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秋の田の穂向きの寄れる… (3)


カツカツと響く自分の靴音が妙に勘に障る。
それはたぶん、さっき浮かんだ考えが頭の奥にこびりついて離れないせいだろう。
穏やかな性格だと、これまでずっとそう自分を認識していたのが嘘のようにやまない苛立ち。
それを捨てきれぬまま、たどり着いた扉を前に俺は大きく息を吸った。

『戻ってくるんだよね?』と尋ねた俺に向けられたキョーコちゃんの笑顔がふと頭に浮かぶ。
つい昨日のことなのに、なぜかひどく昔のことに思えて、柄にもなく指先が震えるのを感じた。

(どうしてこんなに不安でたまらないんだろう。)

俺の勘なんて当たるわけがない。
何度も自分に言い聞かせる。
それでもやっぱり、この扉の向こうに聞きたくない答えが待っているという予感を捨てきれなかった。


*


大切に愛を育む二人を、俺はごく間近でずっとみてきた。
いや、蓮が想いを自覚しはじめた頃から知っているのだから、育むどころか二人の愛が生まれる前、種のようなときからその成長を見守ってきたといっても過言でないかもしれない。

いまどき驚くほど純で奥手で臆病な二人の恋は、怖いくらいにまっすぐで。
2人が互いをみるときだけに生まれる独特の空気は、いつだってやさしく暖かな光に満ちていた。

キョーコちゃんを見つめる蓮のやわらかなまなざし。
その蓮を見上げるキョーコちゃんの信頼に満ちた微笑み。

俺はそれを傍から見ているだけで幸せだった。
……その世界をいつまでも見守っていたかった。


まさかそれが、あんなにもあっけなく崩れ去るなんて。
あの2人に限ってありえない、そんなはずない、と。
何度思ったことか。

物理的な距離や2人の若さ。
それぞれにのしかかる仕事の重圧と過大な期待。
2人をとりまくあらゆる要因がどうしようもない大きなうねりで2人を飲み込んでしまったのだと、冷静に考えれば理由はいくらでも思いつく。

それでもなお、俺は強い怒りと苛立ちと、いいようのないやるせなさを捨てられなかった。
つい昨日まで俺の心の奥を占拠し続けた暗く淀んだ塊。
あるいはそれは、2人を守りきれなかった自分自身に対してのものだったのかもしれない。

再び出会えた彼女の笑みに、どれだけ俺が安堵したことか。
きっと誰にもわからない。


演技の勉強をもう一度したいのだ、と彼女は言った。
でもその根底に、蓮の存在があることはわかっている。
でなければ、あの頃を彷彿とさせる同じ笑顔を浮かべることは出来ないはず。

2人の間に吹き荒れた嵐はもう過ぎた。
過ぎたはずなんだ。

再び交差した2人の頭上に輝くのは台風一過の青い空。
再会した二人は手に手を取って新しい一歩をまた歩み出す。

俺はそう信じている。
だって間違いなく、2人は今も互いを何よりも大切に想い続けているのだから。


俺が憬れ続けた、あのやさしく穏やかな温もりに満ちた世界。
あの世界がもう一度還ってくることを、俺は心の底から願っている。


(キョーコちゃん。君はちゃんと戻ってくるよね?俺たちの………いや、蓮のもとに。)


*


「……社さん?」

ドアに手をかけた途端、背後からかけられた声にはっと我に返る。
そこにいたのは心配そうに首を傾げるキョーコちゃんだった。

「ああ、キョーコちゃん。買い物にでも行ってた?午前中は検査で大変だったでしょ?ほんとおつかれさま。検査結果が良好だったって聞いて安心したよ。」

頭に浮かべていたものを散らすようにぺらぺらとしゃべりながら、キョーコちゃんとともに病室へ入る。
当初の予定では昨日の段階で社長のもとに連れ帰ることになっていた。
その調整についてこれから話をしなければならない。
俺は一度大きく頭を振り、頭の中を切り替えようと努力した。

「キョーコちゃん、それでこれからの予定について話したいんだけど。今、ちょっといいかな。」
笑いかけた俺に、キョーコちゃんが少し困ったように目を伏せる。

―――ああ、まただ。
胸の奥が軋むようなイヤな予感が背筋を走る。

「さっき聞いた話だと明日には退院できるってことなんだ。だからね。」
「社さん。あの、私、ご相談したいことが………。」

言いにくそうに切り出したキョーコちゃんの顔を見た瞬間から、俺は彼女が何を言おうとしているのか気づいていた。
でも、わざととぼけたふりをする。
なにも気づいていない顔をすれば、その言葉を聞かなくて済むんじゃないかとあり得ないことを願って。

「ん?ああ、社長のアポの件だよね。たしかに昨日の予定は飛んじゃったけど大丈夫。もう退院許可も下りてるし、明日明後日は社長の予定をキョーコちゃんに合わせて空けられるよう調整しているから。」

一気にしゃべる俺を見つめるキョーコちゃんの眉がますます低くハの字に下がる。
何度も口が開きかけたのは、たぶん見間違いじゃないだろう。

「あの……「あ、もしかして俺の仕事の心配?それも大丈夫だよ。今は俺、社長命令でキョーコちゃん専任になっているから。」」

にこにこと笑みを作り、掛けられた言葉をわざと遮ってみる。
でもそんなこと、結局するだけ無駄だった。

「社さん、私……。しばらくこっちに残ろうと思うんです。」
「………。」

視線をそらし言葉を途切れさせた俺に、訴えかけるようにキョーコちゃんは話し続ける。

「隼…高岡さんがよくなるまで、ここに残って看病したいんです。」



――――それはあまりにも予想通りの言葉だった。



「彼の怪我がどういうものか聞いた?」
「……………はい。」
「じゃあ、わかってるんだよね?」

俺の言葉にキョーコちゃんは黙ってこくりと頷いた。

彼の怪我は、大腿骨骨折。
手術後退院まで、少なくとも2か月。
その後も長くリハビリを続ける必要がある。
それでも……場合によっては元のように歩けなくなるかもしれない。
それほどの大怪我。

「それでいつまで……付き添うつもり?」
「……………………元のように歩けるようになるまで、です。」

長い沈黙のあと、消え入るような小さな声で、けれど確かにキョーコちゃんはそう言った。


もしも……
もしも、彼の足が元のように戻らなかったとしたら?

口にできない疑問が過る。


夢は?
君の夢はどうなるの?
一流の女優になるという、君の夢はいつどうやって叶えるの?

それに蓮は?
蓮のことはどうするの?


次々と浮かぶ疑問をどう言葉にしたらよいかわからなかった。
聞いたところできっとキョーコちゃんにだって答えられないと、わかっていたから。
それでも、それを圧しても聞きたいことがあった。


「もし……」

感情を抑え、さりげなく言おうとしたけれど。
それでも喉に何かが張り付いたように声が途切れる。

「……もし、彼の足が戻らなかったらどうするつもり?」

―――彼が一生歩けなかったら、君はずっと彼のそばにいるつもり?


ようやくその言葉を絞り出した俺に、キョーコちゃんはただ俯き、何も答えなかった。




* * *




―――いったい、いつまでこうしてなきゃいけないんだ。


この部屋に来てから、何度そう思ったことか。
やまない苛立ちをむりやり押さえつけながら、俺は今もがらんと広い部屋をバカみたいにうろついている。

記者会見での暴走は自覚した。
その後社長に言われたことはすべてもっともで反論の余地もなかった。
そんなの全部わかっている。
だからこそ、素直にここに連れられてきたのだから。
それでも心の奥から湧き上がる感情をどうしても制御できない。

『一刻も早く彼女をこの腕の中に。』

何をしても何を見ても、どうしたって頭がそこに帰着する。
一度その身体を抱き締めてしまったからこそ、その想いは切実で。
こうして一人になればなおさら、想い出される温もりが強く身を締め付けた。

(ああ、まただ。彼女のことになると想いばかりが突っ走り、感情がセーブできなくなる。)

空っぽの掌をぼんやりと眺めながら、「ちゃんと彼女には会わせてやるから」という社長の言葉を何度も何度も噛みしめた。

もうすぐ会える。
それまでの辛抱だ、と。
そう言い聞かせながら。



キョーコ本人からかかってきたという電話の内容の目星はついている。
彼女が言っていた「もう一度、同じ道を歩いていきたい。」という言葉が答えをはっきりと示していた。
つまりそれは、女優として邁進する道に彼女が再び戻ることを決意したということ。
だからこそ、まず社長に連絡をしてきたのだろう。

(もしそうだとしたら……。)

彼女をアメリカに連れていって何が悪い、とつい思ってしまう。
演技の勉強をするなら、ある意味アメリカのほうがずっと優れている。
無駄なゴシップに煩わされることだって、ずっと少なくて済むだろう。

(いや……そんなの言い訳だな。)

本当はただ……
キョーコをこの手に捕まえて。
抱き締めて。
その身も心も、すべて自分だけのものにして。
アメリカに連れて帰ってしまいたい。

ただ、それだけなのだから。


ふと窓の外に目を向ければ、中空に爪屑のように細い月がゆらゆらと揺れている。
その不安定な光を見ていると、眩しくもないのについ目を眇めてしまうのはなぜだろう。
そういえば……

―――綺麗な月。

約束したそれを、彼女に見せられるのはいったいいつになるのだろうか。
だがその前に……。
そのために……。

(隠していたすべてを打ち明けなければ。)

俺はもう一度空を見た。
今度は目を眇めることなく、本当は丸い月の輪郭を追いかける。
そうしていると、耳もとでキョーコの声が響くような気がした。


『新しく何かを始めるなら、今をきちんと終わらせなければいけないから。』


その言葉は、そのまま俺自身にも重なっていた。
“敦賀蓮”という今の自分にけじめをつけ、”久遠・ヒズリ”をスタートさせろ、と。

すべてを打ち明け、その上で自分と共に生きてほしいと希う。
そこからきっと新しい一歩が始まる。


――――いや、始める。


いくら滞在を延ばしたといっても確保されている時間はわずか。
それができる時間は限られている。
スタートは1分1秒でも早く。



コンコン


突然のノック音が、思考を寸断させる。
次の瞬間、返事も待たずドアが開かれた。

「蓮、ちょっといいか。」
すたすたと遠慮の欠片もなく部屋に入ってきたのは社長だった。
そのまま部屋の中央へとまっすぐ進み、置かれたソファにどかんと座る。
仕方なく俺も、向かいのソファに腰を下ろした。

(何があったんだ?)

すぐにそう思ったほど、正面に腰を落ち着けた社長の表情はやけに固い。
ついぞ見たことがないその顔つきを、俺はひどくイヤな予感とともに見つめた。

「実はちょっとアクシデントがあってな。お前に約束した件だが、難しくなった。」
「は!?」

思わず上げた声とともに立ち上がりかけ、もう一度身を沈める。

「いったいどういうことですか?それは彼女に逢えないということですか?それにアクシデントって……。」

言葉が止まらない。
声が尖るのも仕方ないだろう。
しかし目の前に居座る顔はぴくりとも変わらなかった。
そのことがこの件についてはどうしようもないとはっきり物語っている気がして、俺はせり上がる焦りにぐっと息をのんだ。

「アクシデントはアクシデントだ。サプライズにアクシデントはつきものだろ。」

淡々と、様々な感情を押し殺していることが窺える平坦な声色。
どれだけ睨みつけても動じることなく、社長はポケットから煙草を取り出した。

「吸うぞ。」
「どうぞ。」

互いに言いたくないこと、聞きたくないことを先延ばしするようなやりとり。
カチリと言わせて火をつけると、ため息とともに一条の煙が吐き出される。
ゆらゆらと上る紫煙が薄く室内の空気に溶けるころ、ようやく社長は口を開いた。


「蓮。お前、今回は予定通りアメリカに帰れ。」






(続く)

プロットを何度組んでも、予定通り話が動かず参ってます。
登場人物、勝手に動きすぎ(涙
だらだら展開で本当にごめんなさい。引き続きおつきあいいただければいいのですが……。

ところで今さらですが、この長編では”月”がひとつのモチーフになっております。

スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。
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