらとさまようように消えていく。

「この蛍よりももっとずっと。」

掌がそのままキョーコの頬に寄せられた。
少しひんやりと、でもひどく温かくも思えるその感触に、キョーコの心臓がどくんと波打つ。

「俺は君を想って、身を焦がしている。」

何でもない事のように淡々と告げられた言葉が、キョーコの頭の中を駆け足で巡った。




「………君は?」

やがて向けられたひと言。
そのときにはもう、押さえていた想いはどうしようもなく溢れていた。
想いは涙に変わり、ぽろぽろと頬を伝う。
瞳に映る蓮の姿は次第にぼやけ、最後には霞んで見えなくなった。

『つるがさ………』

名前を口にしかけて、音にならずに吐息ばかりが零れ落ちていく。
堰を切った想いと共に。
その呼息の、ほんの欠片すら余すことなく掬い取るように―――――。


蓮はそっとキョーコの唇を食んだ。






Fin

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