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不安な夜 (4)

※2016/3/6稿&再掲

こちらはFC2サイトには未掲載となっていたお話を改稿し、Amebaより転載したものです。
同じスタートなのに書き手様によってさまざまに展開の異なるストーリーが楽しめる『不安な夜』企画の第4話となります。



本当にもうこれっきりにしよう。
携帯を止める手配をしながら、そう固く誓った。


誰もいない部屋に戻り、灯りをつける。
だるまやを出てこのマンションに住み始めてから約1年。
すっかり私の“城”になったと思っていたのに。

なぜだろう。
今日はひどく他人行儀でからっぽな部屋にしか見えない。

疲れ切った身体を引きずり、私はテーブルの上に置いたままにしていた台本を手に取った。
『ロミオとジュリエット』。
都内の劇場で行われるその芝居のジュリエット役に私は抜擢された。
初めての舞台だというのに、恋愛悲劇の古典と言われる作品のヒロイン役。
凄いことだと、椹さんは喜んでいたけれど。

でも、複雑だった。
だって、その舞台の主役……ロミオを演じるのは敦賀さんだったから。

どう演じればいいのかわからない……わけでもなかった。
私はもうジュリエットの心を半分知っている。
好きになってはいけない人を愛してしまう哀しさを。
全身全霊で人を愛する情熱を。
私はもう知っている。
知らないのは、愛する人と心を通じ合う歓び。
ジュリエットにはぜったいに欠かせないその気持ちがどんなものなのか……私は知らない。
それでもなんとかして演じなければならない。
愛を交わす歓びの表情を。
叶わぬ想いを捧げている当の相手に向けて。

片手落ちのジュリエット。
そんな演技、認めてもらえるはずがない。
見る人が見れば、はっきりとわかる欠けた演技。
そういわれるのが怖い。
それに……それ以上に怖いのは……。
このまま想いをふくらませていたら、それこそ大事な演技の場で心が決壊してしまうかもしれない。
敦賀さんの目の前で。
そんなの到底許されることではなかった。

だから今、すべて終わりにしてしまおうと思った。
ゼロにして。白紙にして。更地にして。
ぜんぶなかったことにしてしまえばいい。
だって、愛なんて私にはずっと必要なかったんだから。
あの頃の私に戻ればいい。
そうしてイチからジュリエットを作り出そう。
半分真実半分嘘より、いっそ全部嘘で固めたほうが、ちゃんと”演技”になる…。
たとえそれが自分にとってどんなに難しくても。
そうするしかない。

……それも今日、これっきりにしようと決めた理由のひとつだった。



がらんとしたその空間に、ふっと敦賀さんの破顔が浮かぶ。
そういえば最近の敦賀さんは、私をみても困ったように微笑むことばかりで、昔のような破顔を見せてくれることは全然なかった。
(当然、だよね……。)
せっかく気を使って相談にのろうとしているのに、ろくに話もせず、それどころかちゃんと会話をしようとすらしない。
そんな失礼な後輩なんて、敦賀さんだってイヤになるに決まってる。
そうなることはとっくにわかってた。
(そのうえ、逃げ出すように出てきちゃったんだもん。)
怒ってるに決まってる。許されるわけがない。
(もう全部、終わったんだ。)

あの笑顔も。
あの声も。
あの優しさも。
もう全部おしまい。

だからこそ幻でもその笑顔に会えて嬉しいと思った瞬間、幻の敦賀さんは表情を冷たく変えながら小さく小さく霞んでいき……やがてぷつりと消えてしまった。
ただそれだけなのに、視界がみるみる歪み涙がとめどなく頬を伝いはじめる。
止められない涙。

どうして?
自分で決めたことなのにどうしてこんなに苦しいの?辛いの?胸が痛むの?
ここからまっさらの気持ちでやっていかなければならないのに。
どうしてこんなに

――――切なくて苦しくてやりきれないほど淋しくて。

そうしてやっと気づいた。

ああ、そうか。
本当に辛いのは、想いを抱えてあの人の傍に居続けることじゃなかった。
あの人に会えなくなること。
あの人と何気ない会話ができなくなること。
あの人が私に向ける何気ない笑顔を見られなくなること。
その方が、何倍も何十倍も何百倍も辛い。
そのことに、どうして気づかなかったんだろう。

でも……もう遅い。



失ったものの大きさにようやく気付いた私は、すっかり打ちのめされていた。
誰かが言っていた、『失ったものの大きさは与えられていたものの大きさ』という言葉が思い出される。
敦賀さんが私に与えてくれたもの。
それは勇気と自信だと、ずっとそう思っていたけれど。
でも……本当はそれだけじゃなかった。

敦賀さんを知ったから、私はそれを得ることができた。
敦賀さんが私に、そういう気持ちを与えてくれた。
―――誰かを愛すること。
それは勇気や自信よりも、もっとたくさん温かくて、たくさん優しくて、たくさん幸せな気持ちになれるもの。
からっぽの私がヒトとして一人前になるためにどうしても必要な気持ち。

それなのに……莫迦な私。
ただ過去の記憶に照らして、その大切な気持ちを、自分を愚かにするだけのくだらないものだと思い込んで、ずっとそっぽを向いていた。

どうしてもっと素直に向き合わなかったんだろう。

あの人に会えたときの私。
あの人の声を聴けたときの私。
あの人を……想うときの私。

そのときの温かい気持ちに。
そのときの優しい気持ちに。
そのときの幸せな気持ちに。

今さら遅い。
そうわかっていても、心が残る。
たとえ、あの人の心が私に向くことが決してないとしても。
それでも私は、この気持ちから逃げ出すべきじゃなかった。

ちゃんと認めて、ちゃんと向き合って、そしてちゃんと終わらせるべきだった。
逃げ出すような真似さえしなければ、こんなに後悔することはなかったろうに。
私はどうしてこんなに大切なものを簡単に捨てられると思ったんだろう。


やるせない想いを噛み締めながら、カーテンを開き、窓を開ける。
あの人のマンションからもきっと見える、同じ夜空をみるために。




* * *



彼女の部屋の灯りを見上げる。
カーテン越しに薄く光る窓。
彼女がそこにいる。
そう思うだけで、気持ちが落ち着く。

よかった。
無事なんだ。

そうして安堵したあとに辿り着く懸念。
(あの態度の……理由を知りたい。)

そのとき彼女の部屋の灯りが揺れた。
え?と思う間もなくカーテンが開き、窓が開く。

彼女の部屋は2階。
近すぎて、このままではすぐみつかってしまう。
俺は慌てて物陰に隠れた。
彼女からは見えない位置に。

「……月の女神、あなたは残酷。人の運命を玩(もてあそ)んで、こんなひどい演出をほどこして……。」

か細い声が夜の静寂に薄く反射する。
切れかかった糸のように、今にもとぎれそうなその声。
どこかで聞いたことがある言葉だと思い、少し考え気づいた。
これは『ロミオとジュリエット』のジュリエットのセリフだ。

どういうことだ?
今度俺が出ることになった『ロミオとジュリエット』
難航していると聞いたジュリエット役のオファーが君にいっていた……?

ジュリエット……。
身を焦がす恋をし、その恋に命を懸けた女性。
君は……そのジュリエットを演じるというのか?
ジュリエットの恋心を。熱い熱情を。
君はもう掴んでいるというのか?

俺は君が、相手役を引き受けたことすら知らなかったというのに……。

「……私は何だか魂が抜けたようになって、馬鹿みたいに、一人でバルコニーから、あなたに話し掛けている。
お休みなさい、月の女神セレーネー。私の願いを気まぐれに聞いてくれるなら……どうか……」

小さく嗚咽が漏れる。
とても芝居の練習とは思えない。
あの態度は……
やはり誰かに心を奪われていたからだというのだろうか?
そう思っただけで、心に闇が忍び寄る。
君は……君は……やはり誰かに……恋を……?


「……どうか……お願い。」
言葉が途切れ、長い沈黙が闇を埋める。
俺は、息を止め彼女を見守った。


「…………どうか…………敦賀さんを……ここに連れてきて…………」


耳を欹てなければ聞き取れないほどか細い声。
けれど俺の耳に、それははっきりと届いた。



駆け出した。
彼女の元へ。





(5につづく)
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