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不安な夜 (5)

※2016/3/6稿&再掲

こちらはFC2サイトには未掲載となっていたお話を改稿し、Amebaより転載したものです。
同じスタートなのに書き手様によってさまざまに展開の異なるストーリーが楽しめる『不安な夜』企画の最終話となります。



ドアフォンを鳴らしたが、出ない。
たしかに聞こえているはずなのに。
たまらず俺はドアを叩いた。
何度も、何度も。

ようやくドアの向こうに人の気配がする。
「最上さん。開けてくれ。お願いだから。」
隣人に気づかれぬよう、できるかぎり声を押さえながら呼びかける。
けれどドアは開かない。
たしかにそこに彼女はいるのに。
なぜ姿を見せてくれないんだ。

どうしても君に聞きたいことがある。
どうしても君に言わなければならないことがある。

ドアの向こうにいる彼女が去ってしまうのを恐れ、俺は叫んだ。
「待ってくれ。話がある。」
気配が動いた。

「誰なの?」
分かっているはずなのにそう問う声がする。
そして気づいた。
これは……ジュリエットのセリフ?
そういえば俺がかけた言葉は、バルコニーのジュリエットにロミオがかけたセリフと同じだった。

『大好きな君が……名前を呼んでくれた』
あえてロミオのセリフをそのまま彼女に告げる。
カチャリ。鍵を開ける音がした。
細く、細くドアが開く。
けれどチェーンはまだかけられたまま。

『あんまりだわ。隠れて……立ち聞きしていたのね。』
ドアの隙間からジュリエットのセリフが零れる。

『君に……君に一目会いたくて、月に誘われてここまで来た。』
ロミオの言葉に……この想いのすべてをのせよう。
君に伝えるために。

でも……これは芝居じゃない。
芝居じゃないんだ。

『恥ずかしい。ひとりごとを全部聞かれてしまった……。どうしてこんなところに入り込んだの?』
『君への想いがあふれて……気が付いたらここに来ていた』

…………

セリフが続かない。
そして、そのままドアが閉まった。
その様子に俺は、このドアをむりやりにでもこじあけたくなる気持ちを必死で抑える。

カシャン。

そのときチェーンを外す音が小さく響いた。
再び細くドアが開く。

『月の女神が願いを聞いてくださったんだわ……。』
消え入りそうな声がした。

開きかけたドアに手をかけ、足を挟み、俺は強引に中へともぐりこんだ。
そして、玄関に立ち尽くしていた彼女をそのまま抱き締める。
華奢な体躯が、俺の腕の中で小刻みに震えるのを感じた。

「最上さんに会えたから、もう死んだって悔いはない。』

わざと……彼女の名前を告げた。
榛色の瞳が俺を見上げる。
「敦賀さん……。どうしてここに……?どうして……?」
ジュリエットではない、最上さんがようやく顔を出す。
俺は彼女を抱き締めたまま、ポケットから拾った携帯を取り出した。

「これを届けに来た。」
震えている小さな手をとり、携帯を握らせ、丸ごと俺の掌で包み込んだ。


「それから……君に愛していると告げるために。」



*



「う……そ……。」

頭の中がひどく混乱していた。
ここに敦賀さんがいることに対しても。
今、告げられた言葉に対しても。

ただ……。

神様が罰として奪ったと思っていた携帯。
それが、ここにあるということ。
敦賀さんの手に渡り、そして今私の元にきたということ。
そのことが……、
莫迦な私に大切なことを気づかせるため、神様が描いてくれた筋書きのように思えた。
それも最高の幸せを伴って。

(神様……いいんですか?)

敦賀さんを想い続けてもいいんですか?
この気持ちをあきらめなくていいんですか?
くれた言葉を……信じてもいいんですか?

見上げた私の瞳に映る、温かくて優しくて、神々しい笑顔。
(そういえば私、敦賀さんのことを神の寵児だと思ったことがあった……。)
神様が……私の元に遣わしてくれた人?

(……この人の胸に飛び込んでもいいですか?)

もう抑えることはできなかった。
溢れ出した想いに身体が突き動かされる。
抱き寄せられていた広く厚い胸に、自ら両手を回した。

「ロミオみたいに死んじゃだめです。」
そして俯いたまま、小さくそう呟く。
だって、目を合わせたらきっと涙が零れ落ちてしまうから。

『…………そんなのは……絶対に嫌。』
最後にもう一度ジュリエットのセリフを重ねた。

『大丈夫。生きる希望が沸いてきた。』
頭上から降ってきた言葉に思わず顔を上げる。
これは、ロミオのセリフ。でも……声に真実の色が混じる。
すっと敦賀さんの顔が近づき……目元にやわらかなものが触れた。

……え?

それが溢れかけた涙を吸い取ってくれたのだと理解した直後。
目元をさらりと黒髪が掠め、それからふっと唇に何かが当たった。

……唇?

出しかけた声までも吸い取られていく。
それは、2度、3度、私の反応を確かめるかのように触れたかと思うと、すーっと離れた。

『優しく口づけを交わした時から、ロミオはもうジュリエットのものだ。』

ロミオのセリフを囁きながら、敦賀さんの濡れたような墨色の瞳が私を覗き込む。

「……敦賀蓮は、もう最上キョーコのものだ。」

全身が硬直する。
ほんの少し身体を離し、敦賀さんを見上げた。

『本当なの?』

それはキスされたジュリエットがロミオに確かめた言葉。
私が……敦賀さんに確かめたい言葉。

それから……2人の間で、ロミオとジュリエットのセリフが次々飛び交った。
その内容を少しだけ変えて。
互いに、想いをそのセリフに少しずつのせて。

『お願いだ、俺を信じてくれ。』
『いいわ。裏切られても、あなたなら許してあげる。でもお願い、その時はひと思いに殺して。』

『死ぬ時は僕も一緒だ。天国にだって一緒に付いていく。』
『そんなのは嫌よ、私が好きならずっと一緒に生きて。この町が様変わりする遠い未来まで、末長く暮らして。』

『わかった。月にかけて誓うよ。』
『待って、何も誓わないで。だって、あなたの言葉はあまりにも突然、あまりにも向こう見ずだもの。だからもう少し待って。2人の恋のつぼみは、夏の息吹(いぶ)きに誘われて、次に逢う時はきっと美しく花を咲かせる。それまで少しだけ待って。』

「待てない。待てないよ。最上さん。ロミオのように誓いを取っておくとは……俺は言えない。それよりも……」

『俺は君の答えを聞いていない。』

再び紡がれたロミオの言葉に、私は私の心をジュリエットの言葉にのせて返す。
自分の言葉として告げるには、まだ少し抵抗があるから。

『だって、それは一番はじめに聞かれてしまった。』
『お願いだ。もう一度だけ。』
『愛……してるわ。』


「愛……してる……」


それはジュリエットのセリフであり、でもそうじゃなかった。
それは、私の言葉。
私の敦賀さんへの想い。
私はただ、それをジュリエットのセリフにのせただけ。

その瞬間、頭の後ろをぎゅっと押され、敦賀さんの胸に顔をきつく押しつけられた。
うなじにかかる微かな息に、鼓動が高まるのを止められない。
あまりにも強く打ちつける心臓に気持ちを焦らせていると、あっと言う間に背に回された腕が、私の全身を彼の身体に引き寄せようとした。

ふわりと立ち上る敦賀さんの香りが鼻孔をくすぐり、広い胸の温もりに頭の中が蕩けそうになる。
(ずっと、このままで……)
そう願う気持ちに流されそうになるけれど、でも私にはこの人に言わなければならないことがある。
意識を強く持つと、私はその胸から顔を上げ、敦賀さんの美しく整った顔を見つめた。

「敦賀さん……ロミオでなく、あなたをあなたとして…愛して……ます。」

私の言葉に、敦賀さんの瞳が一瞬大きく開かれる。
けれどすぐに口元にやさしい微笑が浮かび、その瞳がすっと細められた。
みるみるうちにその表情が緩み大きく笑み崩れていく。



「俺も……君を君として愛してる。ずっと、ずっと前から君だけを愛してる。」



*



君が俺を愛していると言った。
俺を……愛していると。
たしかにそう言った。

その言葉に心の奥底からじわじわと予期せぬ震えが湧きあがり、粟立つように全身へと伝わっていく。
背いてやるとまで誓った神に、今俺は心から感謝しよう。
君に巡り合わせてくれたこの運命……これがもし、神の意志だというのなら。

まだ震えが……止まらない。

(愛してる、キョーコ。世界でただひとり、君だけを。)

とめどなく溢れ出る想いの欠片が、口をついて零れ出す。
「キョーコ……」
俺のその呼びかけに、驚いたように目を瞠り、それから優しく君は頷いた。
「はい」
耳元ではにかんだ声がする。
それだけで心臓がぎゅうと強く締め付けられ、全身が再び粟立つ。
身体中の熱が一気に顔に集まり、自然に頬が緩んでいくのがわかった。

わざと、もう一度呟いてみる。

「キョーコ……」
「はい」

初めて出会ったときは絶対に呼ばせてくれなかったその呼び方。
彼女の“特別”だけに許される呼び方。
ずっとずっと呼びたくてこらえていたそれがようやく俺のものになった。
そのことが俺をどうしようもなく昂らせた。

「キョーコ!、キョーコ!、キョーコ!」
「ど、どうしたんですか?敦賀さん。」

吃驚したように君が俺をまじまじと見つめる。
まっすぐ俺だけを見つめる茶褐色の瞳。
一度大きく息を吸い、俺はその瞳をまっすぐ見つめ返した。

「もう、絶対に離さないから。」

彼女を腕の中に抱え込む。
その温もりをほんのわずかも逃さないように。

「君は一生俺だけの特別、だから。…………だから……。」

言葉に詰まる俺を瞬きもせずに見つめ、黙ってこくりと頷いてくれた君。


そうして再び交わした口づけは、ほんのり涙の味がした。







fin
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。

seiさんの第1話、そしてたくさんの皆様の素敵ストーリーを読んでいたら、ぽーんと振ってきたこのお話。
勢いだけで書いちゃったので、いろいろ至らぬ点も多いかと思いますが、お許しくださいませ。

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コメント

  • 2016/03/08 (Tue)
    22:04
    綺麗…

    こんばんは〜
    昔の作品とのことですが、一言。

    綺麗にゃ〜…。(猫語ですみません。)

    はうぅ…。ロミオとジュリエット。綺麗過ぎて、それしか出ません。

    かばぷー #- | URL | 編集
  • 2016/03/09 (Wed)
    11:39
    Re: 綺麗…

    かばぷーさま

    コニャントありがとうございます~♪

    ロミオとジュリエットのセリフは実際に舞台で使われた台本(ネットで公開されてました)から引用しているのですが、もうほんと二人そのままですよね。
    というか、二人のロミジュリほんとに見てみたいです~。
    絶対ものすごおおおおおく綺麗!!!

    ちなぞ #- | URL | 編集
  • 2017/03/21 (Tue)
    15:23
    承認待ちコメント

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