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人言を繁み言痛み己が世に… (1)

※2016/04/29一部改稿

こちらは「家にありし櫃に鑠さし…」「遺れ居て恋ひつつあらずは…」「降る雪はあはにな降りそ…」の続きになります。そちらを読んでからお読みください。



夢を見ていた。

――君の
―――あなたの

手を取り、共に歩く夢を


ごうごうと唸りを上げる風が辺りを取り巻き、
耳を塞ぎたくなるほど煩く激しく吹きつけてきても
構わず歩いていく二人。

後ろを見れば二つに分かれている道が
前を向くと一つの道へと変わっていく。
どこまでも続くその道の向こうは明るく、つなぐ手は温かい。

そんな夢をみていた。

――夢を現実に変えてみせると誓う俺
―――現実は夢のように甘くないと諦観する私

今二人の間には大きな川が揺蕩い、夢と現実を大きく隔てている。
渡ろうとすれば、その流れは時に水嵩を増し、時に荒れ狂い、
すべてを跡形もなく流し去ってしまうかもしれない。
それでも……

――俺たちは
―――私たちは

また同じ夢をみようとしている。
手を取り合い、共にどこまでも歩き続ける夢を



言を繁み言痛み己が世に未だ渡らぬ朝川渡る
(万葉集 但馬皇女)


「もう会えないと思ってた。」

手にした箸を置いたかと思うと急に真顔でそう言われ、キョーコは驚いて相手の顔を見返した。
「どうして?」
今度は逆に相手のほうが驚いた顔をする。
「どうしてって……当然だと思わない?」
「当然?でも、今日はお互い仕事だし。シフトが重なれば会えるにきまってるよね?」
本気で首を傾げるキョーコをみて、隼人は思わずクスリと笑った。
笑われてキョーコはついむきになる。
「いくらバイトでもちゃんと責任感をもって仕事をしているつもりだよ。そんな勝手に休んだりしません!」
「いや、そうじゃなくってさ。」
クスクスからハハハへと笑いが大きくなっていく隼人の笑い声。
……が、突然それがぴたりと止まった。

「あの人……、本物だったんだろう?」

「え?あの人?……あ、え、えっと……その………」
一瞬固まり、キョーコは困ったように口ごもる。
その様子を隼人がじっと見つめた。

周囲に人はいない。
それなりに人気の和食店ながら、ランチタイムを外したせいか店内は空いていた。
二人がいるのは奥にある少し落ちついたテーブル席で、声を少し低めるだけで会話を聞かれる心配もない。

それを見越してか、隼人はゆっくりと言葉を続けた。
「キョーコちゃんって、あの”京子”だったんだね。」
キョーコの顔色がはっと変わり、すぐにしまったと俯く。
「内緒にしていたわけじゃ……ないんだけど……。」
「うん、わかってる。何か事情があるんだろうなっていうのは、君が働きはじめたときから感じていたし。」

おそらく隼人だけではない。
書店のスタッフみんな、キョーコに言えない事情があるのは察しているだろう。
過去の話を振られても笑顔でかわし、何も話さないキョーコ。
周囲の誰とも深くは交わらず、どこかで一線を引いている。
けれど誰も何も言わず、やさしくキョーコを受け入れてくれた。
それが何よりうれしくて心安らいで。
だからこそキョーコはここに腰を落ち着けることができた。

そんな大切な人たちを裏切るような真似、何も言わず突然消え去るような恩知らずなこと、できるはずがない。

―――もうここにいられなくなるとしたら、なおさら。


だからここに……帰ってきた。


*


「といっても今日ランチに誘ったのはそっちじゃなくて。」

聞こえてきた声に、ハッと我に返る。
昨日のことを思い、恐る恐る顔を上げたキョーコの目に入ったのは、穏やかに微笑むいつもの隼人の姿で。
ほっとしたのもつかの間、
「……昨日の話の続きをしたいと思って。」
言われて、身体がピキンと固まった。
その様子に何を思ったか、すっと姿勢を正した隼人がキョーコの瞳をまっすぐに捉える。


「最上キョーコさん。俺と結婚を前提につきあってくれませんか?」
予期していたよりも、もっとずっと重い言葉にキョーコはその目を大きく見開いた。
「え、えっと……あの、ご、ごめんなさい。私……」
焦りすぎてうまく言葉が出てこない。
眉がハの字にぐっと下がり、戸惑う視線が左右をキョロキョロうろついた。
そんなキョーコをみて、隼人は少し乗り出していた身体をゆっくりと元に戻し、ふっと笑った。
答えはわかっていた、とでもいうように。

「……なーんて。冗談。冗談でもないけど。でもあんなの見せられたら、俺なんかじゃ太刀打ちできないや。」
「あのね、隼人君。あれは……」
言いかけたキョーコを片手を上げて制する。
「いいんだ。昨日のことがなくても無理だろうなってわかってたから。でも、ちゃんと言ってきっぱり振られないと俺の中で気持ちにけりがつけられなくってさ。ごめんね。自分勝手な真似をして。」

顔はたしかに笑顔を繰り出しながら、その声に潜む物悲しい響き。
それを感じ取ったキョーコの胸が軋むように痛んだ。
「ごめん、なさい……。」
「謝らないで。結果がわかってて言った俺が悪いんだから。かえって困らせちゃってごめん。」
「そんな。でも……。」
「あのね。俺ってほらすっごくいいヤツでしょ?だからかな。昔っから好きな子に告白するたびに友達なら最高なのにって、さんざん振られてきたんだ。だから慣れてるからさ。ほんとに大丈夫。」
こう見えて意外と打たれ強いしね、と笑う。
それでも眉を下げたままのキョーコに、隼人は頭に手を遣った。

「まいったな。そんなに困らせるつもりはなかったんだけど。ほら、キョーコちゃんっていろいろ気遣い屋さんだからさ。中途半端に話をしかけたままだと、それはそれでずっと気にしちゃうんじゃないかって心配でさ。でも、これじゃ本末転倒だったな。」
「あの、ね。隼人君。私……」
言いかけたキョーコの言葉を、左右に首を振って遮る。

「いいんだ、本当に。それより会えて……こうしてちゃんと話ができてよかった。もう会えないかもしれないって思ったから……。」
こらえた声色で語られるやさしい言葉が何より辛い。

「俺は君に会えてよかったって心から思ってる。君の一生懸命な姿を見てると俺もがんばらなきゃって思えた。笑顔を見れば幸せになった。何か辛い過去があるのなら、俺が支えてあげたいって思った。
つまらない恋はいくつもしたけれど、いつだって相手になにかしてもらいたいって思うばかりで、こんな風に何かしてあげたいって思えたのは初めてだったんだ。
正直驚いたよ。自分がこんな風に他人のことを想えるなんて。
キョーコちゃん。そんなかけがえのない気持ちを教えてくれてありがとう。」

淡々と語られる声はときおり語尾が震えていて。
笑顔を浮かべていてもどこか哀しげに揺れるその瞳に、つい熱いものがこみ上げるけれど、
―――私が……泣いちゃいけない。
キョーコは唇を噛んで必死に耐えた。

「ほらほら。そんな顔しない。さっ、この話はこれでおしまいにしよう?ところで……」
パンと小さく手をたたくと隼人は急に表情を硬くする。


「……キョーコちゃん。今朝テレビ見た?」

「テレビ?見てないけど……。」
突然の隼人の言葉に、キョーコはひどく困惑した。
昨夜遅く家に帰り、朝は急いで仕事に出てきたから、テレビなんて見もしなかった。
でもそれがいったいどうしたというのだろう。

「どうせすぐわかることだと思うから言うけど……。あのね、敦賀蓮がいきなり田舎町の喫茶店に現れたって朝からテレビで大騒ぎだったんだ。」
「えええ!?」
思わず声がひっくり返る。

「どうやらあの喫茶店にいた誰かが写真を撮ってたらしくて。それがTw***erであっという間に回ったみたいでさ。」
淡々と語る隼人の言葉に、キョーコの顔からサァーッと血の気が引いていく。
「どうしよう、私……。」
「うん。君もすっかり有名人。もっとも顔は隠れていたし、抱き上げられていたせいで体つきもわからなかったから、あれが君だなんて気づいた人はいないと思うけど。」
そう言われ少し肩の力を緩めたものの、すぐに問題は全く解決していないことに気づいた。

(敦賀さん……。私、敦賀さんにとんでもないスキャンダルを……)

ますます蒼白になるキョーコをじっと見つめ、隼人はゆっくりと口を開いた。

「彼のところに、いくの?」
「えっ?」
「恋人だったんでしょ?」
いきなり直球を繰り出され、言葉もでない。
うんともいいえとも答えられず、キョーコはつい目を伏せた。

「昨日一人残されて、そのあと……いろいろ調べたんだ。それで、君が”京子”なんじゃないかって気が付いた。画像を見たときは、正直別人じゃないかとも思ったけど……よくみたら面影があったから。
京子が敦賀蓮とつきあっているっていう話もそのとき見つけたよ。まあ、それは当時もいろいろ騒がれていたけど。」

二人の間にどことなく気まずい沈黙が流れる。
それを断ち切るように隼人が静かに口を開いた。

「あの人、本気で君を好きなんだね。」

キョーコはびくりと大きく身体を震わせる。
しばらく沈黙が続き、やがてようやく顔を上げた。
その瞳が何か言いたげにふるふると揺れている。

「俺、視線だけで殺されるかと思ったのなんて初めて。それくらいあの人は……本気で俺に嫉妬していた。」

固まるキョーコを覗き込み、隼人は小さく儚い笑みを浮かべた。
その視線の先が、さりげなく首筋に残る小さなキスマークを見つめていたことにキョーコは気づいていない。

「キョーコちゃん。君も……今でもあの人のことが好きなんでしょ?」

どう答えたらいいかわからなかった。
返す言葉が見当たらない。
でも嘘はつきたくない。
しかたなくキョーコは黙って小さく首を縦に振った。

「彼について……いくの?」


重ねられた言葉に昨夜の記憶が蘇る――――。




* * *




「俺の話を……聞いて?」


耳もとで囁かれた言葉にキョーコは肩を震わせた。
揺らぐキョーコの心を察したように、蓮はやさしくその身体を抱き締める。
愛していると、信じてほしいと、ただその真情を伝えたくて。
そうして栗色の瞳をのぞき、安心させるようにそっと唇を重ねた。
さっきまでの激情に駆られた激しいキスとは違う、やさしく慈しむような触れるだけのキス。
次々とこぼれ落ちる涙も、指先で、唇で、静かに拭いとっていく。

「敦賀さん、私…………ごめんなさい。」
どんなに拭っても後から後から溢れ出す涙ですっかりぐしゃぐしゃになってしまった顔を、それでも必死にまっすぐ蓮に向けキョーコは言った。
「どうして謝るの?」
「だって、私……何も言わず、逃げ出して………」
静かに首を横に振り、蓮は回した両腕にもう一度力をこめる。
「………謝らなきゃいけないのは、俺のほうだよ。」


それから蓮はゆっくりとアメリカに渡ってからの自分の話をはじめた。

仕事が思うようにいかず、功を焦って荒れていた自分。
離れたことでより切実になったキョーコへの想い。
その想いに比例するように高まる不安。
それらすべてに次第に心が追い詰められていったこと。
そんなときに巡り合った、運命を変えた映画……。

「あの映画は、ドキュメンタリーに近い形で撮影されたんだ。
3か月の撮影期間、俺は外部の誰とも連絡を取ってはいけない契約を求められた。そんな契約をしたことすら誰にも話してはいけないという条件でね。」

(だから、あのとき急に連絡が途絶えて……。)
初めて知った事実にキョーコは瞳を瞬かせる。

「あの頃……君の心も俺自身の心も互いに離れかけていることを感じていたのに、それでも俺はあの仕事を選んだ。」

絞り出すような声だった。

「この仕事を成功させれば君に顔向けできる、なんて実のところ俺は……自分の夢の実現を最優先させたんだ。結局。まさかそれきり君に会えなくなるなんて思いもしなかった。……なんてそれも言い訳か。」

自嘲したように薄笑を浮かべつつ、キョーコの背に置かれていた右手はその存在を確かめるように輪郭を辿る。
何度も。
何度も。
まるでそうして触れていなければ、キョーコがまたふっと消えてしまうのではないかと疑っているように。

「結果的に君を失って、いろんなことを後悔した。きちんと話をするべきだったとか、なんで自分を取り繕ってばかりいたんだろうとか。そもそもどうして俺はひとりでここに来てしまったんだろうとか……。
でも……それでもあの映画に出た事、あの3か月を後悔したことはない。」

はっきりとそう言いながら、声には怯えのような何かが垣間見える。
そして蓮は自嘲するように小さく笑った。
「君を失う最後のひと押しが、あの3か月だったというのにね。」

キョーコは何も言えなかった。
ただ、黙って蓮の言葉を待っていた。

「でもあの撮影があったからこそ、俺は今こうして君の前にいられるんだと思う。……おそらく今あの瞬間に戻ったとしても俺はきっと同じ選択をする。あれは俺にとって必要な選択だったと信じているから。それにね……。」

蓮はそっとキョーコの頬に唇を寄せた。

「君を本当に失ってしまうことなんてないと信じていた。いつかまた絶対に出会えると、それが俺たちの運命なんだと信じていた。」

諦めるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
何年も、何十年もかかったとしても、
俺はいつか必ず君を見つけ出せると信じていた。

じっと自分を見つめるキョーコの頬を、蓮はそっと掌で包んだ。
ほんのりと冷たく、それでいてひどく温かくもあるその場所に救いを求めるように、蓮は自分の頬を摺り寄せる。

「正直に言うよ。」

らしからぬ震えた声。

「俺 はいつも君の前では完璧な人間であろうとしていたけれど、本当の俺は弱くて脆いダメな男なんだ。君がよく言っていたような”尊敬できる人間”でも”強い人間”でもない。本当の俺は、むしろその逆で。どろどろとした感情から逃れることもできず、ただ自分を取り繕ってばかりいた。
君に出会ってそんな俺の心の闇は晴れたはずだったのに……君から離れたとたん、またすぐ元に戻ってしまった。自分の力では抱えこんだ焦燥や物憂さを晴らすこともできず、逆にそれに惑わされる。そのくせ、そんな情けない自分を君にだけは知られたくなかった。」

擦りつけた頬が揺れ、長い腕が縋るように背に回る。
引き寄せようとして、躊躇った指先を手のひらに跡がつくほど握りこんだ。

「君に……失望されるのが怖かった。本当の俺を知られて、拒まれるのが怖かった。もう愛されなくなるのが、何よりも怖かった。」

蓮の身体が大きく戦慄いたのを、その腕の中でキョーコは感じ取った。
自分を守るように胸もとで交差していた両手が、ゆっくりと蓮の背に伸びていく。
その震えを宥めるように。

「……知ってた。」

ぽつりと告げたキョーコに、蓮が目を見張る。

「敦賀さんは私にとって尊敬すべき大先輩で、演技については神様みたいな存在で、凄い人だと、だからこそ私には手の届かない人だと思い込んでいたけれど……。でも本当はそうだけじゃないって、いつのころからか感じてた。」

ひとり言のような呟きだった。
けれど潤んで揺れるキョーコの瞳は、たしかに蓮を捉えている。

「どうしてこの人はこんなに傷ついているんだろうって。心の中にいったい何を抱えているんだろうって。ずっとそう思って。あなたのために何かしたい。何が私に できるんだろうっていつも考えてた。人には言えない闇を抱えているのなら、そこから抜け出す力になりたいと、そう願ってた。そうして気がついたら……。」

あなたをどうしようないほど愛していた、とキョーコは言った。

蓮の心拍が裂けるほど波打つ。
目の前の瞳の奥に自分の顔がゆらゆらと揺らめく様を、蓮は怖いほどの喜びとともに見つめた。

「たぶん……ううん。間違いなく……私が本当に心惹かれたのは、どうしようもなく傷ついた魂を抱えた敦賀さんそのものだった。」



そう―――、
そして私は、私だけが、そんな敦賀さんに気づけたんだと自惚れていた。
この人の傷をわかってあげられるのは私だけだと。
だからそばにいられるんだと思っていたのかもしれない。

だからあのとき……電話の向こうで聞こえた女性の声にはっとした。
敦賀さんの心の傷に気づいているのは私だけじゃないのかもしれない。
だとしたら、彼の心を癒せるのは自分じゃないのかもしれないって。

それが何より辛かった。
私の居場所も存在価値も、もうどこにもない気がした。
その事実をはっきり知らされるのが怖くて、自分から逃げ出した。



「あのとき……声を聞いたの。」
小さな小さな霞むような声でキョーコが呟く。
「あのとき?」
「そう。あなたの誕生日の朝。電話の向こうで女の人が……レンって。」





(続く)

一話が長くてごめんなさい。これが最後の歌になる予定です。

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