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旅する蓮キョ ~Eger~


「キョーコ、飲みすぎ。」
ぺしっと額を叩くと、キョーコは小さく眉を顰め唇をツンと尖らせる。

「大丈夫れすもん、これくらい。」
いや、どう見ても酔っぱらいだから。
心配になって顔をのぞけば、平気!平気!と言うけれど、目はトロンとして瞳がゆらゆら揺れている。
上擦った声が少し舌っ足らずになっているのは、やっぱりだいぶ酔いが回ってきてるんだろう。
すぐ酔っぱらうくせに意外とお酒が好きなキョーコには、いつもはらはらさせられる。
まあ、こうして俺が隣についていられるときにはいい。
そうでないときにもし知らない男の前でこんな顔をされたら…、そう思うと正直気が気じゃない。

「俺がいないときは、グラス一杯までって約束覚えているよね?」
だから、何度も何度もしつこいくらい言っていることをついまた口にしてしまった。
「ちゃんと守ってますっ!」
すぐにぷうと頬をふくらませ豪語しながらふふんと胸を張ってみせるキョーコ。
その仕草がひときわ可愛くて、つい手が伸びた。

細い首筋に手を差し入れ、さらさらの髪を指先に巻き付ける。
温かくてしなやかな、他では得られない心地よい感触。
するとキョーコは、その手に頭を軽く預け俺を見上げてきた。
「でも、今日はいっしょだからいいでしょ?」

……くっ。ヤバイだろう。それは。

キョーコに上目遣いにねだられて断れるわけがない。
計算でやっているわけじゃないから、余計にたちが悪いその視線。
思わず口元が緩み、
「じゃあ、あとちょっとだけだよ。」
答えてしまう俺。

まったく俺はどうしてキョーコにこんなに弱いんだろう。

思いながら、くしゃくしゃっと栗色の頭をかき回すと「ひゃあ!」という小さな悲鳴が聞こえてきた。
いやいやをするように頭を振って「蓮さん、ひどい……。」なんて呟くから、つい顔を覗き込むと見えたのは、わずかに開いた艶々の唇、キラキラと潤んだ瞳。そして、ほんのり朱に染まった目元。

その瞬間、たまらず俺は薄紅色の目元にキスを落としていた。
途端にぴくんと肩が跳ねて、目の前の小さな顔がパァーッと耳先まで赤くなっていく。
そんな初心な反応がことさら愛しくて、そのまま唇にキスを重ねた。

甘い……甘い唇。
それだけじゃない。
やわらかくて心地よくて、一度触れるともう離れられなくなる。
離れられなく……。

と、いきなりグゥーッと胸を押され、驚いて顔を上げた。
「れ、れ、蓮さんっ!な、な、な!」
「何ってキス?恋人同士なんだから構わないでしょ?」
いくら自覚がないからって、キョーコが仕掛けたことなのに。
「だ、だ、だって、こんな……。」

たしかにここは外だけど。
日本じゃないし、大丈夫。

なんてことがキョーコに通じるわけがない。
酔って足もとも覚束ないくせに焦って逃げようとするから、彼女が言うところの“神々スマイル”を全力で手向けた。
キョーコがこの微笑みに弱いのはよく知っている。
自分の武器は、最大限有効に使わせてもらわないとね。

「キョーコが可愛すぎるのがいけない。」

案の定、赤い顔をさらに一層赤くしてキョーコはピキンとその場に固まった。
だから俺は……ふるふると揺れる唇にもう一度キスをした。
甘くて深い、した俺ですらクラクラするようなキスを。

んん……

華奢な身体がふわりと大きく揺れた。
「ほら、やっぱり足元がふらついてる。」
そう言って俺は両腕を彼女の背に回し、さりげなく抱き寄せた。
閉じ込めた腕の中から伝わってくる温もりがたまらなく心地いい。
「危ないからちゃんと俺に捕まって。」
言った俺にキョーコはこくんと頷いた。

頭に熱が回って酔いが一気に回ってしまったのだろうか。
この可愛い酔っぱらいはもうさっきのように恥じらい逃げようとすることもなく、きょとんとした顔で俺をみる。
そうしてあっさり俺の胸に身体を預け……不意ににこっと顔を崩したかと思うと「あともういっぱーい!」と叫んだ。

まったく……。


*


じつは俺たちは今、ハンガリー東部にある小さな古都エゲルに来ている。
本当はドナウの真珠とも言われるブダペストの夜景を見に来たのだけれど、首都だけに喧騒に満ちた街並みはどこか落ち着かず、気がついたらこの町に向かう列車に乗っていた。
「美女の谷っていうところがあるみたいなんです。そんな名前のつくところっていったいどんなところなのか気になって。ほら。」
しかもここワインの名産地なんですよ、などといいながらガイドブックを俺にみせてきたキョーコ。
そこに載っていた古都の町並みは思いのほか美しくゆったりとした雰囲気で、俺も不思議と心惹かれた。
「じゃあ、行ってみようか?」
「はいっ!」


キョーコが見つけた”美女の谷”は、エゲル郊外にある小さな谷地のことだった。
谷地を取り囲んでいるのはブドウが植えられた小高い丘。
その斜面には幾十もの穴蔵が掘られていて、入り口にはテラスが据えられているものもちらほら。
というのもじつはこの穴蔵、ぜんぶ個人経営のワイナリーらしい。
中をのぞけば、さらにテーブルが並び奥にはワイン樽がずらり。
好きなグラスワインを一杯数十円から数百円で試飲できると聞き、キョーコは目を輝かせた。
「よーしっ!全部制覇するぞぉー!」
いや、これぱっと見ただけでも数十はワイナリーがあるから。
1カ所1杯しか飲まないとしても、キョーコなら軽く数回はつぶれる量だろう?
なんて心配する俺をよそに、キョーコはさっそく1カ所目に駆け出していった。


*


キョーコの上目遣いに俺が勝てるはずもなく、結局5軒目の”穴蔵”に足を運んだ俺たち二人。
中ではすっかりできあがったドイツ人観光客たちが、楽しげに歌を歌い肩を組んで飲んだくれていた。
ご機嫌のお姫様は、酔っぱらいに国境なしとばかりにグラスを片手にさっそくそこに潜り込む。

「カンパーイ!」

楽し気に響くキョーコの声。
まったくいくら人懐こいといったって、初対面のしかも言葉もろくに通じない集団にまじって……。

おい、ちょっと待て。

興が乗った勢いで、右から左からキョーコの肩に手をかけようとする腕をみつけ、慌てて彼女を引き寄せる。
無防備で無邪気な彼女は何も気づいていなかったらしく、え、なに?と驚いた顔で俺を見上げた。

『わははは!君の彼女は可愛い子だな。』
『肩を組むくらいどうってことないだろう?』
『これくらいで焼きもちをやいていると呆れられるぞ。』

右から左から口々にそう言っては、にやりと笑うドイツ人のおやじども。
そんなこと、言われなくたって充分わかってる。
だからって、我慢できるもんじゃないんだ。

だからそれを無視してキョーコに向き直った。
「もう飲むのはそれくらいにしておかないと。このあとの食事が食べられなくなっちゃうよ。」
そう言って額をピンと爪弾いたら、すぐに眉毛がシュンと下がる。
「ごめんなさい。」
あからさまにしょぼんとしたその姿に慌てて「怒ってないよ。」と言おうとした瞬間―――。

恐る恐る目線を上げ、キョーコは言った。
「あのね……。こんな風に一緒に過ごせて嬉しくて幸せ過ぎて。それに蓮さんが一緒にいてくれると思ったら安心して。それでつい飲みすぎちゃったみたい。」
懸命に背伸びをし、俺の耳もとに口を寄せてもう一度囁かれた、ごめんなさいの声。
甘い吐息が耳を擽り、やわらかな香りが鼻先を抜けていく。

―――お願い。嫌いにならないで。

そして続けられた言葉に、身体中を熱が巡った。


キョーコは酔っぱらうと、ちょっと意地っ張りで恥ずかしがり屋なところが薄れ、素直に俺に甘えてきてくれる。
いつもなら絶対言ってくれない言葉をポロリと口にすることまであるから、つい酔わせたくなってしまうんだけれど。
それにしてもこれは……。

言葉はわからずとも雰囲気で察したのか、やいのやいのとはやしたてはじめるドイツ人たち。

くそっ、いつまでもこんなところにいられるか。

さっと唇にキスを落として周囲をまとめて黙らせた隙に彼女を抱え上げると、俺はさっさとその場を後にした。
背後から響く笑い声に、キョーコが少し名残惜しそうにつぶやく。
「まだ飲み切ってなかったのに……。」

まったく……と思う俺のシャツがツンツンとひかれる。
顔を向けると、シャツをしっかりつかみながら困ったように俺の胸元に顔を埋め、必死にしがみついてくるんだ。


この子は本当にこれだから……目が離せない。


今夜はお仕置き、だな。



そして俺は周囲の目などものともせず、腕の中の唇を心ゆくまで啄んだ。






Fin
エゲル、大好きな町です。
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