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秋の田の穂向きの寄れる… (2)


「あの……。」

点滴を変えに来た看護師にキョーコが声をかけるとちょうど同年代くらいの彼女は笑顔で応えた。

「どうかしましたか?お具合でも?」
「いえ、あの、実は……。」

どう切り出すか迷いつつ、親切そうな彼女の様子に勇気づけられ口を開く。

「私と同じ事故でこちらに入院された方がいらっしゃると思うんですが、その方が今どうしていらっしゃるかってわかりますか?できればお見舞いに行きたくて……その……。」

キョーコの言葉に、相手はどうやらまったくピンときていない様子で困ったように首を傾げていた。

「高岡隼人さんっていう方なんですけど……。」
「高岡隼人さん?」
「はい。この事故で私を助けてくれた人なんです。彼は会社の同僚で、だから私、心配で……」

そう簡単に患者の情報を漏らすわけにはいかないだろうと思いつつ、なんとかわかってもらおうと言葉を重ねてみる。
するとやっと合点がいったというように彼女が首を振った。
「ああ、そういうこと。」
うんうんと頷いた彼女に勇気を得て、キョーコは話を続ける。

「足を怪我したって聞いたんですが……。」
「ああ、それなら救急科か外科にいるのかもしれないわ。ここは脳神経外科だから病棟が違うの。」
「そうなんですね……。」

それでは状況など知りようがないかもしれないと、がっくりした表情を浮かべたキョーコに、看護師は少し考えて言った。

「わかったわ。事情が事情だし、その方のことは特別秘密事項ってわけでもなさそうだから、時間のあるときにそっちの科に聞いてみてましょうか?」
それでわからなかったらごめんなさいね、と続けた彼女に、キョーコはぱっと顔を明るくした。

「ありがとうございます。私を助けて怪我をしたって聞いて、気になって気になって……。」
「それは気になるわよね。でも、最上さん。まずはあなた自身の体調を調えないと。明日の検査はけっこう時間がかかるから、今日はゆっくり休んでくださいね。」

そう言って点滴をさした腕をベッドに戻すと、キョーコの担当だというその看護師はにっこりと微笑み部屋を出て行った。



*



―――翌日。
午前中の検査がすべて無事に終わり、キョーコはかすり傷のほかはとくに異常なしと診断された。
が、事故時に意識を失っていることもあり、念のためあと一晩入院して様子をみるという。

「昨日からいろいろありがとうございました。」

今後の説明を終えた看護師に深々と頭を下げると、彼女はさりげなく聞き返した。
「最上さんって下のお名前はキョーコさんだったわよね?」
「はい。そうですけど?」
「昨日あなたが話していた高岡さんだけど……。もしかしてあなた、彼からキョーコちゃんって呼ばれてた?」
「え?あ、はい。」
訝しげな面持ちで頷いたキョーコをみながら、少し考え込んでいた看護師は
「実は……。」
声を落とし、切り出した。

「高岡さんがあなたの名前をずっと呼び続けているらしいの。」


看護師の話によると、救急搬送された当初、隼人は負った怪我による痛みからの混乱こそあるものの目立つ意識の障害もなく、自分の名前も状況も明確に語ったという。
運ばれた救急診療科での診断結果は大腿骨骨折。
まだしも運のよかったことにほかの部位の骨折や臓器損傷はみられず、懸念された脳内出血も特に異常は見当たらなかった。
そのため、すぐに全身麻酔を施しての大腿骨骨折手術が行われたのだが……。


「脳には異常がないはずなのに、手術後の意識回復がかなり遅れているそうなの……。」
看護師は、そう言って眉間に軽く皺を寄せた。
「それでね。意識が朦朧とするなか、どうもあなたの名前を呼び続けているらしいのよ。」

手術からの意識回復が遅れることは決して珍しいことではないという。
隼人の場合、回復が遅れているといってもいわゆる昏睡状態ではなく朦朧状態であったこともあり、最初はあまり重大視されていなかったらしい。
が、一晩経っても状態は変わらず、改めて脳機能障害の検査が検討されはじめたとか。

「それであなたさえよかったら、声かけをしてもらえないかと思って……。」
意識不明の際に有効とされる”声かけ”。
「本当はご家族の方の声かけが一番効果的ってされているんだけど。」

病院が確認したところ、隼人の両親はすでに亡くなっており、近親は年の離れた兄だけだという。
しかも、その兄も現在遠隔地に住んでおり、仕事の関係もあってすぐに病院には来られない状況らしい。

「なにより高岡さんがあなたの名前を呼び続けているから、あなたの声を聞いたらもしかしたらと思って。」
躊躇いつつそう言った看護師の顔色は浮かない。

たしかに面会謝絶でこそないものの、だからといって家族の許可もないまま意識の回復しない患者においそれと外部の人間を面会させるのは推奨されるものではない。
この看護師自身、言葉が途切れがちになるのは、未だそれをしてよいのか迷っているからのようだった。

「どうか会わせてください。お願いします!」

けれどその迷いを振り切るようなきっぱりとした声でキョーコはそう告げ、何度も何度も頭を下げた。


*


『高岡隼人』

外科病棟を訪れたキョーコは、病室の入り口に掲げられたたった1枚のプレートに目を向け、キョーコはこくりと唾をのんだ。
その様子に、隣に立つ看護師が少し困ったように目を向ける。

「ごめんなさいね。あなたも患者さんなのに。」
「いえ、もともと私が会わせてほしいとお願いしたことですから。」
「そんな……。でも……本当に大丈夫?」
キョーコを気遣う最後の言葉は、これから直面する隼人の様子を慮ってのことだろう。

「大丈夫です。どうか気になさらないでください。本当に教えていただけてよかったって思ってるんです。私にも彼のためにできることがあるってわかっただけでも……。
私がこうしてたいした怪我もなくいられるのは隼…高岡さんのおかげですから。だから、私にできることがあったら、なんでもしたいんです。」

きっぱりと言ったキョーコに看護師は少し安心したように表情を緩めると、目の前の扉を開き、キョーコを中へと促した。


(隼人くん……)

病室に入ったキョーコは、そこで点滴に繋がれて眠っている隼人を見た。
心電図のモニター音が淡々と鳴り響くなか、時折頭を左右に揺らし目を閉じたまま唸るように何かを呟くその姿。

「隼人くん……。私のせいで………。」

大粒の涙が込み上げてきたのをキョーコは唇を噛み、必死にこらえた。
近づくにつれ、その唇から洩れる言葉がはっきりと耳に伝わる。

「キョーコちゃん、キョーコちゃん。俺……。キョーコちゃん……。」

閉じた瞼の裏に映っているのは、事故の光景なのか、あるいは異なる場面なのか。
苦しげに歪められた眉根。
時折何かを探るように手のひらが浮く。
隼人はただひたすらにキョーコの名前を呼び続けていた。
その様に吸い寄せられるようにベッド脇に向かい、キョーコは迷いなく浮いた手を握った。

「隼人くんっ、私は大丈夫。隼人くんのおかげで何の怪我もなかったから。助けてくれて本当にありがとう。だから隼人くんも早く帰ってきて。私、待ってるから。隼人くんっ。」

ギュッと手を握りしめたまま、キョーコは隼人の耳もとに繰り返しそう囁き続ける。
それをどれだけ続けただろうか。

「キョーコちゃん…………。」

うなされ、繰り返されていた声が不意に途切れたかと思うと、開いた口からすぅーっと大きく息が吐かれる。
突然生じたその変化に、キョーコはハッと恐れ隼人の顔色を伺った。

が、キョーコが恐怖したような変化はそこにはなかった。
恐る恐る見つめるキョーコの前で、苦しげに歪んでいた表情が緩やかに和らいでいく。
そして同時に、短く激しく刻まれていた呼吸も安らかな寝息へと変わっていった。

しばらく様子をみつめていたキョーコはやがてようやく安堵の息をつき、静かにナースコールを押した。




* * *




―――まさかこんなことが起きるなんて。


電話連絡を終え店に戻った俺の目の前で、その事故は起きた。
鳴り響くクラクションと急ブレーキの甲高い音。
一拍遅れて響き渡る女性の叫び。
慌てて駆け寄った俺がみたのは、通りの真ん中に不自然に停車した車とその前に倒れ込む男の姿だった。
そして聞こえてきた子供の泣き声が気になり、目を向けた先に見つけた見覚えのある服の色。

「キョーコちゃん!!!!」

気が動転してその前後のことはよく覚えていない。
気が付けば俺はキョーコちゃんといっしょに救急車に乗り込み、病院へと向かっていた。

「とくに大きな外傷はなさそうです。臓器損傷も認められませんし、心拍・脳波の異常もありません。念のため明日精密検査を行いますが、安心していただいて大丈夫だと思いますよ。」

医師から告げられた言葉にどれほど安堵したことか。
そこまできてようやく社長にその旨を連絡し、指示を仰ぐ。

結局その夜、俺はその町の小さなビジネスホテルに部屋をとることになった。
もっとも社長に指示されなくともそうするつもりだったけれど。


そして翌日の午後。
俺は改めて病院へと足を運んだ。
病室へ向かう前に、諸々の手続きとともに午前中に行われた検査の結果を確認する。
昨日の診察結果同様、特に異常がみられなかったとの結果にほっと息をついた。
だが、同時にキョーコちゃんの身代わりといっても過言ではない形で事故に遭った男性の容体を確認し愕然とする。
それはいいとも悪いとも判断しがたい内容だった。
ただ……。

(キョーコちゃんがこれを知ったら……。)

俺の知っているキョーコちゃんならたぶん……。
浮かんだ考えは、俺たち、いや蓮にとって決して歓迎できるものではなかった。

そう―――。

そのころキョーコちゃんがどこで何をしていたのか。
そして何を考え、何を決意していたのか。
俺には知る由もなかった。






(続く)


病院関係の描写、やりとり、行動などいろいろ実際にはNGでしょ!という箇所やあり得ない!といった箇所が多々あると思いますが、その辺はお話の進行上のご都合主義と思ってスルーしていただけるとありがたいです。ごめんなさい。

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