1/10歩

こちらは仕事の合間にふっと浮かんだSSです。よくあるネタの他愛ないお話ですが読んでいただけたら嬉しいです^^



時刻は、午後3時すぎ。
予定通りだなと思いながら、俺は行きがけに買ったケーキの箱を片手にラブミー部室のドアをノックした。

「はーい、どうぞ!」
聞こえてきたのは何よりも愛しい彼女の声。
「あれ?最上さんひとり?」
まあ、今彼女が一人ここで作業をしていることは、とっくにわかっていることだったわけだけど。
素知らぬ顔で、俺はその部屋に足を踏み入れた。

「え!?敦賀さん!どうしたんですか?突然、こんな時間に。」
慌てて席から立ちあがり目を大きく見開いて、入ってきた俺を見ている。

きょとんと固まっている姿は、まるで動物園のミーアキャットみたいだ。
手を伸ばして撫でてみたくなるけれど……たしか、ミーアキャットって臆病で近づくとすぐ逃げ出すんだっけ?
そう思ったとたん、伸びかけた手が止まる。
でもペットにもなってたよな。ってことは、がんばってかわいがれば懐くのか?
俺だけに懐く可愛いミーアキャット、か。

なんて、ばかげたことを考えていると、彼女がなぜか目の前でじわじわと赤くなっていき、そこでようやく俺が瞬きもせずひたすらじっと彼女を見つめ続けていたことに気づいた。

「あの……敦賀さん?」
「あ。ああ、ごめん、実は今日はこのあとここで打ち合わせがあってね。」

ごまかすようにそう言って、いやごまかさなくてもよかったなとも思う。
ここで、君が可愛いすぎて見惚れてた、なんて言ったらいったいどんな顔をするんだろう。
以前は、そんなことを言って揶揄うこともできたのに、最近はそれすらできなくなった。
それくらい今は……君を前にしただけで押し隠した想いが溢れて零れて心がはじけそうになる。

「前の取材が意外と早く終わったものだから、ここでちょっとひと休みさせてもらおうと思って。」

役者の沽券をかけて本心は見せず、何でもないことのようにそう言うと、ああなるほどと大きく頷く君。
思わずふうと息をついた。

本当は、前の取材を巻きに巻きまくって予定より相当早く終わらせたんだけどね。
それを知ったら、君はどう思うだろう。
仕事を何だと思ってるんですか!なんて口をとがらせ、両手を腰にあてて怒り始めるかもしれないな。
鈍感な君は、それがどういうことを示すのかなんてこれっぽっちも考えもせずに。

怒った顔も好きだけど、勘違いして軽蔑されたらイヤだからそれは内緒にしておこう。
現に社さんは呆れてモノも言えない様子だったからね。
今日は君が一人でここにいると、焚きつけてくれたのは社さん本人だったくせに。

社さんの間の抜けた呆れ顔を思い出し、クスリと笑う。

そんな俺に他意無く微笑み返し、君は「こんな場所でよかったらいつでもいらしてくださいね。」と小首を傾げた。
そのはずみで揺れる髪先にライトがあたってキラキラ光る。
つい目を細めてしまったのは、その照り返しが眩しかったせいなんだろう。きっと。たぶん……。


「あ、これはお土産。」
思い出して手にした箱を小さく掲げると、ロゴを確認した瞳がぐいとひと回り大きくなった。
「うわあ!!!このお店、今評判のパティスリーですよね!嬉しいっ!わざわざありがとうございます。」

ぱあーっと大輪の笑顔が花開き、俺は思わず目を眇めた。
うん。
俺は君のその笑顔を見たかったんだ。
それだけで、急かした仕事の疲れもあっという間に癒され、全身が幸せな気分で満たされていく。
もっとも、それがケーキのおかげかと思うと、なんだか少し複雑な気もするけれど。

「あっでも、せっかく買ってきていただいたのに、モー子さんも天宮さんも今日は撮影でここには来られないんです……。」
しょぼんと眉を下げた君にあわせ、知っていたとは言えない俺も精一杯残念そうな表情を浮かべた。

「そうか。せっかく買ってきたのに残念。でも、生ものだからできるだけ早く食べないといけないし、よかったら誰かと……」
「あ、あのよかったら、ここでいっしょに召し上がっていただけませんか?おもたせで申し訳ないんですけど、今すぐお茶を淹れますから。」
「ありがとう。じゃあ、せっかくだから。」

甘いものがいくら苦手でも君とゆっくり過ごせるチャンスを断る道理などどこにもない。
そもそもそれが目当てで買ってきたケーキだし。

「よかったらお好きなのを選んでおいてくださいね。」
「あ、待って。せっかくお土産に買ってきたんだから、まず最上さんが先に選んでくれる?」
そう言うと彼女はうーんうーんと悩みながら、チェリーのコンフィチュールが色鮮やかなガトーを指さした。
「これ、かな。でもこっちも捨てがたいし……。」
けれど、指先がショコラブランにフランボワーズが添えられたもうひとつにも迷いだす。

買ってきたケーキは3個。
一見すると、それは彼女たちラブミー部員3人分だけれど。
本当はちょっと違う。

「よかったら最上さんが迷っているその2つとも食べたら?小さいから、それくらい食べられるよね?」
「え!?でも……」
「生ものだから、残してもしょうがないでしょ?琴南さんと天宮さんにはまた次の機会に。」
にっこり笑ってウインクすると、彼女はパッと頬を赤く染め、「じゃあ……」とそれはそれは嬉しそうに頷いた。

もちろんここまでぜんぶ想定内。
そうして俺は密かに自分用に選んできたゴルゴンゾーラのチーズケーキを指さした。
そのお店で一番甘くない、というケーキ。
「じゃあ、これは俺がいただくね。」



「うわあっ、美味しい!」
大口を開けてぱくりとひとくち。
ほっぺたをふくらませ、それはそれは美味しそうにケーキを頬張る君は本当に幸せそうで、見ているこっちまで笑顔になる。
「最上さんは、何でも本当に美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ。」
素直にそういった俺に
「だって、本当に美味しいんですもの。それに見た目も可愛くて、本当に幸せ。」

あっという間に半分に減ったケーキを前に、君は一段と幸せそうに微笑んだ。
そんな君を間近に見ていられる、俺のほうがたぶんずっと幸せだろうけれど。

「こういうの好きなんだ。」
「ええ、大好きです!」

―――じゃあ、俺は?

言えない言葉を心の中で囁いてみる。
どうしようもなく好きなくせにいい年して愛の言葉一つ口にできない俺は、傍から見ればかなりのヘタレなんだろうな。
彼女に向き合うと、いつだって俺は弱気の塊だ。
一歩踏み出す勇気が持てずにいつもまごついている。
ああ、でも……。
1/10歩くらいなら、頑張れば俺でも踏み出せるだろうか。

「敦賀さんが召し上がっているのは何なんですか?」

俺の考えていることなどつゆ知らず、無邪気に君は身を伸ばす。
とたんに視界に飛び込んでくる毛先のキラキラが目にひどく眩しい。
それなのになぜか目よりも胸のほうが、刺が刺したようにキュッと痛んだ。

「ん?これはゴルゴンゾーラのチーズケーキ。甘さ控えめで美味しいよ。」

わあ、モー子さんが好きそうと、無邪気に覗き込んでくる君。
ちょっと俺が背を伸ばせば、キスできそうな距離まで、顔が近づいてきて俺の頭が真っ白になりかける。

「最上さんが食べてるのもおいしそうだよね。」
「ええ、これすっごく美味しいです!」
「じゃあ……」


―――1/10歩。


「ひと口いただくね。」
茶目っ気たっぷりにそう言ってウインクし、彼女が驚いて固まった隙に……。
俺は細くて白いその手首を掴み、彼女の手に握られたフォークに刺さった一口分のケーキを頬張った。

「うん。意外と甘くなくて美味しいね。」

まだ握ったままの手首から、どくどくと伝わってくる脈音。
それが彼女のものなのか、自分のものなのか、よくわからない。
わからないけれど……わかることがひとつある。



握った手首はまだ離せない。






Fin
キョコちゃんはこのときどう思っていたのやら。
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