つねの香炉に草の葉を炊く (後編)


「え?なにかついていますか?」

上目遣いに蓮を見つめるキョーコちゃん。
その眼差しをまともに受け止めた蓮は、何度か瞬きを繰り返したあと微笑みを湛えながらさりげなく顔を逸らした。
キョーコちゃんから見えない角度にずらした頬がうっすら赤く……染まったように見えるのは見間違いじゃないよな。

「どこだろう?あの、ごめんなさい。取っていただいても……」
「もちろん。ちょっと動かないで。」

そう言って、わざわざ―――そう、わ、ざ、わ、ざ―――髪に触れながら、もう片方の手をキョーコちゃんの腰に回し、膝をたたんで顔を寄せる。
まさしく絶対、キョーコちゃんの頭には何もついていない。
それなのにあたかも何かついているかのような動作を少しして………
そうして周囲、とくにキョーコちゃんの姿を目で追っている若い男たちの視線をしっかり捕まえたところで蓮は………。


――――キョーコちゃんの頭にそっとキスを落とした。


抱えるように彼女の腰に回した左手はそのままに。
右手はさりげなく彼女の頬の位置まで落として。

彼らが固まっている辺りから見れば、それはそう……愛しい恋人を抱き寄せているようにしか思えない仕草。


お前、さ。
そこまでやる?
いや、全力でいけとは言ったよ。言ったけど、さあ………。
けっこう公の場なんですけど、ここ。

とか何とか考えながら止めない俺も俺だけどな。


「とれたよ。」

自分しか瞳に映らない距離まで顔を寄せて、キラキラと輝く笑顔を向ける蓮。
柔らかく目を細めて微笑む顔は、見慣れているはずの俺ですら息をのむほど美しく。
呑まれたように眉を寄せながら初々しく頬を染め、小さく見上げるキョーコちゃん。

まさに二人の世界、といったその様に周囲の誰もがあてられて息をのむ。
一瞬シーンと静まり返ったあと、波打つように広がる小さな悲鳴や深いため息。
キョーコちゃんを囲んでいた男たちのなかにまで、頬を赤らめているヤツがいるじゃないか。

おい、蓮。
そんな蕩けそうな笑顔。
俺だって見たことないぞ。

「ありがとうございます。」

そんな蓮をまっすぐ見つめ、清らかに微笑み返すキョーコちゃんに、蓮の笑みがますます深く溶けていく。

「ううん、気にしないで。じゃあ、行こうか。」
「はい。」

流れるような仕草で腕を差し出した蓮に、キョーコちゃんは素直に応じ、片手をかけた。
どうみても完璧な、非の打ちどころのないカップルにしか見えない二人に周囲も黙って見送るしかない。

そうして並み居る馬の骨などものともせず、蓮はキョーコちゃんをその場から連れ去った。


ま、連れ去っただけだけどな。


にしても、この二人って本当に。
互いに見つめ合う表情といい、さりげなく腕をとりあうしぐさといい、今やどうみたって恋人同士のソレなんだよな。
ダダ漏れ、丸わかり、垂れ流しとしか言いようがない蓮の方はもちろん、受けるキョーコちゃんのほうだって表情といい態度といい、知らない人間が見たら恋する乙女にしか思えない。
とくにここ最近――――蓮が露骨に動くようになってきてそれが顕著になった、気がする。

まあ、だからこそ『二人は結婚間近』なんて噂が立ち始めたわけなんだけど。

それなのにキョーコちゃんときたら相変わらず誰に何を聞かれても………、

「敦賀さんは心から尊敬する大先輩なんです。俳優として目標にする方でもあります。それなのに恋人だとかなんとか、どうしてそんなに下世話な扱いにされちゃうんでしょう。
私みたいなひよっこ地味女優、いえまだまだ女優というのもおこがましい人間を、あの敦賀さんのお相手としてとりあげるなんてあまりに失礼ですっ。失礼すぎますっ!
今までずうっと先輩として俳優のなんたるかを教えてきてくださった、私にとって神様みたいな人に、そういう迷惑はぜぇぇぇぇったいにかけたくないんです!本当にもうやめてください!」

とかなんとか。
まさに立て板に水といった調子で滑らかに語り、聞いた方が唖然として言葉を失うほどの真剣否定っぷりを崩さないんだ。
しかし、あそこまで頑なだと逆に裏を期待したくなる………んだけどな。
でもキョーコちゃんだしなあ………。
だけど、なあ………。


まあ、それはともかく。
キョーコちゃんには言いたいよ。
君がひよっこ女優とか今やもうありえないし。
そんなこと言ったら、世の若手女優のほとんどが女優って名乗れなくなるから。
もう充分、君は蓮と並んでも遜色ないレベルの女優だよ、ってさ。

それにさ。
そもそも、迷惑なんてことも全然ないんだよね。
蓮本人はもちろん、正直事務所もオールオッケー、エブリデイウエルカム状態だから。

そう――――。
そうなのだ。
2人が交際、いや結婚することになったって、もはや関係各位誰一人として反対する者はいないのだ。

今や事務所の全員が知っている、そして密かに応援している”敦賀蓮の片想い”。
『敦賀蓮へたれ克服応援隊』なんてのまでこっそり立ち上がっているほどだなんて、知らぬはまさに当人たちばかりなり。
いつかこの恋が実る日を願い、何が起きても即対応できるよう事務所の準備も整っている。
たとえば今日蓮がプロポーズしたって、マスコミ対応やスケジュール調整、どんなことでもなんでもござれ、だろう。

ま、蓮にそんな真似できないだろうけどな。
したって即OKなんてもらえないだろうけど、な。


そんな風だから「敦賀蓮と京子が結婚間近らしい。」という噂が囁かれはじめたときは、事務所をあげて大喝采だった。
しなかったのは現場を知っている俺だけ。
噂がまだまだ噂がすぎないことを、目の当たりにしている俺だけ、だ。

いったいどうしたら噂が本当になるのやら。
果たしてそんな日がちゃんと訪れるのか。
考えると頭が少し痛くなる。

正直、もういっそ俺が申し開きのできないような写真を撮って、週刊誌に売り込んでやろうかと。
そんなことまで考え始めている自分が怖い。





ん?

なんか今ピンとくるものがあったぞ。
もしかして…………。


もしかしてすべては単純に蓮がちゃんと『告白』していないから、ってことはないか?

いや、ありえる。
ありえるぞ…………。


蓮がどんなにアプローチしたって、あんなやり方じゃ鈍感曲解娘のキョーコちゃんはいつまでたってもアイツが自分を”本当に好き”だなんて思うまい。
仮に周囲からいくらそうと諭されたって、あの子が信じるわけもない。
つまりは蓮が超ド直球に言うしか、キョーコちゃんに納得させる道はない。

でも、アイツがそんなことしているようには………とても思えない。

どんなに馬の骨退治に勤しんでも。
どんなにそれっぽい雰囲気を作っても。
アイツはきっと、最後の最後で二の足を踏んで、決め手のひと言を言えずにいるんだろう。

なんてったって、恋愛ヘタレの初恋だからな。

そうか、そうだ。
きっとそうだ。
だとしたら、もしかしたら………。


おい、蓮。
いいから騙されたと思ってド直球でぶつかっていけ。
フラレるのを恐れるな。

キョーコちゃんがどうやっても曲解できないくらい、まっすぐな言葉ではっきり好きだと伝えてみろよ。
さりげないアプローチなんて、あの子に通じるわけがないんだから。
それなのにいつまでもそうやって手をこまねいてばかりいたら、いくら頑張って馬の骨退治に勤しんでも、冗談じゃなくいつかとんだ伏兵にかっさらわれるぞ。


まあ、もし………
万が一………
フラレるようなことになったら………

うん。
骨は拾ってやる。
それで一緒に俺も灰になってやるよ。


だから
と、に、か、く。

申し開きのできないくらいはっきりズバリくっきりと言っちまえ。
『俺は君を好きだ』ってさ。

とにかくすべてそこからだ。


それで伝わらないようなら………。





うーん、すまない。
正直、俺にもテがないや。







Fin
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コメント

  • 2016/06/30 (Thu)
    00:22
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    # | | 編集
  • 2016/06/30 (Thu)
    10:09
    Re: はじめまして

    つ**さま

    コメントありがとうございます!
    タイトル、気づいてくださって凄く凄く嬉しかったです~^^

    "虫よけ対策"って思ったときに、そのものずばりじゃあまりにも……と思っていたところに出会たこの言葉にひとめぼれしましてw「これだ!」とばかりに使っちゃいました。
    敦賀さんにとってはこれこそ"いつもの虫よけ対策"と思いつつ。←

    コメントを書くのもとても勇気のいることだと思うのに、わざわざこうして声を届けてくださってありがとうございました。
    本当に嬉しくこれからもがんばって書かなくちゃ!とやる気がひしひし沸いてきました!
    コトノハの長編もまだもう少し続きますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。
    これからもお時間あったらぜひ遊びにいらしてくださいね。

    お待ちしております!

    ちなぞ #- | URL | 編集
  • 2016/07/01 (Fri)
    01:01
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    # | | 編集
  • 2016/07/01 (Fri)
    07:30
    Re: 返事ありがとうございます!

    つ**さま

    返信ご不要とのことでしたがひとことだけ。
    こちらこそコメントいただけて嬉しかったですー^^
    またのお越しを心からお待ちしてますね♪

    ちなぞ #- | URL | 編集

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