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レモンとチューリップ 後編 ~2016バレンタイン~

プルタブを開けて啜った紅茶は思いのほか甘かった。
(あれ?)
どうやら間違えて買ってしまったらしい。
バレンタインのプレゼントを渡すというただそれだけのことに思いのほか動揺していたことに、キョーコは我ながら少し呆れた。
それでもちゃんと渡せたことは素直に嬉しい。

(食べてくれたらいいな。)
自己満足かもしれないけれど、思いを託したあのお菓子を一口でも食べてもらえたなら行き場のない恋心も少しは報われるような気がする。
(……なんて、ばかみたい。)
昔の自分をふと思い出して大きく息を零し、改めて啜った紅茶は慣れてきたのかさっきほどひどい甘さは感じなかった。
むしろ不思議と心地よく身体中に甘さがいきわたっていく気がする。
心地よい甘さ……。

『君が気に入ると思って買ったものだから』

蓮と別れてからもずっと、キョーコの脳裏には言われた言葉がずっと響いていた。
握りしめた小さなギフトボックスの包み紙が、手の温もりでしっとりふやけてしまいそうになるほど。
―――旅先でも敦賀さんが私のことを考えてくれた。
ただそれだけで胸がいっぱいになって、言いようのないふわふわとした幸福感に包まれる。
そうして受け取った箱を大切に掌に乗せ、キョーコはしばらくじっと見つめた。

開けてしまうのはなんだか惜しい気もする。だからといってこのままにしておくのはもっと無理。
何度も逡巡した末に結局手を伸ばし、見たこともない言葉が模様のように描かれている包み紙を丁寧に開いていくと、中から転がり出てきたのは小さな空色の箱だった。
真ん中に描かれた白鳥のマーク。
(え?)
それはキョーコも知っている有名なクリスタルショップのロゴ。
(そういえばチェコの人がはじめたって聞いたことがあるけれど、たしかオーストリアのお店だよね……)
ってそういうことじゃないでしょっと自分の頭をぽかすか叩く。

(これがおみやげ?ちょっと見つけたから?だってこれって…)
気軽に買うには、けっこうな高級品なのに。
そりゃ、敦賀さんからしたらこれくらい”たいしたことない”のかもしれない。
しれないけれど、でも……。
やっぱりあっさり受け取るんじゃなかった。
まして手作りのお粗末なレモンピールと物々交換とか、恥ずかしすぎる……。

頭の中でぼやいたり顔色を青くしながら、それでも開けてしまった箱の中をついのぞくと、中には小さなクリスタルのウサギが鎮座していた。
「か、かわいい…。」
思わず呟いてしまうほど愛らしい姿のウサギ。
それは赤いチューリップの花束と、それから小さな小さなカードを誰かに捧げるように抱えていた。swk1177251.jpg
「šťastný Valentýn」と書かれた小さなカードを。



「ねえ、君。それはどういう意味?」
カードを指さし、ひとり言のように言いながらウサギの頭をちょんとつつくと、窓から差し込んだ光が反射して虹色に跳ね返る。
「君はただのおみやげだよね?そのカード、いったいどこから持ってきちゃったの?」
キョーコが何度話しかけても、ウサギはただキラキラと透明感あふれる光で無垢な瞳を輝かせるだけ。
何も答えてはくれない。
気になってしかたない、その答えを教えてはくれない。


あれからすぐキョーコはカードの意味を調べた。
それはチェコ語で「Happy Valentine」を表す言葉だと、調べたページに書かれていた。
そしてもう一つ。
チェコではバレンタインは「大切な人に愛情を伝える日」とされていると。

「君は知ってる?赤いチューリップの花言葉って“愛の告白”なんだよ。そんな思わせぶりな花束を抱えて、君はいったい誰にその花をあげるつもりだったの?」

もう何度、そのウサギの鼻先をつついただろう。
つついてもつついても、ウサギは思わせぶりにキラキラと輝くばかりで。
それが光り輝くオーラに満ちた彼の人自身を思い出させて、余計に胸が痛くなる。

(…あるわけないし。)

「きっと本当は別の誰かのところに行く予定だった子なんだね。」

忙しい仕事の合間に思いつきで買われた可愛いウサギ。
あの人気店のことだから、たぶん同じものを買った誰かのものと間違って包装されてしまったのだろう。

「……あるわけないものね。」
今度は声に出して呟いて、キョーコはそっと唇を噛んだ。



* * *



同じ頃―――。

楽屋で一人になった蓮は、キョーコからもらった箱をそっと取り出した。
社の手前、クッキーをしっかり受け取りはしたものの、本命はこちら。
この存在だけは、社にもなぜか決して言いたくなかった。

丁寧に包み紙を外すと出てきたのは、シックな黒をベースにモネの「睡蓮」があしらわれたギフトボックス。
そんなところからも、キョーコが自分のためだけに用意してくれたのだと確信でき、ますます頬が緩んできてしまう。
中には、ありがちな皮を短冊切りしたものではなく、綺麗に輪切りにされたレモンピールがきれいに整列していた。
ほんの飾り程度にチョコがつけられたそれを1枚手に取り、小さく齧る。
とたんに爽やかなレモンとほんのり混じるラムの芳香が鼻先に広がった。
口内に広がる味わいもキョーコが言っていたとおり甘さは控えめながら、ほろ苦い酸味が舌に心地よく、甘いものが苦手な蓮も躊躇なく食べられる。
(これ、簡単そうに見えて、じつはけっこう手間と時間がかかってるんじゃないか。)
その手間が自分のためだけにかけられたのだと思うと、たまらない。
(そもそも、彼女が作ったものを嫌いに思うはずがないけれど。)
それだけでない美味しさを蓮は噛み締めるように味わった。

そういえば今日渡した”おみやげ”……。
彼女はいったいどう思っただろう。
まあ、鈍感なあの子のことだ。
何も考えずに「こんな高価なもの、おみやげでもらうなんて!」とでも言ってそうだけど。

くすっと笑ってもうひと齧り。

日本以外の国ではバレンタインは男性から女性に愛を送る日だって、日本にずっといる彼女はきっと思いもよらないだろうし。
まして赤いチューリップの花言葉が「愛の告白」だなんて。
たとえ知っていたとしても、俺が意識してやっているとは夢にも思うまい。

それでもいいと蓮は思う。
今はまだ自分の気持ちを明らかにしたところで、きっと彼女は受け入れてはくれないだろうから。
(なんといってもラブミー部の大ボスだからね。)
先は長いなと小さくため息をつき、また一口。

まあ、さすがに少しは考えてくれないかと、わざわざカードまでつけてはみたけれど。
せいぜい何かの間違いだと自分を言いくるめておしまいなんだろうな。
いや、それでもこうして俺だけのためにバレンタインプレゼントを作ってくれたんだから…。

―――たとえそれが”尊敬する先輩”のためだとしても。

充分じゃないか。
でも……

―――このレモンピールが、本当に”愛”をこめたものだったらどんなに幸せなことか。


「いや、あるわけないな。」
手にしたレモンピールの最後のひとかけを齧り、蓮はぽつりと呟いた。







Fin
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このじれったい二人の続きが、ホワイトデイにかけるといいなあと思ったり思わなかったり…
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コメント

  • 2016/02/15 (Mon)
    23:18
    やはり

    うさぎさんキュートですね。毎日うさぎにむかって問いかけつづけるキョコさんが可愛いです。

    似た者同士というオチもナイスでした。

    お互いにことあるごとに特別扱いしまくりつづけるだろう二人。

    その積み重ねにもしかしてと思うのはどちらなんでしょうね。

    まじーん #NkOZRVVI | URL | 編集
  • 2016/02/22 (Mon)
    10:12
    Re: やはり

    > その積み重ねにもしかしてと思うのはどちらなんでしょうね。

    積み重ねの続きはたぶんホワイトデーか、年末あたり…
    っていうのはこの亀で鈍な二人には無理ですかねえw ←

    ちなぞ #- | URL | 編集

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