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Surface tension (後編)


コンコン コンコン

覚えのあるリズム。
擦りガラスの窓越しに見える大きな人影。
あれは………。

「……うそ。」

喜びと驚きと嬉しさと恐怖と緊張と。
いろんな感情が綯交ぜになって、視線がそこに引きつけられてしまう。


「あー、さすがにもう限界だったのね。」
「まったくああ見えてこらえ性がないんですから。」
「まあ、仕方ないわよ。」
「仕方ないですね。」

顔を見合わせ、二人が意味ありげにこちらを見たけれど、会話の内容なんてまったく頭に入っていなかった。
私の目も心も、唯一ヶ所に向いている。
そんな私に気づいたのか、二人が目の前でひらひらと左右に手を振る。

「「……で、大丈夫?」」

大丈夫じゃない。
そう言いたかったけど言えなかったのは、たぶん―――。
会えないのはもうイヤで。
声を聞けないのももうイヤで。
イヤというより限界で。

「………うん。」

それならもう、いっそ爆死してしまえっ!って思ったから。



「「どうぞーお待ちしてましたー!」」

妙にはしゃいだ二人の声に、飛びつくように開いた扉。
その向こうに現れたのは、まぎれもなく敦賀さんその人だった。

一瞬その姿を視界に入れて、すぐ目をそらして。
たったそれだけで、心臓がドキドキでもバクバクでもなく、もっと強くもっと激しくバックンバックン脈を打つ。
放っておいたら胸を突き破ってしまうのではないかと不安になるくらいの勢い。

「………えっと、久しぶり。」

掛けられた声がひどく近く思えて、びくんとひときわ大きく身体が跳ねた。

「おおおおおおおひさしぶりです。ええええっと、おおおお元気でしたか?」

勢いのまま立ち上がり明後日の方向に頭を下げると、傍らからモー子さんと千織さんの笑い声が高らかに響いた。

「おが多すぎ。」
「いくらなんでも動揺しすぎです。」

二人の突っ込みの向こうから聞こえてくるクスクスという笑い声。
いつもと変わらぬやさしいその音だけが、頭の中で強く強く反響していた。

(ああ、よかった。)

久しぶりに聞く、ずっと聞きたかった敦賀さんの声が身体中に染みわたる。
それだけでキュッと胸が痛くなり、なぜか目尻がじわりと滲んだ。

「うん。おかげさまで。最上さんこそ、元気だった?」

恐る恐る上げた視線の先でにっこりと微笑まれると、キラキラと驚くほど輝いて見えて、私はただただぽかんと見惚れてしまった。
ううん。
見惚れるというより魅入られるというほうが正しいかもしれない。

「最上さん?」
「え?あ、はいっ。えっと、い、いつも通りです。」
「そう?最近は女優の仕事もかなり増えたみたいだし、ずいぶん忙しそうだけど……。」

ずっと会えなかったことがウソみたいなふつうの態度。
私の動揺にもまったく気づいていないその様子に安心したような、でもなんだか少し悔しいような複雑な気持ちになる。
そんな気持ちの裏側でどんどん大きくなっていく心音を意識した途端、ついさっきまで話していたまさにそのことがぼんっと頭を占拠した。

いけない。
余計なことを考えると、気持ちがはじけちゃう。そんなのぜったい、ダメ。
泳いだ視線の片隅にモー子さんと千織さんの姿が見えて、なお一層はっきりとさっきの会話が過り出した。

“覚悟は決めたの?”

ぐるぐるぐるぐる
頭の中がどんどん“それ”で埋もれていく………。


「あ、私ちょっと洗面所。」
「私も。」
「キョーコ」
「キョーコさん」
「「敦賀さんのお相手よろしくね。」」

ぽんと肩を叩かれ、はっと我に返ったときにはもう二人は部屋から姿を消していた。

ちょっと……嘘でしょ……。
今、二人にされたら私……。


「……ねえ、最上さん?」

閉じたドアに視線を向けたままの私の頭の上から、やわらかい声が降る。
「え?は、はい。」
「最近……なにかあった?」
「何か?いえ、とくにないですけど。」
「そう……。じゃあ困ったこととかは?」
「は?」
「悩んだり、とか。」

悩んでいること……、あなたのことです。
困っていること……、この想いです。
思い浮かんだそのことを素直に明かせるわけがない。

「あ、あの敦賀さんこそ、最近すごくお忙しかったり、お疲れだったりしていらっしゃいます?」
「え?いや、仕事で疲れたりはとくにないけど。」
「”けど”?」
「あーいや、なんでもない。さっきも言った通り身体は変わらず元気だよ。」
「”身体は”?」
「いや、あの、なんていうか……。」

二人になった途端、ぎこちなくなった空気。
珍しく言葉を濁し、どこかはっきりしない敦賀さんの様子に、イヤな予感が頭を掠める。

「うん。俺はいつもどおり元気にしていた、よ。忙しいのは、まあそんなのいつものことだから。」

いつもどおりと言うのなら
どうしてここに来てくれなかったんですか?
どうして全然会えなかったんですか?
どうしてメールも、電話も、なんにも………。

口にできない言葉がものすごい勢いで頭の中を駆け巡って、気が付けばもう、そのことでいっぱいになって。

「どうして…………」

危うく、溢れかけた言葉。
息をのんだ喉もとがこくりと微かに音を出す。
もう口を開いちゃいけない、と思った。

「ん?なに?………あ。」

それなのに、小首を傾げながら綺麗すぎる顔が覗き込んでくる。
まっすぐ私に向けられた黒曜の瞳。

どうしよう。
どうしよう。
張り裂けそうな胸の高鳴りはもう限界をとっくに超えているのに。

思わずあとずさりしかけた私に、その指先がすいと伸びた。

「髪、噛んでる。」

そっと唇の端に触れた指先。
瞬間、張りつめた糸がぷつりと切れて。
頭の中が真っ白になった。



「………え?どうして?」

遠くで声が聞こえる。
ひどく動揺した敦賀さんの声。

「どうして?どうしたの?……俺、なにかした?ひどいことを言った?もしそうならごめん。本当に、ごめん。」

どうして敦賀さんが謝るの?
なぜそんなに困ってるの?

………ああ、そうか。
私、泣いてるんだ。

「敦賀さんは……敦賀さんは何にも悪くないです。ひどいことも……何にもしてません。そうじゃなくて……。」

何か言わなくちゃいけないと思って必死に言葉を紡ぐ。
そうすればするほど。
紡がれた言葉が糸になって、その糸を伝って、こらえていた想いが外へ外へと溢れ出していく。
もう、どうしたって止められない。

「好きなんです。私……、敦賀さんのことが、好きで。大好きで。ずっと会えなくて淋しくて、辛くて。嫌われたのかもって怖くて。でもやっぱり会いたくて。会ったら好きだって言っちゃいそうなのに。言ったらぜったい避けられるってわかってるのに。でも、だから、それなのに私……。」

もう、ぐちゃぐちゃだった。

気がついたら、涙がとめどなく零れ落ちていて。
気がついたら、心の中を何もかもぶちまけていて。
気がついたら……。



「うそ……だろ。」

ハトが豆鉄砲くらったみたい。
そんな言葉をよもや敦賀さんに使う日が来るなんて思ってもみなかった。
でも今まさにその言葉通りの顔つきで、敦賀さんは私をみつめていた。
それを見た瞬間、さぁーっと血の気が引き、我に返る。

どうしよう………。私、なんてことを………。
もう取り返しがつかない。

「あっ!あの、違うんです。そうじゃなくて。ごめんなさい。いきなりこんなバカなこと言いだして。どうか、気にしないでください。もう笑ってさらっと聞き流しちゃって、そのままぜんぶ忘れちゃってください。お願いします。お願いしま……」

混乱する頭を抱えながら、両手を顔の前で大きく振って必死に訴え続けた。
今さらもう遅いってわかっていても、そうするしかなかった。

「あ、あの……、わ、私もこれでスッキリ忘れますから。こんなバカげた恋心なんてさくっと思い切りますから、だから、お願いですから、明日からまた今まで通り仲のいい後輩として扱っていただけませんか。その場所だけはなくしたくないんです。どうしても、だから……だからお願いですっ!」

なりふり構ってなんかいられない。
何度も必死に頭を下げた。
だって、後輩としての居場所だけはどうしても失いたくなかったから。
嫌われたくなかったから。

それなのに……。

そんな私をみて、敦賀さんは………ひどく困った顔をした。
困って、戸惑って、何と答えたらいいかわからない、そんな顔。

ああ、もうおしまいだ。

そうして、私をさらに追い詰める言葉がついに聞こえた。


「それは……無理だな。」


………やっぱり。

そうだよね。当然だよね。
わかりきっていたことなのに。

覚悟していたつもりだった。
最初から無理だってわかっていたはずだった。
なのに、心の中が抉れるように痛い。

やっぱり私、心のどこかで小さな期待を積み重ねていたんだ。
だから、積もり積もった期待の分だけ、心の中がずっと深くずっとひどく抉れてる。

ありえないのに。
そんな期待がかなえられることなんて、あるはずないのに。

ううん。
でもこれできっとこの気持ちにも片がつく。
だからいいじゃない。
いいじゃない……。

思いながら、ぽろぽろと零れる涙をどうしても抑えられない。
こんな顔、敦賀さんに見せるわけにはいかないのに。

(もう、この場から逃げ出したい。)

これ以上、敦賀さんの困った顔なんて見たくなくて。
これ以上、みじめな思いをしたくなくて。
そのままドアに向かって駆けだそうとした。


―――その腕が掴まれる。


ぐいと掴まれ引き寄せられて、不意打ちを食らった身体が勢い余って大きく傾ぐ。
傾いで、バランスを失って、倒れ込んだ身体を、何かひどく温かくひどく心地よい”壁”がトスっと静かに受け止めた。

………え?なに、これ?

「なんで、逃げ出そうとするの?話はまだ終わっていないのに。」

がしりと捉えられて動かない身体。
捉えているのは……敦賀さんの両腕?

なぜ?
どうして?
いったい何が起きているの?

思っても声が出ず、ぱくぱくと口だけが陸に上がった魚みたいに動いてしまう。

「琴南さんに言われたんだ。キョーコのためにもしばらく会わないでくれって。連絡を一切取るなって。だから俺……。君にどんなひどいことをしたのかとずっと気にかかっていて。でもそれを君に確かめるのが怖くて、動けずにいた。」

モー子さんがそんなことを?
一瞬迷ってすぐ気づく。
ああ、そうか。
私がずっと敦賀さんへの想いで苦しんでいたから。
ちゃんと割り切るまで会わないで済むようにって、そう思って言ってくれたんだ。
だからさっきも、きちっと片をつけろって言ってたのね。
大丈夫かって聞いたのね。

「てっきり君に嫌われたんだと思った。」
「そ、そ、そんな、ありえませんっ!」

聞こえた言葉を慌てて否定する。
そんなの、あるわけないっ。
ありえないっ!
しどろもどろになる私に、敦賀さんはくすりとやさしく微笑んだ。

「うん。そうみたいだね。ここに来て、そうと知ってほっとした。」

………え?
なんだろう、この空気。

「あのさ、俺……全然気づかなかった。君はまだ愛を否定したままなんだと、だから相変わらずピンクのつなぎを着ているんだと、そう思っていた。」

ふっとそんなことを言いだされ、テンパっていた私は素直に答えを返してしまった。

「ラブミー部は、もうとっくに解散しているんです。」
「解散?」
「ええ。だってみんな課題をもうクリアしたから。」
「君も?」

ドクンと高鳴った心臓を落ち着かせるように、背に回された腕に力がこもる。

「…………え。」
「それって、もしかして君がさっき口にしたことと関係ある?」
「あ………。」
「俺を好きだって。そう言ったよね?あれは、俺の聞き間違いなんかじゃないよね?」

敦賀さんの質問に答えるより先に、無理だって言われた、あの声が頭の中に蘇って胸がキリキリと軋む。
逃げ出したい気持ちは変わらないのに、目の前の顔はますます近づいてきて、視線を逸らすことすらできず、もうどうしたらいいかわからない。

敦賀さんを好きだって曝け出してしまったこと。
それ自体なんとかなかったことにしてしまいたいのに。
今さらあれは嘘ですなんて、冗談ですなんて、言って通じる相手じゃない。
じゃあ、どうすれば…………

気が付いたら私はただこくんと頷いていた。
頷いたまま、もう顔を上げることができない。

「それって、いわゆる好きってこと?いや、あの、なんていうのかな……女性が男性を異性として意識したときに感じる、その……ああ、もう俺、何を言ってるのかわからなくなってきた。つまり、恋愛の好き?」

立て続けに言われて、まるで怒られているみたいな気分になって。
焦って困って頭の中が混乱してくる。
どうしよう。
愛を否定していた私が、あんなこと口走ったせいで、敦賀さんをこんなに戸惑わせて困らせて。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。私が変なことを言いだしたから……「そうじゃない。」」

突然強い声で否定されて恐る恐る見上げた目に映ったのは、優しい光を湛えて私を見据える漆黒の瞳。
瞬きひとつできないほど強い眼差しが私の心を突き抜けた。

「そうじゃないんだ。」
「でも……」
「いいから、黙って。」
「だって、違うんです。あれは、そうじゃな…………ん…っ……。」

それでも必死に謝ろうとして開きかけた口がいきなり何かで塞がれた。

え?

敦賀さんが私に?
キスしてる?
嘘。
だって……。

驚いて目を見張る私の唇に敦賀さんの唇が啄むように何度も重なり、言葉を、心を、なにもかもを掬い取っていく。
そのまま頭の中が一気に真っ白になって。
力がぬけて、すとっとその場に崩れ落ちそうになった身体が伸びた腕にひしと支えられた。

「俺が先に言うつもりだったのに。」

―――何を?

ううん。
それよりさっきのあれは……何?

「好きだよ。どうしようもなく君が好きだ。もちろん恋愛の意味で。男として。君を好きなんだ。愛してるって言い換えてもいい。」

耳もとで、噛み砕くように重なる言葉。
それはたしかにはっきりと耳に入ってきているのだけれど。
でも、よく理解できない。
いや、頭が理解しようとしない。

「そう言おうとしたのに聞いてくれないから。………だからキスした。」

だから……キス?

「………意味が分かりません。」

ばかみたいに呆けた口調で呟いたのに、敦賀さんがあまりにもやさしい蕩けるような笑みを向けるから、私はつい目を奪われてしまった。

「最上さん。」
「……はい。」

「この手で君をちゃんと抱き締めたい。………いい?」

その言葉に何か答えるよりずっと早く、私は敦賀さんに抱き締められていた。

痛いくらいに、強く。

私、今、抱き締められてる。
敦賀さんに、抱き締められてる。


「ひとつ、言っておきたいことがあるんだけど。」

抱えられた腕の中で、囁くようにやわらかな声を聞く。
「さっき君は、今まで通り仲のいい後輩でって言っていたけど、あれはなし。無理。そんな関係はもう絶対にありえない。」
「な、し?」
「ようやく気持ちを通じ合えたのに、今さら先輩とか後輩とか、そんなの本当に無理だから。」

もしかして……さっき敦賀さんが”無理”って言ったのって……。

疑問を浮かべてみつめる私を、敦賀さんはやさしく見つめ返してくれる。
ただ、私だけを見つめてくれる瞳。
そのときようやく、
背に回された腕が、手が、小さく震えていることに気づいた。


「先輩から恋人に格上げしてくれる?いや、してくれないと困るんだ。」

きょとんとした私の顎を指先でクイッと持ち上げ、敦賀さんがにやりと笑う。

「だって、こういうことしたいってずっと思っていたから。」
「こういうこと?」
「こういうこと。」

頷くなり敦賀さんは、もう一度唇を重ねた。
それはさっきのように感情をぶつけるような激しいものではなく、もっとずっと甘い、甘すぎるキス。

「もう……我慢しないよ。」

やさしく触れ合うその場所から流れ込んでくる想いに溺れそうになりながら―――。
私は無我夢中で敦賀さんの身体に腕を差し伸べ、必死にしがみついた。






Fin

あまりにも王道パターンを書くなぐってしまい、ごめんなさい。そろそろ連載脳に戻ります!
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。
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コメント

  • 2016/06/02 (Thu)
    12:38
    はやぁ〜♡

    心が癒されますぅ!!!!
    やっぱり素敵です!!ちなぞさんの蓮キョーーーーー!!!!

    キョーコちゃんと一緒の気持ちになってドキドキそわそわしちゃいましたー!!

    風月 #- | URL | 編集
  • 2016/06/03 (Fri)
    12:21
    Re: はやぁ〜♡

    今週は王道に飢えてたみたいです~。
    そんなシチュばっかり頭に浮かんで、そのまま書き捨て……なのに、素敵って言っていただけてよかったー!!!
    素敵だなんで、いやーん照れちゃう。
    ありがとですーーーー!

    風月さんの別館連載も楽しみにしてますね~♪

    ちなぞ #- | URL | 編集

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