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Surface tension (前編)


よくあるパターンですが書きたい衝動に駆られてつい。


ぱたん
ドアが閉まりゆっくりと遠ざかっていく足音を、耳を欹てて追いかける。
それがすっかり途絶えた瞬間。
はあ………。
またひとつため息が零れ出た。

右の頬のまんなかが、触れられた指の形に熱い。
ドキドキというより、バクバクという感じで心臓が騒ぐ。
残り香のように辺りに漂う気配を確かめながら、
妙に乾いた唇を、何度も噛みしめるように引き結んだ。

このところ毎日のように
この部屋に訪れるあの人が去った後はいつもそう。
苦しすぎる胸の内。
こんなことがこれから先もずっと続くなんて……困る。
本当に、困る。
そう本気で思っていた。

それが最後の記憶。


――――あれからどれくらい会ってないだろう。


メールもこない。
電話もこない。
元気なのは知っている。
だって、テレビで姿をみかけない日はないから。

画面越しでも姿をみられるのはうれしいけれど。
画面越しでも声を聴けるのは幸せだけれど。

本当はこの目で直接姿をみたい。
本当はこの耳で直接声を聴きたい。

本当は……
その手でもう一度触れてほしい。

ああ、これが本当に好きっていうことなんだ。

好きを隠す切なさよりも
会えない苦しさの方がずっとずっと辛くて深い。
そんな簡単なことに、会えなくなって初めて気が付いて
一度自覚したらその感情はもうどうにも抑えきれないほどで。
仕事にもプライベートにもうまく身が入らないくらいしんどくてたまらない。

そのころになってようやく――――

いつも会えると思っていたのは
ぜんぶあの人の努力の賜物で
彼が会おうとしなければ、
こんなにも距離のある場所に私はいたのだと
初めて気づかされた。


つまり今会えないっていうことは、敦賀さんが私に会う気がないっていうこと?
会いたくないっていうこと?
それってもしかして………嫌われたっていうこと?

考えたくもない答えが頭に浮かび、キュッと胃が痛んだ。


*


ラブミー部用に使われていた部屋は、今も私たち3人のたまり場になっている。
もっとも……それぞれがそれぞれの形で社長から課せられた試練を無事乗り越えて、“ラブミー部”が既に役目を終えたことは、私たち3人と社長しか知らないから、表向きは“ラブミー部室”のままで、私たちもラブミー部員のままだ。

3人とも、いつの間にかピンクのつなぎを着るのに何の抵抗もなくなっていて。
それどころかむしろ依頼があって時間が許せば積極的にピンクのつなぎでがんばっちゃうほどで。
だから周囲もみんなラブミー部は今も続いていると信じているらしい。
たぶん、なにかとここに訪れるあの人もそう。
ラブミー部は健在だって思ってる。
そして私、最上キョーコも相変わらず“愛を否定”し続けているって。

つまり……。

私がもう“愛“の存在を受け入れていること。
それどころか、その“愛”をあの人に向けていることを。
当の本人は何も知らない。

それでいいって思っていた。
むしろ、そのままずっと知られたくないって思っていた。
だって知られてしまったら、
今の幸せな関係が崩れてしまうから。
仲のいい先輩後輩として、誰よりも近くにいられる幸せ。
手を延ばせば届くくらい、傍にいられる幸せ。
それを失えるはずがないって。

それなのに……。

「あれって、やっぱりそうなんじゃないの?」
「そうとしか思えません。」
「そうよね。それ以外考えられないわよね。」
「というか、間違いないでしょう。」

モー子さんも
千織さんも
私の気持ちを知っている二人が、口を揃えてそんな風に私を煽る。

―――敦賀さんが私を好きだって。

そのたびに、ありえないと否定して。
でも心のどこかで、そうならいいのにって少しだけ期待していた。

ぽんぽんとやさしく頭をたたくしぐさ。
不意にぐっと顔を近づけて覗き込まれる瞳。
ときおりふざけたように頬に触れる指先。
そして、さりげなく向けられる最上の笑顔。

何かあれば、すぐに連絡をくれ、
ときには家まできて心配してくれる。
ただの先輩後輩にしては近すぎる距離。

「だって、ここにも毎日のようにくるじゃない。」
「そのくせ、キョーコさんがいないとすぐ踵を返すし。」
「いれば、いつまででもいるくせにね。」
「そうそう。しかもぜったい座るのはキョーコさんの隣。」

いくら鈍感な私でも
そんなことが繰り返されれば
期待する気持ちは、心の奥で少しずつ積もっていって。
どうにもならないくらい積み重なっていって。
溜まったソレはいつの間にか、表面張力でぎりぎりこぼれないコップの水みたいになっていた。

たぶん次に会ったらもうダメだ。
もしあの瞳で、見つめられたら。
もしあの指先で、触れられたら。
もしあの微笑みを、向けられたら。
そうしたら……。
私はきっと心のすべてをぶちまけてしまう。

想いを溢れさせてしまう最後の一滴。
それが落ちてくる日がもうすぐそこまで迫っているのを覚悟していた。
その”時”を、息を潜めて窺っていた。

それが最後の瞬間になるかもしれないってわかっていて。
でも心に積もり積もった“期待の山”が、ずうずうしくも出番を窺っていた。

それなのに……。


――――あれからどれくらい会ってないだろう。



*



「どうしたの、キョーコ。最近落ち着かないじゃない。」
「いっつも待ち人来たらずって顔をしてますよ。」
「そんな情けない顔をして……。」
「今日もさっきから何度ドアを見てるんですか。」

モー子さんがくすくすと笑う。
千織さんが胡乱な目つきで覗き見る。
そして二人は口をそろえて言った。

「「で、覚悟は決めたの?」」

………え?

「「敦賀さんのこと。」」

………は?

「だって、ちょっと会えないくらいで仕事も覚束なくなるくらい好きなんでしょ?」
「ちょっと声が聞けないだけで、いつもの元気がかき消えるくらい好きなんですよね?」
「不自然にきょろきょろしているし。」
「なにか物音がするたび反応して。」
「「それって全部、敦賀さんに会いたいからでしょ?」」

「そ、そ、そんなんじゃ………」
ないって言いかけて、言えなくて口ごもった。

「だって……。」
会った瞬間、想いをぶちまけそうな気がするのに。
覚悟とかそんなのあり得ない。

「無理だよ……。」

言い淀んだ末にそう口にした私を二人があきれ顔で眺めた。


「ばかね。」
「ばかですね。」
「否定したところで無駄なのに。」
「気持ちはどうしようもないですからね。」
「そうそう、上手くいくにせよいかないにせよ、きっちり片を付けないと」
「先に進めないですからねえ。」
「いいかげんはっきりさせなさいよ。」
「そろそろ腹をくくったらどうですか。」
「まあ、大丈夫でしょ。」
「ですね。大丈夫。」

「大丈夫なんかじゃ……ない。」

知ったような口をきく二人を、私はテーブルに伏せたまま、視線だけでじろりと見上げる。
そうやって無責任に焚きつけないで!
ほんとにもう限界なんだから。

2人が言うのは確かに正しい。
ぜんぶぶちまけてぜんぶぶち壊してしまいそうになるくらい、
“好き”がもう、どうしようもないところまできている。

でも、そんな自分が怖くてたまらない。

ぜんぶぜんぶ失うなんて、きっとぜったい耐えられないから。
せめて”仲のいい後輩”っていう立場だけは守りたいって。
心の端で思ってる。
だから……

「もう、どうしたらいいかわかんない。」

それだけは紛れもなく、間違いのない本音だった。
はきだしてうつぶせた私に向かって、

「「……まったくもう。」」

ふたりがかりで言われた、ちょうどそのとき………。

コンコン

ドアをノックする音がした。





(続く)
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