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旅する蓮キョ ~Reine 前編~


ノルウェー西岸を北上する沿岸急行船に乗って数日。
ロフォーテン諸島に降り立った俺たちは、小さな漁村レイナの外れにあるロルブーに滞在していた。

この地をイメージしたという映画が世界中で人気を博して以来観光客がかなり増えたらしいが、いわゆる観光シーズンを外した今は、そうした人影もほとんど見かけない。
そのせいか鄙びた感じさえする、ゆったりと静かな村景。
穏やかな空気は空模様にも影響するのだろうか。

波ひとつない入り江には、青く澄んだ空と崖を背に点在する赤茶色の家々が鏡面のように鮮明に映し出され、その様はキョーコでなくても思わずため息が出るほど美しかった。

「素敵……。」

うっとりと景色に見惚れる彼女の頬で、揺れる髪先がキラキラと光を跳ね返す。
そのひと房をそっと摘まみ、俺は彼女の耳もとに唇を寄せた。

「来てよかった?」

顔を近づけて囁くだけで、さっと色づいていく頬。
こくりと頷いた瞬間に髪からのぞいた耳まで同じ色をしていて。
俺は思わず指先でその場所をなぞってしまう。
とたんにひゃっと変な声を上げながら首を竦める彼女。
何年経っても変わらない、君のそんな純真さが心から愛しくてならない。

「もちろんですっ。だってこんな……。」
まるで絵本の世界に入りこんだみたい、という蕩けそうな呟きが吹いてきた風に飛ばされてしまう寸前、俺は自分の唇でその言葉を彼女の中に封じ込めた。


*



「少し歩こうか。」

そう微笑みかければ、くりくりと瞳が嬉しそうに瞬く。
その表情を見るだけで、自然と顔が綻んだ。

カラフルに彩られた家々をつなぐ通りを、俺たちは当たり前のように手を繋ぎ、寄り添って歩いていく。
なにがあるわけでもない。
ただ、取り囲む雄大な自然を何よりの宝とするこの村。

夏でも雪を頂く険しい山々。
深い海に係留された小さな漁船。
沿岸に並ぶ愛らしい赤色の家々。
すべてが完成された1枚の絵のようで、その中に俺たちがこうしているが不思議に思えるほどだった。

「きれいすぎて怖いくらい。」
「そうだね。でもこの村はちゃんと生きてる。」

絵葉書のような景色だけじゃない。
足元に見かける小さな花や透明な水底で揺れる海藻。
どこからか聞こえてくる鳥の声も。
五感に得られる何もかもが、たしかにこの場所が”生きている”ことを教えてくれる。
そのことがよけいに二人の心を浮き立たせた。

「見て!あそこに黄色い花が咲いてる。」
「ねえ、あっちから海鳥の声が聞こえるでしょ?」

キョーコは普通なら見落としそうな小さなことまでよく気づいて目を瞠り、歓声をあげる。
そうやって俺たちはこの場所が”生きている”証を探し、飽きもせず入り江沿いに村を歩き回り、語らい、微笑み、ときにはふざけあったりもした。

「わぁーーーー、すごいっ!!見て、ほらっ!魚、魚、魚!!」

時折現れる三角形の木組みには、大量の魚が干されていて、この地に根付く人々の普段の生活が垣間見えるようだった。
ふと横を見れば、いったいどれだけの魚が干されているんだろうと君が目を真ん丸にして見つめていて。
そのうち数まで数えだすから、きりがないとおでこをつつく。
「だって、気になって。」
口を尖らせて反論する君を見つめながら、俺は自分たちもこの場所の一部になったような不思議に穏やかな感覚を抱いていた。

……と。
不意に海の匂いのする風が強く吹きすぎていく。
夏も近いというのに、それは驚くほど冷たくて。
とっさに隣りにいた彼女の身体を抱き寄せ、守るように両手で囲い込んだ。
何よりも心地いいその温もり。
俺の背を風はまだ冷気を携えて通り過ぎていくけれど、腕の中から届く温かさがそれを忘れさせてくれる。

「久遠さん、寒くない?」
小首を傾げ覗き込むように見上げる彼女の心配そうな眼の色。
「ううん。キョーコこそ平気?」
「私は……久遠さんが守ってくれているから。」
照れ笑いを浮かべてそういわれ、たまらず頬を寄せる。
「こうすれば全然寒くない。」

そんな顔をされたら、今すぐ抱き上げてロルブーに戻り、全てを俺のものにしたくなるだろう?
今、この瞬間も。
彼女への想いがどんどんふくれあがっていくのがわかる。

もっと近くに。
もっと触れたい。
もっと彼女を。
もっと。
もっと。


本当に君は……なんて簡単に俺を幸せに、そしてやるせなくするんだろう。
無自覚な彼女の小悪魔ぶりに、俺は湧き上がる欲望を必死に抑えつけた。







(つづく)
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