不安な夜 (2)

※2016/3/6稿&再掲

こちらはFC2サイトには未掲載となっていたお話を改稿し、Amebaより転載したものです。

同じスタートなのに書き手様によってさまざまに展開の異なるストーリーが楽しめるスバラシイ企画 『不安な夜』
どのお話もすばらしく楽しくて、ついついがっつり読み込んでワクワクドキドキ楽しんでたら・・・気が付いたら自分でも書いてました。魔人さまの第1話+4話の全5話となります。
この(2)は、魔人seiさまが書かれた「不安な夜 (1)」から続くお話で、(1)とほぼ対になっています。

まず最初に、魔人seiさまの「不安な夜 (1)」をご覧いただいてから、↓の(2)をお読みくださいね。
最終話まで30分おきに公開予定です。



今日は久し振りに敦賀さんの家に行った。
そして、今、この瞬間、振り向けばすぐ肩が触れてしまいそうな場所に彼がいる。

そう、あと数十センチ。
たったの数十センチ手を伸ばせば届く距離に……。

でもそれはとても遠くでもあった。

最近のあの人はますます人気で俳優としての評価も上がり、私なんかが本来近づいてはいけない人だということを日々実感させる。
どんなに手を伸ばしても……その手が届くわけもない。
そんな人にこんなにもやるせない想いを抱いて。

私はどうすればいいのだろう。
どうなるのだろう。


芸能界の大先輩として、出会った時から雲の上のような存在だったあの人。
そんなあの人といつのまにか“仲の良い先輩後輩”という関係になれて、有頂天になっていた時期もあった。
そうして努力を重ねていつか肩を並べられるようになりたいと思ったりもしたけれど、そんなの実際には夢のまた夢。
追いかけても追いかけてもそのたびどんどん先を行ってしまう。
“仲のいい後輩”という位置だって本当は無理やりしがみついているようなもの。
だからこの想いは……ううん、こうしてお宅におじゃますることだって、もう終わりにしなきゃと何度も思った。
思うけれど、会いたいという誘惑にどうしても勝てない。
あの人と肩を並べ、言葉を交わし、微笑み合える……私にとって何よりも幸せなその時間を捨て去ることなんてできない。

あの人は私の作った料理を相変わらず美味しそうに食べてくれる。
その表情(かお)を見ながら、一緒にいられる幸せはまだ手放せない。
誰よりもやさしく、誰よりも美しく、誰よりも私の心を揺らす、その表情(かお)を……手放したくない。

こんなこといつまでも続けられるわけじゃない。
その先には何もないのだから。
わかってる。幸せなのは一瞬で、あとはただ……苦しいだけ。

敦賀さんはその笑顔の奥でどう思ってるんだろう?
食事なんて私が作るものよりずっとずっと美味しいものを食べる機会はいくらでもあるだろうに。
ときおりこうやってわざわざ声をかけ、いろんな話を聞いてくれるのはどうして?
手のかかる後輩がまた何かトラブルを抱え込んでいるんじゃないかと心配している?
いつも心配させてるようなことばかりして、勝手に落ち込んだり塞いだりする私のことが、先輩としていまだに放っておけないだけ?
どうして?
……どうして?
好きだという想いに気づいてから、敦賀さんの内心が気になってならない。
ばかみたい。
気にしたところで、どうなるわけでもないのに。


以前は食事中も楽しかった。
こんな想いに振り回されることなどなかったから。
自分の仕事の話もどんどんしたし、敦賀さんの仕事の話もなんでも聞けた。

今は最低限のことしか喋れない。
下手なことを話して、嫌われるような自分を曝け出すのが怖いから。
それに……。
もし新しい仕事が、例えば濃厚な恋愛ドラマだったとしたら、たとえ芝居だと分かっていても話を聞くだけで心が苦しくてたまらなくなってしまうから。
だから……何気ない会話すら怖くて振ることができない。


「……最上さん、最上さん………………最上さん!」


そして増えたのが沈黙。
名前を呼ばれるたびに鼓動が早まり、声が震えてしまいそうで言葉が出ない。
この想いが決して気づかれないように、表情を押し殺し、跳ねる心臓が少しでも落ち着くまで聞こえないふりをする。
応えなければ嫌われる、そう思っていてもどうすることもできない私。

私ができることは、ただ見つめることだけ。
あの人に決して気づかれぬよう、そっとあの人を見つめ続ける。
そうして、会うたびに募る一方の想いに潰されそうになる。


「…………最上さん、最上さん………………最上さん!」


「え?……ああ、はい……なにか御用ですか?」
「いや、用とかはないんだけど……最上さん、何か悩みごとでもあるの?」
「え?悩み事ですか?いえ、特にないですけど?」
「じゃあ…………今何を考えていたの?心ここにあらずって感じだったけど」


答えられるわけない。
あなたのことばかり考えて、こんなにも胸を苦しくさせているなんて。

お願いだから、これ以上話しかけないで。
これ以上、苦しくさせないで。
傍にいたい気持ちと、逃げ出したい気持ちがせめぎ合う。


「えっと、その、明日の仕事は早いから帰ったら早めに寝ようとか……あっ!」
「え?」
「すみません、時間ですので、私は失礼させていただきますね!」

限界がくれば、あとはもう逃げ出すしかなかった。

「待って!車で送るから!」
「お気遣いなく。ちゃんと今日はタクシーを呼んでありますから」

あの人の驚く顔が見える。
やさしい、やさしい、あの人。
そのやさしさが、今は何よりも辛い。

「ではこれで失礼します。敦賀さんも早くお休みになってくださいね」
「うん、今日はありがとう。帰り気をつけてね。家についたら電話して?」

お願いだから、これ以上やさしくしないで。
溢れだしそうな想いを必死に隠して後輩の仮面を被り、その声を聴くだけで震える心を宥める。

「いいえ、もう遅いので電話はしません。心配しなくても大丈夫ですから。では!」

耳元でその声を聞いてしまったら、この気持ちがますます膨れ上がってしまう。
もう破裂寸前だというのに。


本当に……もう限界だった。
これ以上この人と一緒にいたら、私はどうなるかわからない。
腕時計をチラリと見て、急ぐ顔を見せた私は、この心に負けないよう、あの人の視線を避け、想いを断ち切るようにドアを閉じた。
さよならのひとことも言わず。


もう無理。
もう駄目。
好きという気持ちを、抑えきれない。

こんな愚かな私など、あの人の傍にいる資格がなくても当然かもしれない。
あの人と会えた日の私の心の中は、会えた嬉しさよりも、切なさと苦しさでイッパイとなってしまう。

もう、2人きりで会うのはこれきりにしよう。

一刻も早く彼の呪縛から逃げ出さないと、自分で自分を見失ってしまいそうな気がして、ようやく到着したエレベーターに、私は急いで飛び込んだ。


*


そのまま敦賀さんのマンションを飛び出した私は、ちょうど通りかかったタクシーに飛び込むように乗り込んだ。
タクシーを呼んでるなんて嘘。
一刻も早く、敦賀さんの傍から離れたかっただけ。
ううん。離れなきゃいけないと思っただけ。

タクシーの座席でほっと息をついた私は、去り際に敦賀さんが言った言葉を思い出した。
『家についたら電話して?』

電話なんかできない。こんな状態で声を聞いたら、私は何を言いだすか分からない。
でも、きっとあの人のことだ。
私が掛けなければ、心配して電話してくるだろう。
だから……電源を落としてしまおう。

ううん、それより……。
電話番号もメールアドレスもぜんぶぜんぶ削除して、ゼロに戻してしまおう。
しまわなきゃ…いけない。


そう決めて、鞄に手をやって愕然とした。
携帯がない。
慌てて、鞄の中をかき回す。
私の携帯はどこにもなかった。
どこで落としたのか、いつ落としたのか、わからない。
急いでタクシーを停め、公衆電話を探し、事務所と電話会社に連絡を入れる。
私の携帯には、敦賀さんやモー子さんなど、ぜったいに外部の人間に知られてはいけない番号がいくつも登録されている。
名前こそわからないようにしているけれど、何があるかわからない。
警察に届けて、拾われるのを待つなんて許されない。

とにかく一刻も早く、回線を止めるしかなかった。


*


きっと神様の仕業だと思った。

神様はちゃんと見ている。
私が、分不相応の想いを抱いてしまったことを。
身の程知らずの、大それた想いを抱えてしまったことを。
それなのに身を引こうともせず、せめてもと後輩の位置に安穏と収まろうとする厚かましさ、欲深さ。
神様はそんな私に、罰を与えたのだ。
これ以上、余計な望みを抱けないように。


あの人と私を直接繋ぐ唯一の糸である携帯を奪ってしまうことで……。




(3につづく)
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