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マイハジメ

桜が満開になったとのニュースを聞いて。
こちらは「サンブザキ」の続きとなります。



長いようで短い、短いようで長い一週間がようやく過ぎる。
あれから撮影所への行きに帰りに、桜並木を観察するのが日課になった。

ふくらんでいた蕾はわずか1日ではじけるように花開き、まだ枯れ木に似た枝先に全力でしがみつく。
はじける蕾は日を追うごとに数を増し、並木通りの色彩を一気に変えていった。
誰かが知らないうちにそっと花房を枝にくくりつけているんじゃないかと思うほど、花の増え方は激しい。
それがさらに目覚ましくなったこの数日、俺は何度まだ満開にならないでくれと祈ったことか。

それにしても……不思議だね。
今まで幾度となくこの道を通ったけれど、考えることはいつだって前の仕事か次の仕事のことばかり。
こんな季節の移ろい、視界に入れてはいても記憶の片隅にすら残っていなかった。
それが、君が少し関わっただけで、同じ景色がこんなにも鮮やかに記憶に焼き付き、心揺さぶるものに変わるなんて。

次第に数を増していく薄紅色の連なりは、日に日にふくらんでいく君への想いにも似て。
いつか散ることを拒む気持ちさえ、俺に生じさせた。
そうやって気持ちを重ねたせいだろうか。

満開の木の下に埋もれるように佇む君を、どうしても見たいと心から願った。


*


次の週、約束通り最上さんは撮影所に来てくれた。

「あれ?キョーコちゃん。」
不思議そうに呟いた社さんの視線が、すぐ俺に向く。
「ありがとう。待っていたよ。」
が、彼女に向かってそう声をかけた俺を見て何か納得したように頷き、それ以上何も言わない。
相変わらず察しのいい人だ。
だから気にせず、彼女に話しかけた。

「あの桜並木、覚えてる?」
驚いて目を丸くする彼女。
「たぶん、今日あたりちょうど満開。」
言った俺に、ああという顔をしてにっこりと微笑む。
その笑顔を見た瞬間、春風が頬をやさしく撫でたような気がして、思わず目を細めた。

「君と……見たくて。楽しみにしてた。」



* * *



次の約束を交わしただけで、こんなに幸せな気持ちになれるなんて思ってもみなかった。
二人きりの時間は、心臓がはち切れそうになるほど苦しかったのに。
終わってしまうと、過ぎ去った時間が恋しくて切なくて、たまらない気持ちになる。

―――これが恋。

かつて私が知っていた”好き”という気持ちの、その先にある想いが今この胸にたしかに息づいている。
それが、敦賀さんへの想い。
初めて知る、想い。
私の、恋。
自覚すればするほど苦しくなる。

そんな私にとって、約束の日までの一週間は短いようで長く、長いようで短いものだった。

早く会いたい。
でも、会うのが本当は少し怖い。

揺れ動く心をもてあましながら、ようやくまみえた瞬間。
敦賀さんは、たった一言でもう私の心を縫い付ける。

「君と……見たくて。楽しみにしてた。」

言われた言葉が頭の中で反響し、瞬く間に鼓動が早鐘を打ち始める。
同時に頬がひどく熱を持ち始めたことに気づき、つい俯いた。
春の風がからかうように耳もとを吹き抜けていく。
そのせいで跳ね上がった髪が目じりを掠め、一瞬顔を上げた私を――――敦賀さんがじっと見ていた。



* * *



春の夕べを従えて車が走る。

順調以上の早さで終わった撮影後、苦笑する社さんに見送られ、俺たちは車に乗った。
バケットシートにすっぽりと身を埋めた彼女。
その姿を覆うように、淡く漂う夕闇が窓ガラスを越えてゆっくりと流れ込んでくる。

―――きれいな、横顔。

見惚れかけた自分が照れくさくて、どうでもいいことを口にした。

「不思議だね。どうして日本人はこんなに桜に心惹かれるんだろう。」
「本当にどうしてなんでしょう。思わず目を奪われて、なんというか……郷愁がそそられるんですよね。もっとも花より団子、っていう人もかなり多そうですけど。」

くすっと笑いを漏らす音が聞こえ、車内の空気が一気にやわらかく変わる。

「でも、敦賀さん……。」
「ん?」
「日本人は、なんてまるで自分が日本人じゃないみたいな言い方。」

ドキリと胸に痛みが走る。
そう、俺は日本人じゃない。
でもその真実をまだ、君には言えない。

「花より団子、か。私もその一人かなあ。」
ふうと小さくため息を漏らした俺に気づくことなく、彼女はひとりごとのように呟くとクスクスと笑い続けた。

小さな鈴の音のように、耳に心地よく響く声音で。



* * *



桜並木を私と一緒に見たいと、敦賀さんは言ってくれた。

それだけで天にも昇りそうなほど弾む気持ちがしていたのに。
顔をむけるたび注がれる敦賀さんの眼差しがやさしすぎて。
二人きりの空間が息苦しいほど愛おしい。

―――この時間が永遠に続けばいいのに。

つい願う私の目に、信号の赤い光が映る。
あの交差点を曲がると桜並木が始まる。

でも―――。

まだ桜並木はみたくない。
満開の桜はみたくない。

だってそれは、この幸せな時間の終わりの始まり。
桜を一緒に、という約束が叶ってしまったら……。

―――もう次の約束はない。

だからその瞬間(とき)を少しでも先延ばししたくて。
角にあるスーパーを見つけた途端、私は思わず口走っていた。



* * *



「あ、ちょっと車を停めていただけますか。」

桜並木の入り口にさしかかったところで、彼女は不意に言った。

「あそこのスーパーで夕食の材料を買ってきちゃいますから、ちょっと待っててください。」
「俺もいっしょに…「だめですよ。すぐばれちゃいますから。」」
言われて仕方なく、上げかけた腰を戻す。
「すぐ戻ってきますから。」

そう言って駆け出した彼女の背中を目で追った。

仔鹿のように軽やかに走っていく後姿。
そのたび左右に揺れる栗色の髪。

このまま戻ってこなかったらどうしよう、なんてありもしない心配をしてしまう俺を冷やかすように、路端の街路樹の枝がさわさわと揺れた。

なぜだろう。
たった一週間で風の色まで変わったような気がする。



「お待たせしました!」

買い物袋を両手に抱え戻ってきた君。
荷物を運ぶのを手伝おうと、車から降りかけた俺を見て、焦った顔で首を振る。
あまりにも必死なその形相に、仕方なく俺は乗ったまま彼女が乗り込んでくるのを待った。

「もうっ本当に自覚がないんだから。車から降りようとするなんて、もってのほかです。」
「ごめん。でも……」
「私なら平気ですから。こう見えてかなりの力持ちだし。」

きゅっと腕を曲げてみせるけれど、力こぶができるようにはとてもみえなくて、ついくすくす笑ってしまう。
するとすぐに唇をつんと尖がらせてみせるから、
「たしかに。俺を後ろに乗せて自転車をこげるくらいだものね。」
懐かしい記憶を口にした。

「な、懐かしすぎですっ!その話題。あれは火事場の馬鹿力、っていうやつです!」
顔を真っ赤にしてますます尖る唇が可愛すぎて触れたくなって、思わず頭に手を遣った。

やばい。
口が緩む。

「荷物、大丈夫?」
膝の上のビニル袋はパンパンだ。
「いっぱい食べてもらいたくて、ついいっぱい買いこんじゃいました。」
勢い込んで言う君の瞳はキラキラと子供のように輝いていて、瞬時に俺は目を奪われる。

「敦賀さん、そんなに身体は大きいくせにいっつも少ししか召し上がらないから。身体の大きさ分くらいは食べるようにしないと、もちませんよ。」
「でも俺、君の作ってくれたものはいつも残さず全部食べているけど?」
不本意な気持ちをあえて顔に出すと、君の頬にさっと朱が走った。

「それは……そう、ですけど……。」
口ごもる君の前髪に、何かついている。
ゴミ?
「あ。」
身体を寄せてそっと手を伸ばすと、君はきゅっと身を竦めた。

―――そんなに構えないで。

痛みが走った心を押さえつけて、俺は微笑みを浮かべる。
でも一方で、こんな俺の気持ちをちっともわかってくれない君に少し意地悪したくもなって。

「花びらがついていたよ。」

偶然を装って耳朶に触れた。
ひんやりと柔らかいその感触に、目の前でぷるると揺れる桜色の唇が重なる。

―――このまま唇を奪ったら、きみはどうするだろう。

ちょっと触れただけで、頬だけでなく顔中真っ赤に染めてしまうほど純情な君を見つめながら、俺はできるはずもないそんなことを思った。



「もう、散り始めているんだね。」

張りつめた空気をほぐそうと何気なく口にした言葉に、花に重ねた想いを思う。
散るなんて、これっぽっちも考えたくないのに。

「舞い始め。」
「え?」
「桜が満開になっていることをそう表現するってどこかで読んだんです。」
「舞い始め……?」
「ええ。だからこれは、散り始めじゃなく舞い始め、ですね。きっと。」

上目遣いににっこりと微笑む君。
その微笑みと言葉は、いつだって俺の渇きかけた心に確かな潤いを届けてくれる。
今も、そうだ。

「舞い始め、か……。日本語は本当にきれいな言葉だね。」
―――舞い始め。散るのではなく、舞う、のか。

想いが舞い上がる、それは“散る”よりもずっと心に心地いい。

「あ、またです。」
「ん?」
「まるで日本人じゃないみたいな言い方。」

くすくすと笑う君に、もういっそ何もかもぜんぶぶちまけたくなって。
こくっと唾をのみ、エンジンをかけた。


「うわあ、ほんとに満開……ううん、舞い始め。なんてきれいなんだろう」

可能な限りゆっくりと車を走らせながら、歓声を上げる君をそっと横目で見つめる。
この指でつぶさになぞりたくなるほどきれいな輪郭。

――――きれいなのは、君のほうだ。


俺は心の中でそっと呟いた。






Fin  ~あともう一話~
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。

満開になるのが予想より少し早かったので慌てて書き上げました。あとで少し手直しするかもしれません。
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