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人言を繁み言痛み己が世に… (4)

※2016/04/29一部改稿

せめて送るといった俺に彼女はあっさりと首を横に振った。

「まだ電車のある時間だから大丈夫です。けっこう距離があるのにこの時間から往復するなんてダメですよ。第一あんな目立つ車で送られて、もし見つかったらそれこそ大騒ぎになっちゃいますから。」

いかにも彼女らしくそう言って浮かべた笑顔はたしかに記憶にあるものと同じ光を放っているのに、一方で確かに俺の知らない3年分の”時”が重なっていて。
かつてよりもどこか儚く、だからこそ美しさを増した“女性“の色を漂わせていた。
その様に、信じようとたった今誓ったばかりの心が脆く揺らぎはじめる。

「そんなの気にするほどのことじゃない。それより俺は……。」

言い知れぬ不安と焦燥がいらぬ言葉を吐き出させる。
本当は、このままこの腕に閉じ込めてどこにも行かせたくない。
ようやく抱き締めた体を、ほんのわずかな時間すら手離したくなんかない。
この期に及んでまだせりあがる切実な感情を捨てきれず、俺はもう一度彼女に訴えかけようとした。

―――このまま俺の傍にいて

それは子供じみた悪足掻きだった。


「ひとりで帰りたいんです。」

けれど揺るがぬ口調に、俺にはもう引き留める術がなかった。
「わかった。それならせめて……。」

連絡先を教えてほしい。
二度と再び、君を見失わないように。

少し考えて、彼女は困ったように小首を傾げる。
そして僅かな間があき
「大丈夫だから……。」
そんな答えになっていない呟きが聞こえた。


*


彼女が去り、ひとりになった部屋は冷え冷えとした空虚に満ちていた。
そこかしこにまだ残る彼女の気配を必死にかき集めても、その寒さは消えることなくかえって増長していくように思える。
彼女を感じているときは、あれほどすべてが温かく心満たされていたというのに。

彼女の温もりがもうどこにもない。
ただそれだけで、俺の中から大切な何かがどんどん失われていき、比例するように圧し掛かる不安に恐怖する。

俺は力を失った身体をソファに埋めた。
そのまま背もたれに両肩を預け、薄暗い天井を仰ぐ。

彼女は確かに俺と同じ道を歩いていくと、そう言ってくれたじゃないか。
それに、俺を愛していると。

信じようと決めた気持ちに嘘はない。
あの瞳を見れば、彼女がどこかへ消えてしまうようなことはもうないと、不思議なほどはっきり確信できた。
だとしたら、信じて待つしかない。
そう思う俺がいる。だが……。

ただ待つばかりの時間が続くのかもしれないという微かな予感だけで、この身を揺るがす耐えきれないほどの震え。
それに気づいた瞬間、俺の頭は一つの想いに憑りつかれた。

待つか。
それとも追いかけるか。
選択肢が二つに一つなら……。

いや、違う。
追いかけて捕まえる、俺の中にはもうその一択しかない、と。

だから――――。



翌日行われた突然の記者会見で、気が付けば俺はその想いのすべてを吐露しつくしていた。
何の躊躇いもなく。




* * *




「お前、3日間の禁固刑な。」


会見を終えて事務所に戻った俺を迎えたのは、なぜかアメリカンポリスのコスプレをしてにやにや笑う社長だった。
顔を合わせるなりそう言われ、ため息とともに肩が落ちる。

「なんですか。それ。」
「言った通りだよ。」

テーブルの上で組んだ両手に顎をのせ、口元のにやつきはそのままにそれでいて射抜くような視線が向かってくる。
機嫌がいいのか、悪いのか。そもそも、この人はいったい何を言いたいのか。
測りかねて、それ以上の言葉を呑んだ。

「うちの迎賓館に部屋を用意してある。とりあえずそこに行ってゆっくり休め。」
「いや、俺は……「休め。」」

そんなこと、受け入れられるわけがない。
今この瞬間にも、彼女の手を取りたくて仕方ないというのに。

焦る気持ちを見取ったように、社長は小さく「バカが」と呟いた。
余計なお世話だ。
俺は立ち上がり、さっさと部屋を出ようとした。……が、背後から声がかかる。

「そんな勢いで飛び出して、どこへいくつもりだ。」
仕方なく振り向き、俺の中ではすでにわかりきっている答えを口にした。
「どこへって彼女のところに決まっているじゃないですか。今度こそ彼女をちゃんと捕まえて、そしてアメリカへ連れていくつもりです。アメリカなら彼女も余計な騒動に巻き込まれることはないでしょうし。」
「連れて行って、それからどうする?」

どうする……?
脳裏をその4文字が駆け抜けた。

「いくら大事だからって、どこか部屋にでも閉じ込めておくわけじゃねーだろう?」
「まさかそんな……。」
「じゃあ、なんだ。気持ちを確かめ合ったから大丈夫、愛し合ってる二人なら一緒にいればあとはどうとでもなるなんて、お気楽なこと考えてたわけじゃあるまい。いや、そのまさかか。」

笑われるのも当然だった。
一刻も早く彼女をこの腕の中に―――正直俺はそのことで頭がいっぱいになっていた。

しかし……。

彼女を愛している。
彼女も俺を愛してくれている。
そして彼女は、俺と同じ道を歩いていきたいと言ってくれた。
気持ちを確かめ合った今、もう片時だって離れていたくはない。

そう思って何が悪い。
愛を標榜して憚らない社長こそ、それをよしとするんじゃないのか?

憤りながら、必死に反論を探した。
1分1秒でも早く彼女をこの手にできるなら、嗤われても呆れられても構わない。
そんなはやる気持ちをどうしても捨てられない。

(連れて行ってそれから……。)

ひとつの大義名分が頭に浮かんだ。

「プロ……「それとも一足飛びに結婚申し込むつもりじゃないだろうな。”敦賀蓮”が。」」

先手を打ってにやりと笑う社長の顔が、憎らしいほど腹立たしい。
わざわざ”敦賀蓮”と誇張する社長の意図は、瞬時にわかりすぎるほどわかった。

俺はまだ彼女に何も話していない。
抱えた秘密を正直に明かすこともせず、プロポーズなんてできるわけがない。
それは彼女を瞞着(まんちゃく)することと同じだ。

―――瞞着

そして俺はハッとした。

いったい俺は何をしようとしていたんだ?
独りよがりな感情に突き動かされ、後先考えず強引にアメリカに連れていくような真似をして、彼女が素直に受け入れるとでも思っていたのか。

『新しく何かを始めるなら、今をきちんと終わらせなければいけないから。』
そう告げた彼女の力強い瞳が頭の中に蘇る。

―――答えは否。

正直になる。
彼女を信じる。
勝手な想いをぶつけない。
そう決意したそばから俺は……危うく同じ間違いを繰り返すところだった。

ふと不安が襲う。
あの会見の内容だって彼女にとってはもしかしたら……。


考え込む俺を見て、社長がぷっと噴き出した。

「まあ、そんなこったろうと思っていたわ。やっと見つけて、気持ちばかり先に走ってたんだろう。それはわからないでもない。だが、もう少し落ち着け。時間がないと焦るのはわかるがな。」

カチリと音をさせライターに火をつけた社長は、いかにもうまそうに煙草をくゆらせた。
くゆる紫煙を目で追ううちに、俺は自分の浅はかさを痛いほど思い知り、力尽きたように再びソファに腰を下ろした。

「まあ、俺のほうも考えていることがないわけじゃない。とにかく今、お前が直接あの子のところに行くのは許可できない。お前が動けばそれこそマスコミが大騒ぎになるだろうからな。あの子が今いるところにだって迷惑がかかる。」
「しかし……」
「いいからお前は迎賓館でおとなしくしていろ。マンションにも帰るなよ。あそこももう張られてる可能性が高いからな。」
「…………。」
「安心しろ。ちゃんと彼女には会わせてやるから。」
「は?」

その言葉に思わず腰が浮く。

「え!?どういうことですか。まさか」

キョーコの居場所を社長に伝えた覚えはない。
いや、そもそも俺自身曖昧にしか知らないのだ。
いくらネットで流れたといっても、昨日の今日で調べられるはずもない。
だとすれば、社長は以前から彼女の居場所を知っていたのか?
知っていて俺に隠し続けていたのか?

そんな疑念が頭をよぎる。
それが顔に出ていたのだろう。

社長は苦笑しながら俺を見た。

「俺もあの子がどこにいるかなんて知らなかったぞ。あのな。本人から電話があったんだよ。」
「え!?」

いいから落ち着けと呆れられ、俺も思わず目を伏せる。
追いかけるように揶揄するような声が耳に届いた。

「言っとくが、お前に会いたいって言ってたんじゃないぞ。あの子は俺に会いたいって連絡をしてきたんだからな。」
「……っ。」
「まあ特別に頼んでやる。お前にも会ってやってくれってな。ただし、いつ会えるかは約束できないがな。」

ぴくりと頬が引き攣るのが自分でもよくわかる。
それをみて、またにやつかれるのが嫌で、意味もなく頭を振った。

「ああ、そういえば……。」

「今回もいつもどおりこのあと1週間は日本にいる予定か?」
「いえ、昨日連絡したので、少なくともあと2週間はこっちにいられるかと。」

即答すると、あははという大きな笑い声とともに「手早いな」と声が返ってくる。

「わかった。ならいい。とりあえず今日はゆっくり休め。いいな。」

明日からの戦闘態勢を整えるためにもな、冗談ともつかぬ顔つきでそう言うとくるりと椅子が回される。
結局俺は、どこからか現れた秘書に伴われ、社長がいうところの迎賓館へと向かった。



* * *




「ああ、キョーコくん。ちょっといいかな。」

翌朝、出社したキョーコはオーナーに呼ばれ、店の3階にある事務室へと向かった。
(退職の件だろうか。)
考えながら、ドアをノックする。
「どうぞ。」
聞こえてきた声に応じてドアを開けたキョーコは、その場に呆然と立ち尽くした。

「やあ久しぶり。キョーコちゃん。」

そこにいたのは思いもかけない人物だった。
さらさらの髪に端正な顔立ち、すらりとしたスタイルのその人物はそこらのタレントにも負けない優雅な雰囲気を醸し出している。
ドアを開けたキョーコに少し顔を傾け、彼は記憶にあるままの優しい微笑みを投げかけた。

「社さん!」

思わず声を上げたキョーコに向かい、笑みを一層深くする。

「ちょっとみないうちにずいぶん大人になったね。すごくキレイになった。でも……少し痩せた?」
「え?あ、はい。少し。って、そうじゃなくて。あの…どうして……。」
「どうしてって……聞かないとわからない?」

やわらかい物腰でさりげなく確信をついてくる様は数年前とまったく変わらない”敏腕”ぶり。
それでいてクスッと笑うその表情の優しさに、キョーコの心は不思議と凪いでくる。

「オーナーさんとはもう話がついてるから、これからちょっといっしょにきてくれるかな。」
「え…、でも。」
「詳しくは車内で話すけど、君は今日付で退職になってる。退職願はもう出ていたようだし、できるだけ早くって言ってたっていうのも聞いたよ。だから構わないよね?」
「え、あ、はい。でも……。」
「君の空いた穴を埋める手配もできているから、何も心配しないで。」

以前より遥かに威力を増した有無を言わさぬ口ぶりは、会わずにいた数年に身につけた”貫禄”のひとつだろうか。

「じゃあ、行こうか。」

そういうとキョーコの頭をポンポンと叩き、先に立って歩き始める。
慌てて後を追いかけながら、キョーコは浮かび上がった戸惑いを切り捨てた。







(続く)
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コメント

  • 2016/04/22 (Fri)
    10:19
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