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人言を繁み言痛み己が世に… (5)


「突然だったから驚いたよね?ごめん。」
事務室からの階段を並んで下りながら、社はキョーコに頭を下げた。

「そんな、社さんが謝らないでください。たしかに驚きましたけど……これって社長の指示ですよね?」
やわらかく微笑みながら、キョーコが答える。
その表情に社はハッと胸を打たれた。

(笑えるように、なったんだ。)

次の瞬間、こもっていた身体の力がふっと緩むのを感じる。
今まで社の脳裏には、笑顔の作り方すら忘れたキョーコの姿がずっと焼き付いて離れなかった。
妹のようにかわいがっていたキョーコのあまりに痛々しい姿。
それを見るたび、どれだけ蓮に怒りを覚えた事か。
決して本人にぶつけることができないとわかっていたからこそ、心に積もり積もっていったその怒り.
リムジンで蓮に向かってつい吐き出した言葉はその一端にすぎなかった。

でも……。

(よかった。)

今向けられたのは、かつての眩いばかりの笑顔ではなく、微かに色を帯びた女性らしい微笑みだったけれど。
それでもキョーコが笑みを浮かべたことが、社には素直に嬉しかった。

(3年、か。)

隣にいるキョーコを見れば見るほど、流れた月日の思いがけない長さを痛感する。
記憶よりシャープになった顎のライン。
白い肌に生える薄紅色のリップ。
日に焼けて茶の濃かった髪は黒色を増し、変わらずほっそりとした身体はそれでいて随所にやわらかな丸みを帯びている。
キョーコはすっかりたおやかな大人の女性に変わっていた。
その中に垣間見える儚さ。
そこにキョーコが受けた心の辛苦を感じずにいられなかったとしても。
それでも社は、やっぱり再びこうして会えたことを嬉しいと思った。

「たしかに君を迎えに行くようにって言ったのは社長だけど。とにかく一刻も早くキョーコちゃんに会いたくて……俺、立候補しちゃったんだよ。”俺が行きます”ってね。」

逢わなかった3年を飛び越えようと、茶目っ気たっぷりに微笑みかける。

「私も、です。」

まっすぐ自分を見返す瞳に宿るのは、最後に会ったころにはすっかり消え失せていたキラキラとした輝き。

―――ああ、キョーコちゃんが帰ってきた。

ふつふつとこみ上げてくる安堵を胸に、社は口元を大きく緩ませた。
それは笑顔とともに、社にとって何よりも喜ばしい、いや待ち望んでいた”キョーコの変化”だった。


「あの……お元気でしたか?」
「ああ、マネージャー業は相変わらず忙しくて大変だけど。」
「あ、もしかして今も………、」
言いかけて言葉を濁す姿に、すぐに蓮のことだと察する。

「蓮のマネージメントは日本に来たときしかやってないけどね。」
社は答えながらさりげなくキョーコの顔を覗き込んだ。
「キョーコちゃんはさ。」
あの記者会見を見てどう思ったの?と言いかけて言葉を飲み込む。

「戻ってくるんだよね?LMEに。」

社の言葉に一瞬目を瞠ったキョーコは、すっと一度息を吸い、にっこり微笑みながら頷いた。


*


この僅かな時間の間に二人に何があったのかは聞いていない。
ただ知っているのは、昨日事務所を震撼とさせたニュースだけ。


画像を見た瞬間、社はそれがキョーコだとすぐに気が付いた。
自分が車を降りた後、どういう偶然か再会した二人。
運命の神様っていうのは本当にいるんだと、ネットに流れた画像をみながらつくづく実感した。

(いったいあのあとどうしたもんだか。)

キョーコを抱き上げて固い顔つきで立ち去っていく蓮。
ぼけた画像でもそれくらいはすぐにわかった。

(昔の蓮ならあのままキョーコちゃんを拉致しそうなもんだけど。)

それどころか再び離れ離れになっているのはいったい……?

付き合っていたころの二人の姿を思い出す。
片時も離れたくないと、赤裸々な愛情と独占欲を丸出しにキョーコを見つめていた蓮の眼差し。
立場が許されるなら、蓮は本当に1秒だって彼女を傍らから離しはしなかっただろう。

(あの頃は二人が別れるなんて思ってもみなかった。)

今もまだ、いったい何があって二人が別れることになったのか、はっきりとしたことは知らされていない。
ただ、ぼろぼろになっていくキョーコの姿を見れば、原因は蓮にあったと思わざるをえなかった。
その姿をみるたびに、どれだけ蓮を問い詰めたかったことか。
あの時期ほどただただ怒りを溜めたことはない。

そして、休むと人を介して告げられたきり、本当に一切の連絡を絶たれた3か月。
まるでキョーコに関わるすべてを蓮が拒絶しているようで立場も忘れ、アメリカに行って殴りつけてやりたいとさえ思った。

後から思えば、あの時期に例の映画を撮影していたのだろう。
そう考えればつじつまが合う。
しかし、だからといって……

(なぜ連絡ひとつしなかった?なぜあんなにも一途に想っていたあの子を切り捨てるような真似をした?直接言えない何かがあるのなら、俺に言ってくれたってよかったじゃないか。)

――――何度思い返しても、再燃する怒り。

仕事のつきあいとはいえ、もはや兄のようなつもりでいた。
何かあれば相談してくれるものと思っていた。
けれど、結局蓮にとって俺の存在なんてそんなものなのだったのか。

――――怒りと同時にこみ上げるやるせない思い。

(今もそうだ。結局あいつは、俺に何も言わない。何も相談してきやしない。)

だがそれでも……。

(あいつは俺にとって弟みたいな存在、なんだよな。)

甘い自分に呆れたように、社は大きく息をついた。



蓮の画像がネットに流れた直後から始まった怒涛のような報道。
事態をゆっくり考える暇もなく、社はその対応に追われた。

二人の再会がいったいどういうものだったのか。
それは彼らにとって吉だったのか凶だったのか。
気になりながらもそれについて蓮と話をする時間も取れないまま、いきなり行われた記者会見。

衝撃だった。

蓮がどういうつもりであれほど赤裸々な発言をしたのか、社にはわからない。
そもそも二人の間で何が起き、どういうやりとりがなされたのかも知らないのだから、何も言う権利はないと思う。
だが、それにしても……。
世間に与える影響や、相手がキョーコだと発覚したときに生じうる事態を考えれば、正直、あの発言は社にとって諸手を挙げて喜べる内容では到底なかった。

だからこそ、真意を知りたいと思う。

(あいつが言う気がないのなら、俺から出向いて聞き出してやる。)

そう考えはじめた矢先、社はローリィに呼ばれた。



「何でしょうか。」
「ああ、忙しいところ呼び立ててすまん。じつはひとつ急いでやってもらいたいことがある」
「今、ですか?しかし今は例の件で社内が……。」
「実はな。」

言いかけた社を制し、ローリィが声を潜めて話を切り出す

「最上くんがうちに戻ることになった。それにかかわる諸々の準備を急ぎ調えてもらいたい。」
「キョーコちゃんが!?」

社は思わず声を上げ、慌てて口を閉じた。

「ああ、君にとっても彼女は小さくない存在だったな。それならちょうどよかった。とりあえず明日にでも彼女にはこっちに来てもらおうと思っていたんだが……。」
「私に迎えに行かせてください。」

会いたい、と心から思った。
姿を消す直前の彼女を思うたび、自分にできることがもっとあったんじゃないかと悩み続けた日々。
今からでも遅くはない。
キョーコのためにできることがあるのなら、何でもしてあげたいと心から思う。
それにはまず……。

「お願いします。」

会って姿を見たかった。
話を、したかった。


社の顔をじっとみていたローリィはふっと相好を崩した。
「わかった、頼んだぞ。」



* * *




「戻ってきてくれるって聞いたよ。」

小さく話しかけた言葉に、キョーコがゆっくりと頷く。

「今さら、って思われるかもしれませんが、どうしてももう一度ちゃんと演技の勉強がしたくて。」
「そうか。……嬉しいよ。本当に。今さら、なんてそんなこと全然ない。」
「そうでしょうか。」
「ああ、俺が太鼓判を押すよ。君はぜったいに凄い女優になる。なれる力を持っている。」

こう見えて俺も意外と役者を見る目があるんだよ。これでもLMEでは今やナンバーワンマネージャーって言われるしね、と胸を張って道化る社にキョーコはコロコロと笑った。

「そう言っていただくと冗談でも心強いです。」
「冗談なんかじゃない、本気だよ。だって俺がマネージメントさせてもらいたいくらいだから。」

言い切ってすぐに”ああ、そうだ。そうしよう”と決意する。
光を取り戻したキョーコがこれからどれだけ大きく羽ばたいていくのか。
負荷を受けた筋肉がそのたび強さを増していくように、心に受けた傷も今のキョーコならきっと糧にして大きく成長していけるだろう。
それを傍で見ていきたい。
できるかぎり手助けしたい。

そう思わせてくれるキョーコの“変化“。

「社さんがマネージャーなんて、出戻りにはもったいなすぎです。」

小首を傾げたキョーコの瞳は―――、

(少なくとも再会は、キョーコちゃんにとって決して悪い形ではなかったんだ。)

そう思える色をしていた。




「じゃあ俺は車を呼んでくるから、キョーコちゃんは荷物をとって降りてきてくれる?」

急いではいるが、キョーコの性格からして挨拶もなしにここを去るのは気が引けて仕方ないだろう。
ついでに挨拶をしてきたらどうかなと言いかけた矢先、
「あの、みなさんに挨拶をしてきてもいいですか。そんなに時間はとらないので。」
案の定、恐る恐る尋ねる声がする。
そんなところにも、以前のままのキョーコを感じて顔が緩む。

「ああ、もちろん。じゃあ、俺はついでに事務所に連絡をいれてくるから、店の前で。」



*


「もしもし。あ、社です。はい。ええ、今合流しました。これからそちらに向かいますので。あの……。」

待たせていた車を店の前に移動させるよう指示し、マネージメント事業部に連絡を入れた後、最後に社はローリィへの直通番号をタップした。
指示されていたのは、キョーコの身辺を整理し、万事支障なく彼女を事務所につれてくるようにということだけ。
詳しいことは後で話すと言われているが、今後のことなど尋ねたいことは山ほどある。
しかし、イチ社員としてはとりあえず下された命に従うしか選択肢は本来ない。
だがキョーコの様子をその目で確かめた今、それを押してもどうしても尋ねたい、気になることがひとつあった。

「あの……蓮はこのことを……。」

差し出がましいと知りながら口にする。
記者会見の様子を見る限り蓮がしっかりキョーコを“取り戻した”ようには見えなかった。
キョーコも”もう一度一流の女優を目指す”としか言わない。
それは一体どういうことなのか。
探る気持ちもあった。

「知っているといえば知ってる。知らないといえば知らないな。」

なぞかけのように曖昧な言葉に少し首を傾げる社の姿がまるで見えているかのようにローリィが受話器の向こうでくすりと笑う。

「あいつは今禁固刑を食らっているからな。その間にまずは最上君の事情聴取だ。」

よけいに意味がわからない。

「とりあえず君の仕事は、最上君を無事“暑(所?)”まで連れて帰ることだ。よろしくな。」

それはそれ以上の質問を許さない声だった。




* * *




挨拶を済ませ、小さなバッグを手にキョーコはぼんやりと店の前に立っていた。

駅前に続く大通りを挟んで店々が並ぶこの場所。
昼前のこの時間は、買い物にでた主婦や小さな子供連れの親子でにぎわっている。

店先から聞こえてくる音楽や、子供の歓声。
呼びかける母親のやさしい響き。
その間を縫うようにてきぱきと歩いていくサラリーマンの後ろ姿。

いつの間にかすっかり慣れ親しんでいたこの町の穏やかな日常に心洗われるようだった。
だがそれでもやっぱり、

―――あの切磋琢磨していた日々に帰りたい。

と今は思う。



「ママ―!!あれー!!!!」

不意に聞こえてきた声に我に返る。
甲高い声の主は、通りの向こうにいた幼稚園くらいの男の子。
店の近くにある交番の前に停められたパトカーを指さし、嬉しそうに駆け出している。

―――可愛いなあ。

つい目を向け様子を眺めていると。
「パトカ―見てくる!!」
叫ぶなりその子が通りに飛び出すのが見えた。

―――えっ!


ブブブッブッブー!!!!!!!


途端に聞こえるすさまじいクラクション音。
事態を理解する以前に、気が付けば身体が動いていた。
飛び出した子供に駆け寄り、がばっと勢いよく抱え上げる。


ブブブッブッブー!!!!!!!


鳴り続けるクラクション。
どこからか聞こえてくる悲鳴。
構わずそのまま歩道に駆け戻ろうとしたその時―――。


キキキーキーーーーーッ!!

鋭いブレーキ音が耳を揺らした。
音と同時に何かが身体に激しくぶつかるのを感じる。

抱えている子供を守ろうとキョーコはとっさに固く腕を閉じた。
はじかれるように飛ぶ身体。
反転する視界を埋め尽くす薄曇りの空。


「ああ、今夜も月は見えない。」

どうしてそんなことを考えたのかわからない。
けれど見えた空色に、ただそれだけを妙に強く感じながら、キョーコは衝撃にゆっくりと意識を手放した。






人言を繁み言痛み己が世に未だ渡らぬ朝川渡る
(人の噂が多く辛いので。いえ、だからこそ私はあの人に会うために、生まれて初めて冷たい水の流れる夜明けの川を渡ります。―――あの人に会うために。)



まだ続きます。2人の再会で終わらせるつもりだったのに、なぜか書くうちに勝手に動き出してしまったキョコちゃん&敦賀さん……。どうなるのか先が見えないお話ですが今しばらくおつきあいいただけますでしょうか。(不安)

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コメント

  • 2016/05/11 (Wed)
    12:41
    きゃー!!すみません!!

    拍手コメントに残そうとしたら、改行しようとしただけなのに、謎の叫びだけ残して投稿してしまいました(汗)
    …ということで、こちらのコメント欄に失礼します!!
    キョーコちゃんが事故に?!?!まさかの事態に心拍数が上がりました!

    書いててどんどん予想外の方向へって良くありますよね。風月もよーくわかります!!
    これからどうなっちゃうのか…蓮様どんな反応になるのか…何だか色々な意味でドキドキしながら見守ろうと思います!!

    風月 #- | URL | 編集
  • 2016/05/23 (Mon)
    10:02
    Re: きゃー!!すみません!!

    こんにちはー。返信遅くってごめんなさい!
    コメントしかけて送信って、私もよくやります。ほんと思わず悲鳴雄叫び!ですよね!!!
    心拍あげちゃってごめんなさいー。
    このお話、登場人物がみんな勝手に動きはじめちゃって、気がついたらどんどん長編モードに……いや、書いてる私が一番焦ってます。
    一体着地点はどこなのか……不安!

    ちなぞ #- | URL | 編集

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