月に叢雲


散文詩のような短さシリーズ。
成立後です



遠く外海を越えて、さやさやと柔らかな風が吹く。
俺の唇を掠め、彼女の頬を撫でながら、その風はやがて暗闇に溶けていく。

そうして俺たちは今、何を話すでもなくただ互いの手を握り締め、砂浜を歩いていた。
聞こえてくるのは、寄せては返し、返してはまた寄せる波の音だけ。
けれどその静けさが、2人だけの時間を際立たせているようで、なぜかひどく心地よかった。
言葉なんて必要ない。
この手の温もりと見つめ合うまなざしさえあれば。

『しばらく二人で黙っていると言い。その沈黙に耐えられる関係かどうか。』

キルケゴールの言葉が頭に浮かぶ。
それは友情を示す言葉だといわれるけれど、不変に続く関係を指しているのだと捉えるなら、それはまさに今の俺たちそのものじゃないかと―――――そう思った。


月に照らされた砂浜は、何が反射しているのかところどころで薄光を放っている。
それがまるで、足元に夜空の星が落ちてきたかのように思えて。

俺は一歩一歩を噛みしめるように歩いた。
きっと君も今、この光景を見ながら同じことを感じてる。
たしかにそう思える………幸せ。
そしてぎゅっと握った手のひらに力を籠めると、応えるように君の指先が強く締まった。


不意に足もとが暗く陰る。
見上げれば浮かんでいた丸い月に叢雲がかかり、辺りがじわじわと闇に沈みかけていた。
そっと向けた視線の先にいる君が薄闇に融けてしまいそうに儚く見えて。
びくりと手が震える。
それを感じ取ったのか。

君の足が止まった。

ゆっくりと解かれる指先。
離れる手のひら。

「…………どうして?」

期せずして掠れた声が、吹く風に浚われる。
もう一度握り直そうと、伸ばした手が空回りする。

………と。
薄闇に浮かぶ問いかけるような眼差し。
真っ直ぐに俺を見上げるその瞳の煌めきがあまりにも可憐に美しくて、俺はすっと息をのんだ。
その唇が愛らしい言葉を象る。

「手をつないでいると、抱きしめてもらえないから。」

そう言ったかと思うと急にあっと口を開き、瞬きを繰り返して目を伏せる。
薄闇の中でもその頬が朱に色づいているのがわかった。

「それなら、こうすればいい」

宙に浮いた君の手をとり、くいと引き寄せる。
そのまま腕の中でくるりと反転させ、背中から抱きしめた。
この腕の中に君のすべてを捕らえる――――悦び。
そして回りこんだ両手で、君の両手を包み込むように握る。

「ほら、ね。」

細い肩も。
白い腕も。
温い肌も。
熱い頬も。
そして、その華奢な手のひらも。

みんなみんなこの腕の中にある。
この手で握りしめている。



そして俺は、むき出しの首筋にそっと唇を落とした。

愛している、の言葉とともに。






Fin

別のお話を書きながら、ふと思いついた駄文でした。
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