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秋の田の穂向きの寄れる… (5)


翌日、私は再び隼人くんの病室へ向かった。

彼の回復に少しでも自分が力になれるのであれば、そばについてできる限りのことをしたい。
もし付き添う人間がいなくて困っているというなら、彼が回復するまで私が付き添おう。
その気持ちは動かなかったから。

いつまでかかるかはわからない。
退院後もリハビリに2か月はかかるというから、付き添うことになれば少なくとも3か月はここにいることになるだろう。

(あるいは………。)

考えかけて頭を左右に振る。
社さんが言っていた通り、隼人くんの状況が見えない今、ずっとここにいることになるかもしれないと覚悟するのは早計だ。
そもそも、そんな考え方は隼人くんに申し訳ない。
3か月。
そう思えばいい。
だとすれば、一流の女優になる夢を追いかけるのだってほんの少し先延ばしされるだけのこと。

だから、大丈夫。
それが多少伸びたとしても、私自身が心に刻んだ目標を失いさえしなければ道は閉ざされないはず。

そう。
私は諦めない。
この先何が起きようとも、もう夢を捨てたりしない。
だから今どういう選択をしたとしても、後悔は………しない。

だから、大丈夫。
大丈夫………。


そのときふっと頭を過った人影。
思わず噛みしめた唇を鈍い痛みが走りぬけていく。
大丈夫、と何度も心に繰り返すのは、本当はどこかに大きな不安を抱えているからだということに。

私はそのとき気づかぬふりをした。



*



「あの………。」
「あら。キョーコちゃん、よね。昨日はどうもありがとう。」
「とんでもないです。私はなんにも。」

隼人くんの担当看護師さんの頭には私はすっかり、”キョーコちゃん”としてインプットされてしまったらしい。

「よかったわ。ちょうどあなたのところに行こうと思っていたところだったの。」
「え?なにか?」
「ああ、心配するようなことじゃないのよ。実はね、あれからまもなく高岡さん、意識を回復されたの。だからあなたにも早くそれを伝えたくて。」
「えっ!本当ですか!」
思わず驚きの声をあげ、それから安堵の息がゆっくりと零れた。
「……………よかった。」

そんな私をみて、看護師さんが優しく微笑む。
「きっとあなたの声掛けがよかったんだと思うわ。これが愛の力っていうヤツかしら。」
冗談めかした声でそう言い、ふふっと笑う看護師さん。
愛の力?大きな誤解が生じているらしきことに気づき一瞬アワアワとしたけれど、それよりも今耳に飛び込んだ”意識回復”の知らせに頭がいっぱいになっていた。

「私の声掛けなんてたいしたことじゃ………でも、でも本当によかったです。」
「そんなことないわ。あなたの呼びかけがあったからこそ、彼の意識は戻ってきたんだと思うもの。だってね。高岡さんったら、目を覚ましたとたんさっそくあなたは大丈夫なのかって聞いてきたのよ。ふふっ。」

軽くウインクするような意味ありげな微笑み。
やっぱり何か誤解されているような気がする。

「あっ、あの、それで……」
「今日もお見舞いよね?高岡さん、もう意識もしっかりしているし、あなたが来たって知ったらきっと喜ぶと思うわ。」
「いえ、その前にちょっとお聞きしたいことがあって。」
「私に?」

頷いた私は、隼人くんの看護について尋ねた。
リハビリも含めれば、それなりの時間も手もかかる看護。
もし必要なら私も力になりたいと思っている、と。

「あなたの気持ちはわかったわ。ご家族がいらして困っていらっしゃるようだったら話してみるわね。でも………本当にいいのかしら?」

小首を傾げ覗き込む看護師さんの問いかけるような眼差し。
私はその視線をしっかりと見返し、頭を下げた。

「大丈夫、です。よろしくお願いします。」



*



昨日の姿が頭に浮かび、少し躊躇いながらドアを開ける。
相変わらずモニター音が淡々と響くその部屋。
けれど、昨日とは違い、その音に重なるように小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
そして、一歩踏み入れた私の頬をさやさやと撫でる柔らかな風。
生きている鳴声と動いている空気を感じられたことに、ひどくほっとする。
そしてようやく目を向ければ、真っ白なベッドの上で隼人くんが窓の外をぼんやりと眺めていた。


「………隼人くん。」


驚かせないよう、そっと近づき声をかける。
するとゆっくりと頭が動き、隼人くんの視線が私を認めた。
「あ」の文字に唇が開き、ふわりと微笑む口もと。

(ああ、よかった。)

ほっとして近づいたそのとき。
背後から声がかかった。

「高岡さん。検温のお時間ですよ。………あら、いい笑顔。」


*


「ふふっ。高岡さんったらこんなに可愛くて献身的なガールフレンドがいるなんて、うらやましいわ。昨日もずっと高岡さんの手を握って呼びかけ続けてくれたのよ。」

検温の支度を調えながら、看護師さんがとめどなくしゃべる。

(え?て、手を握ってとか、そんなことまでここで……言っちゃうの?)

なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる。
誰だって仲良くしていた人のあんな痛々しい姿をみたら、それくらいする。
まして命を助けてくれた恩人ならなおさら。
それだけなのに。
そんな言い方されたら………。

「ありがとう。キョーコちゃん。」
「そんな、ありがとうって言わなきゃいけないのは私のほうだもの。それより……隼人くん、本当にごめんなさい。私のせいでこんなことになって。」
「謝らないで。俺は大丈夫だから。それより、キョーコちゃん。怪我はなかった?」
「ええ。隼人くんが助けてくれたから、かすり傷くらいであとは全然。でも………。」
「ほら、そんな顔しない。キョーコちゃんが無事でいてくれたなら、俺はそれで満足。これくらいどうってことないよ。」
「そんな、どうってことないなんてことない………。」

「やだ。私、おじゃまかしら。」

不意に割り込んだ看護師さんの声にはっとして、口を噤む。
つい二人の会話に入り込んでいたことに気づき、ただでさえ熱くなっていた頬がますます熱を持つ。

「もうっ、二人して赤くなっちゃって。高岡さんったら、検温中なのに熱が上がっちゃったら大変よ。」

冗談めかしてそう言われ、頬どころか顔中カァーっと熱くなるのを感じた。
恥ずかしかったのは隼人くんも同じようで、困ったように窓の外へ目を背けている。

「なんだか二人とも初々しくてあてられちゃうわ。」

にこにこと他意のない看護師さんの言葉。
(ぜったい、勘違いしてる、よね。)
そう確信するけれど、この場ではっきりそれは勘違いだと否定するのもそぐわない気がして……

「高岡さん、素敵な彼女さん、これからも大事にしてあげてね。それじゃ、どうぞごゆっくり。」

そう言って去っていく看護師さんを曖昧な笑いで見送るしかなかった。



「キョーコちゃん、なんかごめんね。すっかりからかわれちゃって迷惑だったでしょ?」

ベッドから聞こえる細い声に慌てて振り向いた。
どこか不安げに私を窺う表情に、よけいな気遣いをさせちゃいけないとはっとする。

「せっかくお見舞いに来てもらったのに気を悪くさせちゃったよね?」
「ううん。そんなことない。むしろ光栄、です。」

揺らぐ瞳の色をなんとかしたくておどけた声でそう返すと、隼人くんはわかりやすくほっとした表情を浮かべた。
(いいタイミングかもしれない。)
そう思い、口を開く。

「あの、ね。もしよかったらしばらくここに通ってもいい?お見舞いっていうだけでなく、お手伝いというか。なにかできることがあったら言ってくれれば、って思って。」

看護だとか付き添いだと言うとかえって気を使わせるかもしれない。
それに、ご家族の意向もまだわからない。
だから、そんな曖昧な言い方になった。

「どう、かな?」
「本当に!?」

思いがけなく強い声。
見れば隼人くんが、目を大きく見開いてこちらをみていた。

「本当にいいの?」

じっと見つめてくる瞳に宿る、目をそらしにくい感情。
これはいったい……なんだろう。

「それって、俺がキョーコちゃんを助けたから?お礼とか恩返しとかそういうこと?もしかして……無理してる?」
「そんなんじゃない。」

そういう気持ちがないといえばうそになる。
でもそれだけじゃない。
これは決して単なる自責の念からの言葉なんじゃない。
ちがう。
そんな気持ちで頭がいっぱいになる。
だから、自分でも驚くほど強く否定していた。

「本当に?」

言葉とともに、なにか期待に満ちたような瞳が私を見つめる。
その瞳から目をそらせぬまま、私はこくりと頷いた。

「俺………怪我してよかったかも。」

ぽつりと呟かれた言葉。
私に向けられた、それはそれは嬉しそうな顔。

「あの、さ。実は俺………。」

(何だろう、この違和感。この感覚。)

「俺、キョーコちゃんのことずっと好きだったんだ。だから、さ。できれば彼女として来てくれると嬉しい、かも。」


(……え?)


よろけそうになった身体を、つま先に力をこめて必死に支える。
そんな様子には気づくことなく、照れくさそうな微笑みが私を見つめる。
邪気のないまっすぐな瞳。

「その……本当に彼女になってもらえないかな、なんて。」

冗談を言っているようなそぶりも嘘をついているようなそぶりもない。

「ずっと言おうと思ってたんだ。付き合ってほしいって。その………結婚を前提に、ね。」

(どういう……こと?)

「こんなときに、こんな風に言っちゃってごめん。驚かせちゃったよね。でも、こうやって二人で過ごせるタイミングってなかなかないから。あの、さ。返事は今すぐでなくてもいいから、前向きに考えてくれないかな。」


(隼人くん、まさか記憶が………?)




確信はできない。
けれどどう考えても、そうとしか思えなかった。







(続く)


そろそろ敦賀さんに出てきてもらわないと……。
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コメント

  • 2016/06/17 (Fri)
    13:13
    そうきたかぁぁ!!

    うわぁ!そうきたかぁぁ!!という感じです。

    この状態で毎日お見舞い行ってたらもう隼人君付き合える気満々になっちゃいますよね!!Σ(・□・;)
    キョーコちゃんも流されそうでハラハラしちゃいます!!

    心拍数上げながら続きをお待ちしておりますー!!

    風月 #- | URL | 編集
  • 2016/06/18 (Sat)
    21:34
    早くー!敦賀さん帰ってきてー!

    責任感がムダに強いキョコさんのこと、社さんの心配どおりになってしまいました。
    (うう・・・残念)

    お願いです!早く敦賀さん、戻ってきて~~~。取り返しが付かなくなる前に、馬の骨蹴散らしてください。

    彼も完全にいい人から、利用する男になっちゃってます。(記憶が無いにせよ)でも、こんなのつらすぎる。 

    は~次も待ち遠しい。

    かばぷー #- | URL | 編集
  • 2016/06/20 (Mon)
    21:20
    Re: そうきたかぁぁ!!

    こんばんはー。コメントありがとうございます♪

    > うわぁ!そうきたかぁぁ!!という感じです。

    いろいろ迷ってたのですが、ある朝ふっと降ってきたのがこの展開でしたー。
    キョコちゃんのことだから、ぜったいかいがいしくお世話しちゃいますもんね。
    敦賀さん、やばし!

    ちなぞ #- | URL | 編集
  • 2016/06/20 (Mon)
    21:21
    Re: 早くー!敦賀さん帰ってきてー!

    コメントありがとうございます♪

    やっしーの“イヤな予感”ってけっこうずばっと当たりそうと思い……気づいたらこんな展開に!
    敦賀さんがいつ動くのか。
    さっさと動いてもらいたいんですけどね……ローリィという大きな壁が立ちはだかってます(涙

    ちなぞ #- | URL | 編集

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