言葉を封じるキス

恋したくなるお題」様よりお題を拝借いたしました。



その日もいつも通りの1日のはずだった。

朝から晩までぎっしり詰まったスケジュール。
その合間を縫って、さりげなく事務所に顔を出す。
別に用事があるわけじゃない。
ただ、そこで彼女に会えるかもしれない可能性に賭けているだけ。
そんな、俺にとっては当たり前の1日。


午前中の撮影が思いのほか早く終わったのをいいことに、俺は空いた時間を事務所で過ごそうと地下の駐車場へと急いでいた。
週末の今日は彼女が事務所にいる可能性も高い。
そう思うとエレベーターを待つ時間すら惜しくて、非常階段を駆け下りた。
と、軽快にリズムを刻む自分の足音の隙間に割り込んできた2つの声。
はっとして足を止めた。

「だーかーらー、そんなことありえないって言ってるでしょ。」
「ウルセーなー。俺の目に狂いはねえんだよ。」

明らかに聞き覚えがある二つの声。
何を置いても聞きたい声と、それとセットでは絶対に聞きたくない声。

デジャヴ?

古い記憶に焼き付いているこのシチュエーションに肌がじわりと粟立つ。
あのときと同じように足音を忍ばせ、すでに確信している声の主をそれでもまだ探ろうとする俺。

(………やっぱり。)

そこにいたのは、愛しい彼女とその幼馴染。
嫌がる手首を強く握り、彼女に詰め寄っている。

「××××× ××××」

顔を歪め背ける身体をいきなりぐいと引き寄せたかと思うと、アイツは彼女の耳もとに何か囁いた。
その言葉に、彼女がはっと目を上げた瞬間――――。

ふたつの唇が、重なる。

再びのデジャヴ。
こんなデジャヴ、1つだってうんざりなのに2つ重なるなんて。
ぶちきれるのに充分すぎるほど充分だ。

いや、デジャヴじゃない。
どちらも、まぎれもない現実。
そう、目の前で起きている現実だ。


押さえきれない怒りとともに、俺は今日こそ躊躇なくその場に足を踏み入れる。

「敦賀さん!」
「なんだ、お前!」

聞こえてくる声はすべて雑音。
ただ真っすぐに彼女のもとに歩み寄り、細く撓る腕を奪い取り、そのまますたすたと歩き出す。
掴んだこの腕の細さと柔らかさと温かさだけが、俺にとっての現実だ。


「つ、敦賀さん。ごめんなさい。違うんです。」

違うって何が?

「さっきのはそんなつもりじゃなくて。」

じゃあ、どんなつもり?

「あのバカがいきなり……。」

二度目はないって言ったよね。

「ショータローが……。」

彼女の声がその名を象った瞬間。
俺の頭が真っ白になった。

俺は、敦賀さん。
アイツは、ショータロー。
呼び名に如実に表れる距離の差が許せない。


立ち止まり、掴んだ手首を引き寄せる。
飛び込んでくる彼女の身体。
そのまま抑え込むように、唇を奪った。

「つる……んぐ……」


何も言わないで。
ただ黙って、俺の腕の中にいて。
今だけでいいから。

腕の中から彼女の香りが立ち上る。
もう……
もう……


「………もう限界だ。」


気が付けば俺は、必死に抑えていた胴慾を叩きつけるように、彼女に何度も何度も唇を重ねていた。






(つづく)
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