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秋の田の穂向きの寄れる… (4)


時間軸が前後しわかりにくくてすみません。キリのよさを重視したため、短いです。



「……もし、彼の足が戻らなかったらどうするつもり?」

聞こえてきた声に心の奥がキシリと痛む。
そんなこと考えもしなかった。
と言えば嘘になる。
でも、だからといって、彼のことを知ってしまった今ではもう他の選択肢なんて考えられなかった。

(隼人くん……。)

連れていかれた病室で彼を見たときの衝撃がまざまざと蘇る。
同時に脳裏に巻き戻されるこの数時間の心象。


ひどく青白い顔色。
深く寄せられた眉間の皺。
そして小さく開いた唇から洩れる―――――私の名前。

苦しげに何度も名前を呼ばれて、思わずベッド端に駆け寄った私は彼の手を握り必死に声をかけていた。

(ぜんぶ、私の、せい。)

心の内で漏らした言葉が水に垂らしたインクのようにじわじわと全身に広がっていくのを感じながら。
けれどその一方で、手を握り声をかける、たったそれだけことに彼の様子は大きな変化を見せた。
次第に呼吸が落ち着きを見せ、その表情は後から来た看護師さんたちも驚くほど和らいで………。


「もしかしたらと思ったけど驚いたわ……。」
目を丸くして言われた言葉。
「あなたのことを、よほど大切に想っているのね。」
何を勘違いしたのか、微笑みながらさらに言われ、返す言葉がなかった。

(大切に想って………)

言われた言葉が心に重くのしかかる。
たしかにそうだ。
隼人くんは、命の危険も顧みず私を守ってくれた。


『きょーこちゃんっていうんだ。よろしくね。』
『もう仕事には慣れた?』
『無理しちゃだめだよ。少しずつ慣れていけばいいんだから。』
『そうそう、その笑顔。ほんとキョーコちゃんの笑顔は向日葵みたいだね。』

さりげない思いやり。さりげない言葉。さりげないやさしさ。
そんな温かな心に触れて。
いつの間にか同級生かなにかのように、くだけて話せるようになって。
好きになれればいい、なれるかもしれないと思えるほど親しくなっていた。
傷ついてすっかり凍えていた心がこの町にきてようやく癒されたような気がしたのは、彼の存在も大きかった気がする。

私はその優しさにすっかり甘えていた。
異性として好きになれるはずがないのに、そのことにすら気づかずに彼を振り回していた。

命を懸けて私を守ってくれた人。

彼は、私のことをいったいどれだけ深く想ってくれていたんだろう。
そしてあのとき、どんな気持ちで私を応援すると言ってくれていたんだろう。
考えるだけで、心が痛くなる。


自分だって散々苦しい恋をしていたのに。
私、隼人くんの気持ちを全然わかっていなかった。
どんなに好きでいてくれたか、全然わかっていなかった。


(私が彼に………できること。)


どうすればいいんだろう。
私になにか、できることはあるんだろうか。
考えながら通りがかったナースステーションで、偶然聞いてしまった会話。


「……再検査?ああ、まだ意識が戻らないものね。」
「そうなのよ。でもこんな状況なのに、お身内の方はまだどなたもいらっしゃらないし、これからも来られるかどうかわからないって……。」
「ええええっ。それって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわよ。意識が回復しても、あの怪我じゃリハビリに相当時間がかかるでしょ?ご家族の助けが欠かせないのにどうするのかしら。」
「どうするっていっても、私たちにもどうしようもないものね。」

隼人くんのことだと、すぐピンと来た。
看護師さんの表情と言葉の端々から知らされる彼の微妙な状況。


(もし彼が私を必要とするなら………。)


やがて、ひとつの考えが頭に浮かぶ。
浮かんで、けれど頭を振り、そしてもう一度考える。

(ここに残って、私が隼人くんの看病をする………。)

私にできることといえば、それくらいしか思いつかなかった。
手を握り、声をかけただけで、穏やかになった彼の呼吸。そして表情を思えば、それが私にできる最善のことのように思えた。
でも………。
心のどこかで自分本位な思いが去来する。


本当にいいの?
ここに残るとなれば、LMEにも迷惑をかけることになる。
今、このタイミングを逃したら、もう東京に戻って演技の勉強するチャンスなんてないかもしれない。
そうなったら、二度とあの世界へは戻れなくなる。
それでも、いいの?
一流の女優になる夢を諦めることになっても後悔しない?
そうしたら………敦賀さんを追いかけることもできなくなる。
追いつくことなんてできなくなる。
それでも………後悔しない?


今この状況でそんなことを考えてしまう自分がイヤだった。
イヤで、イヤで、でもそれが私だった。


それにもし………もし、隼人くんの足がもどらなかったら。

ううん。
そんなこと考えちゃいけない。
隼人くんならきっとすぐ回復する。
元通りになって、あのやさしい笑顔を浮かべてくれる。
だからもし彼がいいというなら………ううん、たとえ言わなくても。
私は彼の傍にいて彼のためにできることを精いっぱいしよう。
そうでしょ?
隼人くんは自分を顧みず私を助けてくれたんだよ。
それなのに彼を見捨てるような真似、しちゃいけない。
自分勝手な考えに固執しちゃ、いけない。


ごくりと唾をのみ、ぱんと両頬を叩く。


――――うん、決めた。私が必要とされる限り、ここに残って看病しよう。


それでもまだ、心の奥の奥で迷う心が低くさざめいていたけれど。
それを押さえつけるようにして、私は決意を固めた。


それがどんなに。
どんなに今の私にとって辛い決断になるとしても。
もしかしたら、未来の私にとっても辛い決断になるとしても。


私はそうする………べきだ。
しなければ、間違いなく後悔する。



*



「今すぐ、はっきり決断しなくてもいいんじゃないかな。」

まるで考えていたことを覗かれたような言葉に、私はびくりと肩を震わせた。
笑みのひとつもなく、社さんがじっとこちらを見つめている。
そう気づいてすぐ視線を手元に落とした。

「彼はまだ意識が戻っていないんだろう?これからどうするか、はっきり決めるのは彼の意識が回復するのを待ってもいいんじゃないかい?もちろん、それまではこちらの話は進めないようにするから。
大丈夫。君がどんな選択をしたとしても、絶対にそれを尊重する。無理を言う気はないよ。だから………。」

足元の影がゆらりと近づく。
と、同時に伸ばされた手がそっと頭に触れるのを感じ、安堵に似た息が零れ落ちた。

「一人で決めて先走らないで。何もかも自分の中だけで決めつけないで。」

そう言った社さんの瞳が哀しげに揺れる。
もしかしたら社さんは……、

ようやく取り戻した女優の夢をどうするつもりなのかって。
そんなにあっさり切り替えられる程度の思いだったのかって、そう言いたいのかもしれない。
あるいは………。
敦賀さんのことはどうするんだ、って。
このまま、会うこともなくそんなことを決めてしまって本当にいいのかって。
アイツの気持ちをどう考えてるんだって。
そう言いたいのかもしれない。


たしかに昨日の今日で、決めてしまうのはよくないと思う。
だから私自身、心の奥でははっきりと決断しきれずにいる。
でも、たぶん。
さっさと心を決めなければ、時間が経てば経つほど私は自分勝手な思いを捨てられなくなる。
彼が応援してくれたのだからと、そんな理由をつけて私は自分の願う道を進もうとしてしまう。

でも、そうしたら………。
今度はそんな選択をした自分を許せなくなる。
いつか必ず絶対に。

たぶんこれは、ひとつの分かれ目なんだ。
どの道が正しいかどうかなんてわからない。
でも私は………。
私は………。




結局、社さんの言葉に返す言葉はどこにも見つけられなくて。
だから、視線を合わせることすらできなかった。






(続く)


さて、敦賀さんは動くのか。動かないのか。
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