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旅する蓮キョ ~Reine 後編~


気が付けばずいぶん長い時間歩き回っていた。
小さい湾のほとんどを歩き尽くしてしまったんじゃないかと思うほど。

「疲れない?」
「ううん。」
「おなかは?」
「ちょっと空いたかも。」

言った途端、きゅるる~といい音を奏でる彼女のおなか。
くすくすと笑いを止められなくなった俺を、彼女はぽかぽかなぐりはじめた。

「もうっ、ひどいっ!そんなに笑わなくてもいいのに!」
「だって、あまりにいい音だったから。」
「おなかが減るのは健康な証拠なんですっ。久遠さんこそ、そんなに大きな体をしておなかが空かないなんてぜったいおかしい!」
「俺はちゃんと訓練しているからね。」
「そんな訓練、体によくありませんっ!」

ぷいっとふくらんだ頬を、ぽんと両掌でつぶしてみる。
ぷはっと息を吐き出した彼女はますます怒った顔をするけれど。
そんな顔すら可愛くて、俺は顔が綻ぶのを止められない。

「もーうっ!笑ってばっかり!」
「だって怒った顔も可愛いから。」
そう言って頬にキスしたら、君は目をぱちくりとさせながら真っ赤な顔で俺の鼻をぎゅっと摘まんだ。

「いたっ」
「仕返しですっ。」

こんな他愛ないふざけあいがこれほど楽しいなんて、彼女に出会うまでずっと忘れていた。


*


タイミングよく見つけた小さなレストラン。
外のテラスで食べてもよかったけれど、座ったままでは少し肌寒いかと店内を選んだ。
中では地元の人間と思しき男たちが数人、こんな時間から酒を酌み交わしている。
その口から聞こえてくるのは、さっぱり意味の分からない単語の羅列。
それなりに各国語に精通しているつもりだった俺も、この村で当たり前のように使われている言葉にはなじみがなかった。
もっともこの国の人たちは皆英語を難なくこなすから、俺もキョーコも不自由はない。

メニューを持ってきた若いウェイターと話しながら注文を決めようとすると、あれもいいしこれもいいし、とそれほど種類の多くないメニューをみて延々と頭を悩ませている。
俺のことなんてすっかり忘れたそぶりのその様子があまりに微笑ましくて、つい料理のことを忘れ、彼女の姿に魅入ってしまった。
…と、突然俺の存在に気が付いたらしい。
あっと口を開けて俺を見る。

「え、えっと……さっき大量に干されていた魚、タラだったんですね。」
ごまかすように零れた照れ笑い。
「地元の名産みたいだし、せっかくだから食べてみる?」
「ええ。あっ、干したものも生のものもあるんですね……」
「じゃあ別々に頼んで分け合おうか?」
「はいっ!」

くすっ。
食べ物のことになると、目の色が変わるんだから。

注文を済ませ、ふと目を上げれば慌てて顔を背ける男たちの群れ。
(またか……。)
思い当たる節に、心がささくれ立つのを感じた。
この国に来てから、何度か経験しているこの感覚。
その原因はぜんぶ彼女だった。

日本ならずいぶん目立つ俺だが、金色の髪に碧の瞳、大柄な身体が当たり前のこの国では、本来の姿に戻るだけで周囲にすっかり埋没していられる。
むしろ小柄な肢体に綺麗な黒髪を靡かせ、印象的な瞳をクルクルと輝かせるキョーコのほうがずっと周囲の注目を集めている。
とくに男たちから。
今もそう、だ。
店に入った瞬間も、たむろっていた男たちの目が一気に彼女に釘付けになったのを感じていた。

……くそっ。こんなところでも。

相変わらず自分がどれだけ魅力的な女性になったか自覚のないキョーコは、その魅力を垂れ流したまま。
隣にいる俺がどれだけヤキモキしているか、考えもしない。

「うわあっ、美味しそう!いただきます!」

満面の笑顔を、皿を運んできたウェイターにまで向けるものだから、ほら。
この男まで、顔を赤くしてるじゃないか。

本当は誰にも見せたくない俺だけの宝物。
どこかへ閉じ込めて、隠してしまいたいくらいなのに。
そんなことをすればきっと彼女の、誰よりも眩しい笑顔は瞬く間に失われてしまう。
悔しいけれど、俺はこの子供じみた独占欲を必死に押さえつけながら、彼女のそばに寄り添い続けるしかないんだ。

「あーーーっ、おいしーっ!」
「そう?よかった。」

内心のもやもやを悟られたくないように。
俺はただ目の前の彼女だけを見つめた。


*


やがて訪れる夕暮れを入り江から眺めようと、俺たちは桟橋に向かった。

「足場、悪いから気を付けて。」
そう言って伸ばした手をギュッと握りしめる小さな掌。
その指先を1本1本絡ませるように、しっかりと交互に繋ぎ直した。
いつもなら照れて手を引いてしまう君も今日は素直に応じてくれる。
それが何だかとてもうれしくて。
少し早足になった。

「わぁっ。」
途端につまずきかけた彼女の身体を慌てて引き寄せる。
「ごめん!」

腕にかかる彼女の重さ。
一生この手で支え続けたい、重み。

「大丈夫?」
焦る俺の腕に何気なく身体が寄せられる。
「ううん。私がちゃんと捕まってなかったから。私こそごめんなさい。」
「いや。なんか俺、気が急いてたみたいだ。」
「久遠さんでもそんな気持ちになるんですね。」

ふふっと笑う彼女の少しハの字に下がった眉に吸い寄せられるように人差し指を伸ばし、そっとなぞった。
ふわふわと柔らかい毛先の感触が心地よくて何度も往復させていると、君はくしゃりと顔を歪ませる。
「くすぐったいっ!」
少し尖らせた唇が可愛くて、我慢しきれずキスをしていた。

「もうっ!」
唇を離したとたん聞こえてくる、怒っているというより拗ねたような声。
俺は聞こえないふりをして彼女の手を引く。

「久遠さん……。」

前を行く俺を引きとめるように、不意に足を止めた彼女。
ほんの少し心を過った不安に躊躇いながら振り向くと、傾きはじめた陽光を浴びて輝く瞳がにっこりと俺を見つめていた。

「ありがとう。」
「え?」
「あのね。私……。」

そっと1歩、近づいてくる身体。
繋いでいない手が、繋いでいる俺の腕をやわらかく掴む。

「ずっとこうしたかったんです。」

「こう?」
聞き返した俺に、こくりと頷く君。
「こんな風に二人並んで、おしゃべりしたり笑い合ったり、歩き回ったり……。」

ゆっくりと紡がれる言葉を聞きながら、俺はふと胸苦しさを覚えていた。
それはひどく切なく、それでいてひどく心地よくもある不思議な痛み。

「だから今……すごく幸せ。」

その言葉が聞こえた瞬間、ひときわ強い……そう、きゅっと心臓を掴まれるような痛みがこみ上げ、それから息が詰まるほど甘い痺れが全身を駆け巡った。

ああ、そうか。
人は幸せすぎると胸が苦しくなるんだ。

「俺も。」

―――愛してる。

「俺もすごく幸せだよ。」

―――どうしようもないほど。

「キョーコ。」

―――愛してる。

俺はこの手を絶対に離せない。
彼女無しにはもう、息すら出来ないのだから。


気が付けば俺は、桟橋の真ん中で彼女を思い切り抱き締めていた。
しっかりと手を握ったまま、もう片方の腕で彼女の身体をこれでもかと引き寄せる。
激しく波打つ心音がはっきりと伝わってしまうほど、小さな頭をこの胸に押し付けて。

「久遠さん?」
「ちょっとだけこのままでいて。」
「でも……。」
「大丈夫。誰もいないから。」


何よりも大切な君と同じ景色を見て、同じ空気を吸い、同じ時間を共有する。
それがこうやって、かけがえのない想い出になっていくんだ。

今感じているこの温もりを俺はきっと一生忘れない。

これからも。
いつまでも。
ずっと君とこうしてかけがえのない時間を過ごしていけたら……俺はどんなに幸せでいられるだろう。


「ありがとう。」

―――俺と一緒にいてくれて。


愛しているという言葉さえ、この気持ちを伝えるには軽すぎるような気がして。
桟橋に差し込む長い長い夕陽を浴びながら、俺はただじっと彼女を抱き締め続けた。






fin
GWだから?二人のじゃれあいを書きたくなった結果、です。
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。

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