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家にありし櫃に鑠さし… (前編)

※2016.2.18一部改稿しました

書きたいネタにリンクする和歌に出会い、一気に筆を進めました。勢いで書いているので、後ほど改稿するかもしれません。
和歌とお話では男女が逆で、こちらはキョコ視点のお話となります(和歌の歌い手は男性です)。
このあと蓮視点のお話が続く予定です。


『敦賀蓮、5年ぶり凱旋帰国』
細く開けられた窓から吹き込む風に、そんなタイトルが大きく書かれた車内広告がゆらゆらと踊る。
ふと顔を上げたキョーコはその文字を目で追い、そしてゆっくりと外へ視線を移した。

見える空に星はなく、月もない。
低い街並みに圧し掛かる夜空は鈍い闇色を瞳に反射させ、過ぎた記憶を陽炎のように立ち上らせるけれど。
(もう、何もかも遠い。)
同時にわかりきった現実がゆっくりと身体を蝕んでいく。
それでも……心のどこかが微かに思う。

―――たしかにこの空は、あの人の空に繋がっていると。



にありし櫃に鑠さし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて
(万葉集 穂積皇子)



「キョーコちゃん?」
間近で聞こえた声にはっと顔を上げる。
さりげなく肩にかけられた手からゆるりと逃れ、キョーコは小さく微笑んだ。
「ごめんね。空を見てた。」
「空?」
「うん。今日は朔の日なんだなぁって。」
「さくのひ?」
「そう。新月のことを朔ともいうのよ。なんだか素敵な言い回しじゃない?」
「そうだね……。あ、それで明日のことなんだけど。」
「明日?」
「ああ。よかったら明日、いっしょにドライブでも行かないかと思って…」

ガタゴトと揺れる電車の音に紛れ、話しかけられる声はときおり聞き取りにくく途絶える。
けれど聞き返すこともせず、キョーコは適当に相槌を打ちながら再び蒼黒い空へと視線を戻した。


*


キョーコが関東近郊のこの町にきて3年になる。
小さな書店の店員。それが今の彼女の仕事だった。
ほんの数年前まで芸能界に籍を置いていたことが信じられないほど、地味で真面目で固い職場。
ほとんどスッピンに近い顔で店に出るキョーコに、かつての”京子”を見る者はない。
キョーコ自身ですら、今やLMEにいた数年は遠く儚い夢だったように思えていた。
たしかに、手にした女性誌やTVガイドでかつての親友たちの活躍ぶりは職場でもよく目にする。
でも、自分が彼らと同じ場所で同じ時を過ごしていたなんて、もう現実とはとても思えない。
そう。
かつて恋した人の存在は、ましてなおさら…。

(5年…ぶり、か。)
それなのに、偶然目にした見出しがキョーコの脳裏に過去の記憶を蘇らせる。
封じきれない記憶の欠片。

5年前、19歳になったキョーコが若手女優として頭角を現しはじめたころ、蓮はアメリカへ旅立った。
その少し前から付き合っていた二人。
初めて重ねた唇の熱さは、夢のような記憶の中にあって今もはっきりと覚えている。
高鳴る鼓動。零れる吐息。震える身体。
どこか奥底からこみ上げる得体のしれない何かに心が揺れ、悲しいわけではないのになぜか溢れる涙を抑えられなかった。

けれどそれだけ。
23歳と19歳のつきあいにしては、あまりにも幼すぎる関係だった。
蓮にとってそれはどれだけもどかしく物足りないものだったろうと、思い出すだけで心がちくちくと痛む。
けれどあの頃のキョーコにとってはそれが精一杯だった。
「ゆっくりでいいから」と微笑む蓮。
そのやさしさに甘え、キョーコが次の一歩を踏み出す前に、大きな試練が二人の前に立ちはだかった。

“ハリウッド進出”

それが蓮の長年の夢だと知っていたキョーコは「君を置いていきたくない」とごねる蓮を宥め、背中を強く押す側に回った。
行かなければいつか必ず後悔する。
自分が原因でそんな後悔を抱えてほしくない。
何度もそう言って説得した。
「それなら…。」
最後に蓮は言った。
「約束がほしい」と。
「プロポーズだと思ってくれていいから」とも。

嬉しかった。
この瞬間に息が止まってもかまわないと思うほど嬉しかった。
けれど頷くわけにはいかなかった。

「あなたが笑顔で帰ってきたら。」
キョーコはただそう返し、結果を必ず出すからと告げる蓮を笑って見送った。
そして、始まった遠距離恋愛。

時差もある。互いの仕事もある。
だから相手の状況が分からないのに電話をかけるのは憚られた。
代わりにキョーコはできるだけまめに近況を知らせ、蓮を気遣う言葉に溢れたメールを送った。
キョーコがメールを送ると、最初はすぐに届いていたメールや電話。
それが蓮が多忙を極めるにつれ、まず電話がなくなり、メールもほんの一言か二言になっていった。
「1日も早く君のもとに帰りたい。」
「君の声が聞きたいよ。愛してる。」
それでも届く言葉はすべてキョーコを想うものだったから、それだけで満足だった。
けれど、いつしかそれが同じ言葉の繰り返しになっていたことにキョーコは気づいてしまった。
何が彼に起きているかわからない。
恐れている答えがそこにあるかもしれないと、考えるだけで震えた。

知りたくなかった現実。
―――そしてその日は訪れた。

2月10日深夜0時ちょうど。
ロサンゼルスは、前日の朝7時。
早すぎる時間だと思いながら、キョーコは思い切って電話を手にした。
たとえ遠く離れていても、自分の誕生日には必ず毎年誰よりも早くおめでとうと言ってくれる。
その喜びがキョーコに同じことをさせた。

TRRRRRR--- TRRRRRR--- TRRRRRR--- …………カチャッ

長い長いコール音のあととられた電話。

「もしもし。敦賀さ…「ごめん。今ちょっと立て込んでて。」」
ようやく出た声は酷く焦っていた。
「あとで掛け直すね。」
そう言ってプチッと鳴った音は、今にして思えば切ったつもりで違うボタンを押していたのだろう。
言いかけた言葉を遮られ、驚いたキョーコはそのまま受話口を耳にあてていた。偶然にも繋がったままになっていた電話を。
その耳に遠く聞こえてきた異国の言葉。
「レーン。まだぁ?早くぅ~~。」
それは、しなだれるように甘い女性の声だった。

英語がわかる自分をこれほど呪ったことはない。
いや、たとえ言っている意味がわからなかったとしても、声の調子だけでそれと察することができたろう。
それほどわかりやすく甘えた声だった。

結局それきりキョーコのもとへ蓮から電話がかかってくることはなかった。
いや、本当はかかってきていたのかもしれない。
けれどそのときにはもうキョーコは、蓮専用に持っていた携帯の電源を落とし、別の電話は非通知拒否に設定してしまっていた。

怖かった。
真実を知ることが何よりも怖かった。
自分は彼の足枷になっていたのかと、そう思っただけで全身が震えた。

そしてそのままキョーコは蓮からの連絡の一切を拒否した。
何か言いたげな社を避け、一時は仕事に没頭しようとしたけれど、それも長くは続かなかった。
事務所で、スタジオで、テレビ局で。
ふとした拍子に蓮の姿が脳裏に浮かぶ。
台本を見ても、役作りをしようとしても、撮影が始まっても。
蓮の声が頭の中をぐるぐる回る。

優しい笑顔、優しい声、優しい香り、優しい温もり、そして……優しいキス。

同時にキョーコは目標をも失っていた。 
“敦賀さんと肩を並べる女優になりたい”
ずっとそう思ってきたのに。
いやそう思っていたからこそ、仕事のことを考えるだけで身体が強張る。

キョーコは演技ができなくなり、まもなくLMEから離れる決意を固めた。

「女優の道を捨てるつもりか。」
退所を願い出たキョーコにローリィは静かにそう尋ねた。
「捨てたく…ないです。でも…」
キョーコは絞り出すように言った。
「でも、このままでは事務所の皆さんにご迷惑をおかけするばかりです。こんな状態でここにはいられません。
それに…たとえ続けても今の私では、描いていた夢は絶対に叶えられない。それだけははっきりわかります。」
小さく目を伏せたキョーコの瞳からいくつもの涙粒が滴っていく。
「ここにいるかぎり、私はきっといつまでも変わらない。だから……。」
離れたいとキョーコは言った。

「それは…アイツを忘れるためか?」
しばらくして言われた言葉にキョーコは黙って首を振った。
「自分でもわかりません。ただ……もう一度自分を見つめなおしたいんです。」

「戻ってきたくなったらいつでも連絡するといい。」
「ありがとうございます。いつか……いつか必ずご連絡します。」
頭を下げたキョーコを、ローリィはただ黙って見送り……。


そして、キョーコは姿を消した。



*



「じゃあ、明日10時に迎えに行くから。」
顔を上げると、間近に親しんだ顔があった。

逃げ出した先で出会った友人。
同僚としてはじまった二人の関係は、友人を経てこのところ急速に距離を縮めつつある。
相手が自分に好意を持っていることに、キョーコももう気づいている。
気づけるくらい、キョーコも女性としてそれなりに年齢を重ねていた。

「うん。わかった。楽しみにしてるね。」
「でも大丈夫?なんか元気がないみたいだけど。体調が悪いなら別に無理しなくていいんだよ。」
「え?そんなことないよ。隼人くんこそ、寝坊しないようにね。」
「あはは、当たり前だよ。せっかくのデートなのに待たせたりなんてぜったいしないって。じゃあ、明日。」
「デートってそんなんじゃ……」
「しぃーっ!それは言わぬが花ってことで。」

軽口をたたきあい、笑顔で手を振り、アパートに戻る。
やさしい同僚であり親しい友人である彼。
いい人だと思う。もしかしたら、いつか好きになれるかもしれない。
この5年の間に、これほど心を許すことができた相手は初めてだった。
どうしてだろう?と考えて、すぐに答えを見つける。


―――彼の香りがあの人と同じだったから、と。






(続く)
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