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[通常] 降る雪はあはにな降りそ… (中編)

中編の内容を飛ばしてしまうと、後編がつながらなくなってしまうため、ざっくりですが限定要素をできるだけ排除し、通常公開バージョンを作成いたしました。大筋は限定版と変わりません。



そんなつもりはなかった。

といったら嘘になる。
むしろ逆だった。
そうなるかもしれないとわかっていてこの手を伸ばした。


*


キョーコがそっと触れるだけで離した唇を、蓮は追いかけるように塞いだ。
途端にやわらかなその場所から、信じられないほど温かい何かが蓮の体に広がっていく。
甘美にも感じるそれをどうにも手放しがたく何度も何度も啄むうち、キスはどんどん深く激しくなっていった。
もっと、もっとという想いが加速し、唇だけではすぐに物足りなくなる。
蓮は唇を重ねながら心のまま愛おしむようにキョーコの頬に触れ、肩を抱き、手をとった。
全身が全力でキョーコを欲していた。
キョーコの何もかもを感じ取りたい。
その想いをぶつけるようにキスが一段と深さを増していく。
(甘い……)
触れれば触れるほどキョーコの何もかもが甘く、蕩けるような芳味が逆らいがたい力で蓮のすべてを惹きつけ離さなかった。


いまさら止められない。
止める気もなかった。
『彼女は俺のものだから。』
とっさに口にしていた言葉が今、はっきりと自分の中に息づいているのを感じる。
キョーコを自分に繋ぎ止め、離さないためなら何でもする。
どんなことだって。
それが仮に一時的に彼女を苦しめることでも、自分に彼女を縛り付けてしまえるのなら。
今ならきっと後先顧みずしてしまうだろう。
そう思ってしまうほど、心のどこかが追い立てられていた。

―――それほど、この甘さに飢えていた。

望めばすべてが手に入る環境で、こんなにもほしいと願ったものはなかった。
それなのに…一度は手に入れておきながら、自分のふがいなさがそれを失わせた。
だからこんなにも執着してしまうのか。
諦められきれないこの気持ちは単なる執着、あるいは手放した自分に対する後悔のようなものなのか。
キョーコを失ったとはっきり悟って以来、何度も自分に問いかけた。
答えがわかりきっていても。
むしろそうやって問いかけながら、この気持ちは執着にすぎないんだと、ただ彼女への仕打ちを後悔しているだけなのだと、何とか自分に思い込ませようとしていたのかもしれない。
そうすればいっそ忘れられるのかもしれない、と。

―――無駄なことを。

蓮はぐっと目を閉じたままのキョーコに頬を寄せた。
猫が頭を擦りつけるように、肩口に頭を差し入れ温もりを探る。


やっと。
やっとだ。
ようやくキョーコを再びこの手に捕えた。


繰り出した吐息の数だけ心音が嵩み、身体に熱がこもっていくのがわかる。
もう何も考えられない。
(キョーコ……。)
名を呼ぶ声すら出なかった。
それほど、ようやく捕らえた人に夢中になっていた。

―――もう、二度と放しはない。

華奢な身体をそっと横抱きにし、蓮は静かに立ち上がった。
部屋を移動する合間にも何度も唇を重ねる。
性急な行為にも逃げることなく応える唇。
かつてはそっと唇をあわせるだけで身体が逃げ腰になったのに、今のキョーコは違う。
ちゃんと蓮を全身で受け止めようとする。
その必死さが何よりうれしく、それでいてなぜか妙に哀しかった。



*



一度触れてしまえば、もっともっと忘れられなくなるだけだとわかっていたのに、どうしても抗うことができなかった。
寒いと呟くこの人を温めたいと思ったのは、結局自分への言い訳。
むしろ私のほうがずっと切実に、この人の温もりを求めていた。

そう―――。
寒がっていたのは、本当は私のほう。
温めてほしかったのは、私のほう。


泣いて、泣いて、ひたすらに泣いて夜を明かしたあのとき。
涙がようやく枯れたと思ったら、涙とともに私の中の”感情”もどこかへ流れ去ってしまったことに気づいた。
笑うのも、泣くのも、表側だけ。
何を見ても、何をしても、心は凪いだまま。
そんな私に演技などできるはずがない。
あれほど大事にしていたのに。

私にはもう何も残っていなかった。

愛する心を見失い、演技する心を見失い、何もかもが消えた。
涙が再び出るようになっても、失った心は戻らない。
空いた穴は埋まるどころかますます広がり、空っぽになった心に次々と吹き込む冷気が、私を芯から凍えさせていた。
それは、逃げるように東京を去っても変わらなかった。

流れ住んだ土地でみつけた毎日は、決して淋しいものではなかった。
働き始めた書店のオーナーもスタッフも皆いい人で、身寄りも知り合いもいない私を気遣って食事に誘ってくれたり遊びに連れて行ってくれたりした。
ひっそりと暮らす私をいつでも案じてくれ、暖かく接してくれる。
だから、決して淋しかったわけではない。
でもどうしても埋まらない、途方もなく大きな穴が私の心の中にあった。
それは二度と埋められないと、そう思ってきたのに…。

こうして敦賀さんにただ触れているだけで、その穴が瞬く間に埋まっていく。
どんなに苦しくても悲しくても忘れられなかった温もりが、からっぽだった空間に沁みこんでくる。
そして入り込んできた何かが、皮膚をすりぬけ、血液に溶け、体中を駆け巡り……あからさまな熱を帯びて私の全身にこの人がほしいと訴えかけてくる。


―――私はその声に抗えない。



*



横たえた胸元から転がり出たネックレス。
そのヘッドに見覚えがあった。
これはたしかキョーコが”プリンセス・ローザ”と名付けた石。
間違いなくかつて蓮が誕生日に贈った宝石だった。

(まだつけていてくれたの?)

付き合い始めてからプレゼントしたものは何もかも送り返されていた。
でも、これは……。

ふっと口もとを緩め、蓮はようやくその名を口にする。

「キョーコ……」

一度声に出してしまえば、あとは堰を切ったようにとめどなく言葉が溢れだすばかりだった。



*


乾ききった喉を潤すように、冷えた唇がキョーコのカタチを確かめていく。
一方的な行為にすら翻弄される自分の身体が怖くて。
けれど、すでに心まで引き摺られていて。
抗う術はどこにもなかった。
それでも……

―――本当にいいの?

自分自身に問いかける気持ちは、閉じた瞼の向こうにはっきりと佇んでいた。


「想いは風化する」
いつかどこかで読んだ言葉をずっと信じていた。
けれど違った。
時間が経つにつれ、その姿もその声もその香りも、その温もりすら確かに遠ざかっていったのに。
好きだという想いだけは、小さな結晶のように心にぽつんと残っていた。
風化することも忘れ、地に埋もれることもなく。
ときおり思い出したようにキラキラと煌めく結晶。

いっそ壊してしまいたいと思ったことさえあったけれど…できるはずがなかった。
存在を消してしまうことも、なかったことにもできなかった。
どうしても外すことができなかったペンダントヘッドのように……。

*

外はまだ陽が十分残っているはずなのに、遮光カーテンがしっかりと閉ざされたこの場所では、時が全くわからない。
淡い間接照明ばかりがぼんやりと揺らぐ室内は、どこか深い闇にも似た空恐ろしい静寂に満ちていた。
聞こえてくるのは微かな息遣いと、どんどん速度を速めていく私の心音だけ。


暗闇にはたくさんの秘密が沈んでいるという。
だからだろうか。
一人になってからずっと闇に触れるのが怖かった。
二度と自覚したくない、してはいけない想いを、私自身確かにそこに沈めたと感じていたから。

その闇の底を、今私は再び覗き込もうとしている。
また一つ秘密を沈めるために。

『……キョーコ……』

吐息が私の名を薄く象る。
けれど私は目を開けられない。

見つめてくる眼差しを同じように真摯に見返すことができないのは、沈める秘密に心をしっかりと結わえつけているから。
前よりもなお一層深い場所へと沈んでいく秘密とともに、私の心も深い深い闇の底へと引きずりこまれてしまえばいい。

『……キョーコ……』

耳もとで繰り返される声が切ない。
応える言葉を私は知らないから。


このまま……この人がもし望むなら、私はこの痩せこけた身体のすべてを捧げよう。
一度簡単に抱かれてしまえば、私も数多いる彼の上を通り過ぎていった女性の一人になれるはず。
妙に記憶に焼き付いた毛色の変わった物珍しい女から、記号のように粗略に扱われる女の一人に。

そうして今の私はもう、この人が親しんでいた5年前の私でも、最後に言葉を交わした3年前の私でもないと教えてあげればいい。
今の私は……。
この人が罪悪感を持つ必要などどこにもない、何の目標もなく毎日をただ生きていく、つまらない『最上キョーコ』という女になり果てたのだと。



*


蓮はまだ気づいていない。

自分の腕の中で、キョーコが怯えた子供のような顔をしていることを。
名を囁かれるたび、彼女が苦しげに身を震わせていることを。










(続く)

今週は仕事が忙しいため、後編のUPが少し時間がかかるかもしれません。いったりきたりの展開が続いていますが、読んでいただけたら嬉しいです。

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