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秋の田の穂向きの寄れる… (1)

キリがよかったので今回短めです。

こちらは「家にありし櫃に鑠さし…」「遺れ居て恋ひつつあらずは…」「降る雪はあはにな降りそ…」「人言を繁み言痛み己が世に…」の続きになります。そちらを読んでからお読みください。



――――綺麗な月が見たいと言った。

幾度となく共に見上げた、美しい月。
もう一度それを見たかった。
あなたと見上げた月は、
どんな形でも
どんな色でも
いつも冴え冴えと美しかったから。


――――綺麗な月を見せると約束した。

二人で月を見上げるたび、
幾度となく交わした言葉と口づけ。
思えば俺にとって”綺麗な月”は、君そのものを指す言葉だった。
どんなに離れても
どんなに逢えなくても
見上げる空に月が当たり前に在るように、俺は君を想う。
これまでも、これからも。
いつも。
…………いつも。



の田の穂向きの寄れる片寄りに 君に寄りなな言痛たかりとも
(万葉集 但馬皇女)


「ここ、は……?」

目が覚めたとき、最初にキョーコの視界に映ったのは少しくすんだ白い天井だった。
まだぼやけてみえるその景色に見覚えはなく、いったいどこだろうと戸惑いながら首を傾ける。
瞬間、身体に走る鈍い痛み。

「キョーコちゃん!よかった!気がついて。」

聞こえてきた声に視線を向けると、すぐ傍らで心配そうに見つめる社の顔が見える。
その存在にすら一瞬ひどく驚き、キョーコは瞬きを繰り返した。

「え?社さん?どうして?ここはいったい……?」

続けざまに言葉を発したキョーコの案外しっかりした口調に、社は安堵の笑みを浮かべゆっくりと口を開いた。

「病院だよ。車道に飛び出した子供を助けようとして事故に遭って、ここに運ばれたんだ。」

事故?
飛び出し?
子供?

一瞬記憶がつながらず視線をさまよわせたキョーコの様子を窺いながら、社は静かに言葉を続けた。

「その時受けた衝撃で脳震盪を起こしたみたいでね。それで気を失ったらしい。取り急ぎ簡単に診てもらったけど、打撲ぐらいで特に大きな怪我はないらしいから安心して。ただ、頭を打っているから念のため明日精密検査をするって。だから今夜はとりあえずここに入院してもらう予定。」

丁寧に説明する社の言葉に少しずつ混乱した頭が落ち着き、ようやく気を失う直前の出来事が思い出された。

突然道路に飛び出した男の子に向かって、タイミング悪く近づいてくる乗用車。
強くクラクションの音に逆に身を竦め、立ち止まってしまうその子。

「あの男の子は……?」
「ああ、あの子は大丈夫。キョーコちゃんがしっかり抱きしめていたこともあって怪我ひとつなかったよ。ショックが大きかったのか、助けられた後もずっと泣き止まなくて大変だったけど。」

あの子、”は”……?
社の微妙なアクセントの置き方が妙に心に引っかかる。
その答えを知りたくて、キョーコは霞む記憶を必死に探った。

(あのとき道路の真ん中で立ちすくむ男の子を見て……思わず飛び出して抱き上げた。それから急いで歩道に戻らなくちゃって、振り返ろうとしたら、私は何かにぶつかった……。)

車に?
ううん。
身体を飛ばされたときのあの衝撃、あの感触は、車じゃなかった。
いや、そもそもぶつかったんじゃない。k
そうじゃなくて、あれはたぶん、そう突き飛ばされた……。

背筋を走るイヤな予感にぶるりと大きく身体が震える。

「社さん、私……。私、車にぶつかってないですよね?どうして?だってあのとき確かに車がすぐそばまで迫っていて……」

はっと目を見開きキョーコを見た社の視線がすっと脇に逸れる。
キョーコは社の腕を力ない手でぐいと掴み、息せき切って言葉を続けた。

「いったい何が……何があったんですか!?」

しまった、とでもいうように社が小さく唇を噛む。
逸らした視線を戻さぬまま、答えを逡巡しているように何度も唇が戦慄いた。

「お願いします!教えてください!」

社が答えを躊躇すればするほど、キョーコの中に不安と恐怖が溜まっていく。
それを察したのか、社はようやく口を開いた。

「危うく車に轢かれかけた君を突き飛ばして助けてくれた人がいたんだ。」
「突き飛ばして?」
「そう。たしかにあのままだったらキョーコちゃんは抱えていた子供もろとも車に轢かれていたと思う。でも、君を追いかけて飛び出した人がいてね。間に合わないと見るや、キョーコちゃんをとっさに突き飛ばすことで、車から守ってくれたんだ……。」

私を突き飛ばして……守ってくれた?

「そ、それでその人は……?」
「………。」
「まさか!?」

最悪の事態を思い浮かべた様子のキョーコに、社は慌てて首を振った。

「大丈夫。その人も命に別状はないから。」

(命に別状は?でもその言い方って……。)

「その人は今どうしてるんですか?」
「彼もいっしょに病院に運ばれた。」
「え!?この病院に?それなら私、せめてお礼を言わないと……。」

慌てたように身体を起こそうとするキョーコを社が止める。

「あ、いや、それは待って。」
「待つ?でも助けてもらったのに……。」
「キョーコちゃんもまだ意識が回復したばかりだし、まずはお医者さんに診てもらわないと。それに相手の人もまだ治療中だと思うから、今いくのは迷惑だと思うよ?」

ね?と覗き込まれれば、キョーコも頷くしかない。
けれどどこか焦りの隠せない社の姿に、その瞳は訝しげに揺れる。

「あの……。」
ナースコールを押そうと手を伸ばした社にキョーコはもう一度声をかけた。

「その方はいったい……どんな方なんですか?」

びくりと肩を揺らした社に、キョーコの中で“ああ、やっぱり”という思いが湧く。

「私の知っている人、ですか?」
「あ、えーっと、うん、たぶん……。」
「たぶん?」

意を決したように社が向き直り、口を開く。
「………君の同僚だって聞いた。」

(……同僚?まさか……。)

「高岡さんって人なんだけど。」
「え!?」

(隼人、くん!?)

キョーコの顔色から一気に血の気が引いていく。
とっさに起こそうと動いた身体が、社の眼差しを受けて止まった。

「そ、それで彼は?治療中って言ってましたよね。どこか怪我を?」
「足をちょっとね……。命に別状ないっていうのは間違いないよ。ただ……治療や診察があるだろうから、今会うのは難しいと思う。」
「足を……?私のせいで……。」

見開いた瞳がみるみる潤み、信じられないというように頭が左右に振れる。
やっぱり言うんじゃなかったと後悔しながら、社はキョーコの肩に毛布を掛け直した。
その陰から、“ウソ……”とつぶやく声が漏れ聞こえる。

「彼は大丈夫だから。だから落ち着いて。」
せめてそう言って社はキョーコに微笑みかける。


「今、お医者さんを呼ぶからね。」




* * *




「なに!?」

予想外の報告にさすがのローリィも動揺を隠せなかった。

「それで最上君は?……うん。そうか。それはよかった。あ?ああ……。うん、そうか。わかった。」

受話器の向こうから次々と聞こえてくる言葉に、眉間に皺をよせたまま何度も首を振る。
キョーコが無事と聞いて安堵を浮かべた表情は、続く報告に再び固く締まった。

「そうか……。それは……。とにかく君はそのまま最上君に付き添っていてくれ。後のことは追って相談する。」

電話を切った後も、ローリィはしばらくそのまま立ち尽くしていた。
突然のことに事態をどう収拾したらよいのか判断がつかない。

(さて……どうしたものか。)

蓮の姿が頭に浮かび、ローリィは深くため息をついた。






(続く)

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コメント

  • 2016/05/16 (Mon)
    22:25
    心配・・・

    ドキドキの心配展開が、まさかの継続心配展開に・・・。

    どうしたのでしょう・・・。

    隼人君・・・もしかして、かなり絡んできちゃうんでしょうか?

    簡単にはハッピーエンドが迎えられないのでは・・・?

    心配なんですけど、折角、元鞘に収まりそうな気配だっただけに、ちょいとお恨み申上げます・・・。

    うう~~、はらはら、じれじれ・・・困った困った・・・。

    かばぷー #- | URL | 編集
  • 2016/05/23 (Mon)
    10:04
    Re: 心配・・・

    こんにちは。コメントありがとうございました!
    ドキドキ継続、ハピエン延長モードでごめんなさい。
    私もてっきり再会・元鞘・ハピエンだと思っていたのですが、なぜこんなことになったのか……。
    自分でも書いていて不安になってきました……(←おいおい)

    ちなぞ #- | URL | 編集

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