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遺れ居て恋ひつつあらずは… (前編)

こちらは「家にありし櫃に鑠さし…」の続きになります。そちらを読んでからお読みください。
思いのほか長くなりそうでびびってますが、おつきあいいただけたら嬉しいです。



5年ぶりの日本は、相変わらずひどい喧騒に満ちていた。
出迎えの人だかりをかき分け、迎えの車に乗り込む。
はじめは、それほど変わりばえないように思えた街並み。
それが見知った場所を走りはじめたとたん、驚くほど色あせていることに気づいた。
空気が違う。
音が違う。
匂いが違う。
感じるすべてが以前と違う。
空の色にすら、なじめない。

(ただ君がいないだけなのに。)

いない"だけ"?
考えた自分に、乾いた笑いが自然と浮かぶ。
同時になぜかがくがくと身体が震えはじめた。
失ったものの大きさをこうして思い返されるたび、とりかえしのつかない思いに身を苛まれる。
だがそれでも……心のどこかで信じていた。

―――この空はきっと、君の空に繋がっていると。



れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背
(万葉集 但馬皇女)



「蓮、すまない。事故で高速が通行止めになってるらしいんだ。」

撮影を終えて着替えを済ませた蓮に、社が眉を顰めながら近づいてくる。
久しぶりの帰国にこれでもかと詰め込まれた仕事のマネージメントを担当したのは、やはり彼だった。

その日早朝から行われたのは、とある高級時計メーカーのCM撮影。
都心から1時間半ほど車を飛ばした小さな飛行場で、その撮影は行われた。
 セスナに乗り込み次の仕事へ向かうセレブな男。
 その腕にきらりと輝く腕時計。
シンプルな構成のせいか撮影は順調に進み、天候が一変した午後を前に無事クランクアップすることができた。
だがいざ東京へ戻ろうとしたとき、その情報が飛び込んできた。

「通行できるようになるまで、まだかなり時間がかかるらしい。俺は打ち合わせがあるから電車で帰ることにするよ。お前は電車というわけにはいかないから車でゆっくり戻れ。今日の午後はオフにしたから心配はいらない。」
過密スケジュールでだいぶ疲れも溜まっているだろう?と労わる顔に漂う”兄”らしい気遣いは、以前と全く変わらない。
やさしく穏やかな物腰も、時折見せる少しおどけたような口ぶりもそうだ。
ただ唯一変わったこと。
それは、時折蓮を見る瞳にふと紛れる憐憫とも哀憐ともつかない複雑な瞳の色だった。
それがどこからくるものなのか、分からない蓮ではない。
けれど帰国して以来、それに触れることは互いに一言もなかった。

「じゃあ、駅まで送りますから。」
蓮は薄く幕を張ったようなやわらかい微笑みを返した。



「しかし、こんなすごい車が用意されるとはなあ。お前が今やハリウッドスターなんだってことをつくづく実感させられるよ。」
社が嘆息するのも無理はない。
蓮のために用意されたセンチュリーリムジンは、御料車にも使われる高級車だった。
若手ナンバーワン俳優として日本の芸能界を席巻していた当時を遥かに凌駕する高待遇。

「俺は前みたいに自分で運転するほうが気楽ですけどね。」
何気なく蓮はいったけれど
「いや、お前さすがにそれは無理だろう。」
苦笑とともにあっさり返され、蓮は流れた月日を思い知らされた。
スモークガラスの向こうを走る景色は早く、そのつもりはないのに言葉も途切れがちになる。

……と。
「まだ、探してるのか?」
不意にぽつりと社の口から落ちた言葉。
答えに窮し、蓮は黙って視線を流した。
何を、とは聞くまでもなかった。

「あの子がいなくなって、もう3年か……。」
ひとり言のような呟き声に、蓮の脳裏を過去の記憶が走馬灯のように駆け巡った。



* * *



―――5年前。
溢れる希望と喜びを胸に、その日蓮は密かにローリィの元を訪れ、キョーコとついに付き合い始めたことを報告していた。

「よかったな。蓮。」
微笑むローリィはいつになく真面目な目の色で言った。
「まあ、ようやくスタート地点に立ったともいえるが…まあ、いい。素直におめでとうというよ。」
机の上で手を組み、身を乗り出すようにしてローリィはじっと蓮を見た。
「二人の恋は、二人だけのものだ。成就した恋に俺は手も口も出さん。いいか。責任は自分らで負え。」
ゲームと同じでカップル成立が俺にとってのゲームオーバーだからな、などとローリィは嘯く。
「だがまあ、餞別にひとこと言っておく。」

「いいか、蓮。覚えておけ。愛情も、信頼も、花と同じだ。目を離せばすぐ枯れる。油断すれば虫がついたり病気になったりする。それは目に見える場所だけじゃない。だから気が付いたらもう手遅れで枯れてしまうことも少なくない。
だがきちんと手をかけ目をかければ、かけた分だけ大きく美しく花開く。
二人でじっくり育めよ。慢心するな。そして、最高の花を咲かせてみせろ。すべてはこれからだ。」

口調は少し厳しくとも、目はやさしく笑っている。そうして面白がるようににやりと笑い、ローリィはさらに言葉を重ねた。
「まあ結婚でも決まったら、そりゃもう盛大に祝ってやる。今からじっくりアイデアを練っとくから楽しみにしておけよ。」

つきあい始めたと聞いただけでローリィならとんでもない大騒ぎを仕掛けてくるのではないかと構えていた蓮は少し拍子抜けしたが、正直ほっともした。
さっさと公にしたい気持ちがないわけではないが、しばらくは周囲に邪魔されず静かに二人の時間を過ごしたい。
それに……。

「久遠。」
退出しようと蓮がドアに手をかけたとき、不意に懐かしい名前が呼ばれた。
背を向けたまま足を止めた蓮に、ローリィが尋ねる。
「ぜんぶ話したのか?」
とたんに固い沈黙が二人の間を吹き抜けた。

「……成功したら。」
結局ひと言そう呟くと、蓮は振り向くことなく部屋を出た。


以前から出ていたアメリカ行きの話が具体化したのはそれから間もなくだった。


*


一緒に来てほしいとは言えなかった。
言えるわけがない。
女優として芽が出始めた彼女の夢を置き去りにして、自分の夢にばかり付き合わせるわけにはいかなかった。
だからといって、このチャンスを断れるはずもなかった。
そんなことは彼女は決して望まない。

だとすればこれはどう考えても二人が離れ離れになることを意味していた。
距離なんてどうってことない、そう思う一方で次々と芽生える不安や恐れをどうしても振り払うことができない。
だから、代わりに約束がほしいと言った。
プロポーズと思ってくれてかまわないと言ってしまったのは、彼女をなんとか自分に縛り付けたいと思う俺の弱さだったのかもしれない。

「あなたが笑顔で帰ってきたら」

返ってきた言葉でようやく気づかされた。
なによりも君に誇れる、君が誇れる俺でいなければならないと。
そうでなければ君といる資格はないと。


*


最初の1年目、アメリカでの仕事は蓮にとって決して納得のいくものではなかった。
“敦賀蓮”の日本での知名度はたしかに高い。
しかしそれはアメリカで通用するものではない。
それをわからせるかのように、来る仕事といえば日本での収益を第一に考えた作品がほとんどだった。
そうした仕事を蓄積し、足場を固めてステップアップしていけばいい。
事務所はそんな方針だったのかもしれない。けれど、蓮は違っていた。
「あなたが笑顔で帰ってきたら」
常に頭を離れないその言葉に身を窶し、功を焦る。
(客寄せパンダ、広告塔……俺が目指しているのはそういうことじゃない。)
そんな焦燥が日に日に加速していくのを止められなかった。


そして、2年目。
蓮は淡々と事務所経由でくる仕事をこなす一方で、それとは別にこれはと思うオーディションを受け始めた。
―――無名の俳優、クオン・ヒズリとして。
ある意味、契約違反ともいえるその行動を、もしかしたらローリィだけは勘づいていたかもしれない。
けれど彼は何も言わなかった。

敦賀蓮の仕事をこなしながら、クオン・ヒズリとしても行動する。
ハードすぎる毎日は、身体にも心にも疲労を蓄積させた。
ただでさえ、思うようにいかない焦りも大きい。
部屋に戻れば泥のように眠る。
あれほど強かった酒に酔わされることも増えた。
それでも髪を染め、コンタクトをはめれば、そんな顔はおくびにもださず笑顔で仕事をこなしつづけた。
日本にいたとき以上の二重生活。

すべてキョーコを想えばこそできたことだった。
蓮にとって、キョーコの存在は力の源であり、救いであり、希望であり……しかし同時に弱みでもあった。

「1日も早く君のもとに帰りたい。君のすべてを抱き締めたい。」
「君の声を直接聞きたいよ。愛してる。」

募る気持ちが切実に彼女を求める。
最初蓮はそんなメールを送り続けた。
帰ることも、抱きしめることも、出来ないのはわかっていた。
だからこそ言葉を捧げた。
書いた言葉はすべて嘘偽りない気持ちだったから。

けれど次第に蓮の心は恐怖するようになった。
離れてみて初めて知った恐ろしいほどの恋情。そして妄執というほうがふさわしいほどの強い渇望。
想いが通じ合ったあとだったからこそ、それはなおいっそう強く、耐え難い苦痛を蓮にもたらす。
(このままじゃいけない。)
結果を出せない今の自分では、声を聞けば姿を見れば、すべてを捨てて彼女に逃げてしまうかもしれない。
そんな俺に彼女はきっと失望するだろう。そうなればすべてを失ってしまう。
想像するだけで震えた。
それだけではない。

「あなたが笑顔で帰ってきたら」
言われた言葉とともに自分に課した高い理想が、蓮の心をどんどん追い込んでいった。

声が聴きたい。
 ―――聴くのが怖い。
姿を見たい。
 ―――手を伸ばしたくなる自分が情けない。
逢いたい。
 ―――逢えない。
逃げたい。
 ―――逃げたくない。

嵩むジレンマが身を蝕む。
やがて、届いたメールに掛かってきた電話に、どう応えていいかわからなくなった。
携帯を手に取り、迷いに迷って考えに考えて、結局そのまま何もせず戻すことが増えていく。

いっそ一度自分から断ち切ってしまえばいいのかもしれない。


一瞬でもそう思った自分に、なお恐怖した。



* * *



「どうしてあのとき連絡してこなかった。」

運転席との間に可動式の仕切りが設けられている。
そのことが社の口を軽くしたのかもしれない。
「社長から、突然お前が3か月休むって聞いて驚いたんだぞ。それだけじゃない。」
なんでキョーコちゃんにちゃんと言わなかった、と社は押し潰すような声で漏らした。


社が口にした“3か月”。
そう。
それが始まりで、そして終わりだった。







(続く)
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