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暗香疎影 (後編) ~蓮誕~


……京都?

「京都に行ったの?いつ?でも京都にいく仕事なんかなかったよね?それともなにか…」
疑問が続けざまに口に出た。

だってそうじゃないか。
仕事でなくて彼女が京都に行くとしたら、用事があるのはあの男の家。
アイツと何かあったのか。
考えただけで心が軋む。

そんな心の動きを察したのか、ハッと唇をゆがめ仕方なさそうに彼女は言った。

「昨日、行ったんです。」
……昨日?でも、たしか一昨日事務所で会った。
「日帰りで?」
「ええ。神社に行っただけなので。」
何気なく出た言葉に、胸がざわめく。
「まさか」
……まさか。
「わざわざ俺のために?」
……俺のために。
妙な沈黙が二人の間に流れ、彼女が欲する気まずい空気がゆるゆるとその場を支配する。
「えっと、その………。」
面を伏せ言葉に窮するその様が、逆に答えを明らかにしていた。


不意に彼女はぐっと唇をかみしめ、顔を上げた。
「向こうに行ってもがんばってくださいね。敦賀さんならこんなお守りなくてもぜったい成功すると思うけど。
でも応援してますから。私、本当に応援してますから。
あと、あの…私のこと覚えていてくださいね。いつか自慢の後輩って言ってもらえるようがんばりますから。そんな子忘れたなんていったら怒りますよっ!」

時折笑顔を作り、勢い任せの早口で言葉が次々と飛び出す。
口を挟もうとしても許されず、俺はただ茫然とせわしなく動く唇を見つめていた。

―――そしてみるみる水滴が溜まっていく眦を。

大きくふくらむ水滴に月が映る。
もう今にも崩れ落ちそうなその塊が不安定に揺らぎ、彼女の瞳の色がさっきまでとは全然違う色に見えた。
全然違う……ひどく哀しげでひどく寂しげな色に。
さっきまでのはにかんではしゃぐ瞬きをもう一度取り戻したくて。
俺はその塊をどかそうと指を伸ばした。

「ねえ、聞いて。」

冷えた肌に触れた途端言葉が止まり、指先をつぅーと薄く水滴が伝い流れていく。
「帰ってくるよ。」
「え?」
「ちゃんと帰ってくる。……というか、もともとすぐ帰る予定だけど。」
そう言った途端、彼女はぽかんと口を開け、どんぐり眼でこちらを見つめた。

「アメリカに行くのは本当。ハリウッドに挑戦するのも本当。でも、撮影が終わったらすぐ戻る予定。まあ、3か月くらいは留守にするかもしれないけれど。」
日本での仕事もあるからちょくちょく合間に戻ってくるし、と続けると彼女の顔がみるみる赤らんでいった。
"え?うそ、やだ…"そんな呟きが唇から漏れ聞こえる。
一瞬躊躇い少し考え、俺は指をあてていた手のひらをそっと彼女の頬にあてた。
言葉を失ったままピキンと固まった彼女の顔が一気に朱に染まる。
二段階の変化がそれぞれどういう意味を示すのか図りかね、結局俺はゆっくりと手を下ろした。


*


「開けてもいいかな。」

それはむきだしでなく丁寧に縫い込まれた手作りのお守り袋に入っていた。
細い江戸打紐をあしらった手織り紬布の袋。
深みのある落ち着いた風合いは、俺が好んで身につけるものに近い色味で。
贈る相手を思って選ばれたのがつぶさに伝わり、頬が緩むのを止められなかった。

―――俺のために。

「ありがとう。」
こみ上げる喜びをどう伝えたらいいかわからず、手の上でそれを何度も裏表させる。
その動作をどう捉えたのか。
「こ、こんなものでごめんなさい。アメリカからもう戻られないかもと思っていたから。荷物になっちゃいけないと……でもいいものが何にも思いつかなくて「戻るよ。」」
言い訳するように必死に言い募る彼女に、言葉を重ねた。

「どこにいったとしても必ず戻る。ここに。」

目の前で頼りなく揺れる肩に思わず手を伸ばしかけ、すんでのところで手を止める。
彼女の目がじっと俺を見つめていた。
一瞬視線が絡んだと思ったらすぐ、伸ばした手から逃れるように身をそらし視線をそらし彼女は再びせわしく話し始めた。

「あ、あの…そ、そしたらよかったら、なにか必要なものやほしいものを教えていただけますか。何でもっていうわけにはいかないけれど、でもそれだけじゃあんまりにも…。あ、えっと時間をいただけt「嬉しいよ。」」
俺は、手の中のお守りをじっと見つめる。
「君が俺のためを思って用意してくれた。こんなに嬉しいものはない。」
「でもそれじゃ…ほんの気持ちを差し上げただけみたいで恥ずかしいです。」

―――気持ち?

そのときまた、甘い香りが俺を揶揄うようにふわりと鼻孔を擽った。
それは良酒にも似て、俺の心を心地よく酔わせ、惑わせる。
彼女自身にも似た清廉な香り。

「ほんの気持ち?」
「はい。」
「気持ちなの?」
「……はい。」
「気持ちをもらっていいの?」
「は?」
彼女の表情が一瞬きょとりと固まる。
「さっき何か必要なものやほしいものがあったら…って言ってたよね。これはほんの気持ちだから、と。」
「言いました…けど?」
「じゃあ言うね。どうせ気持ちをくれるなら、“ほんの気持ち”じゃなくて“ぜんぶの気持ち”を俺にくれない?」
「…え?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼女の瞳を覗き込むと、困ったようにその色が揺れた。
その様がなんだか小動物みたいで可愛すぎて、ますます俺はこみ上げる想いを抑えられなくなる。

「俺は、君の気持ちのぜんぶがほしい。」
「えっと、あの…。」
「今俺が必要なもの、何より君からほしいものはそれだから。」
意味が分からないといった表情でじっと俺を見る彼女。
「言い換えようか?」
そういうと、どう捉えたのか彼女はほっとしたように頷いた。

「君の心がほしい。」
―――君がほしい

驚いた彼女が逃げ出してしまわぬように。
言い終える前に、再び掌を彼女の頬に添える。
今度は片手でなく両手で。
途端にうっすらと指していたピンクの色が、頭上に揺れる梅の花ほど濃くなった。
そのまま指先で頬をやさしくなぞれば、ぴくりと揺れる小さな身体。

「君の心を頂戴。」
―――君を頂戴。

ぱくぱくと口を動かしているけれど、まだ彼女は逃げ出さない。
驚いて足が動かずにいるだけなのか、それとも…。
頬を赤らめ瞳を潤ませるその表情は、単なる驚きだけとはとても思えなくて。
俺の中に生まれた幸福な予感が甘く喉を嚥下していく。
そして俺は、焦げ茶色の瞳をしっかりと捉えた。

「それが俺にとっては何よりのお守りで励みになるから。だから君を…」
―――君のすべてを頂戴。


追い詰めるように一歩踏み出した俺の鼻先を、梅の香がひときわ濃く吹き抜けた。



* * *



あの日から―――。
誕生日はまた俺にとって特別で幸せな日になった。
いや、昔よりずっと特別でずっと幸せな日になった。


好きな相手に誕生日を祝ってもらえるのは嬉しい。
家族でも、友人でも、親しい相手なら誰であっても。
けれど「おめでとう」とはにかむ恋人をこうして抱きしめていられるのは何より嬉しくて幸せだと。

この腕の中で笑う彼女を見るたび、そう思う。





Fin


Happy Birthday Ren!!
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コメント

  • 2016/02/11 (Thu)
    22:09
    うーむ

    お話も素敵でしたが、文章も素敵。

    梅の花の香りが漂う蓮さんのバースデーのお話をご馳走様でした!

    まじーん #NkOZRVVI | URL | 編集
  • 2016/02/12 (Fri)
    08:03
    Re: うーむ

    >まじーんさま

    いつもたくさんコメントいただきありがとうございます。
    なかなかモチベキープするのって大変なのですが、コメントいただけるとやる気が出てきます♪

    > 梅の花の香りが漂う蓮さんのバースデーのお話をご馳走様でした!

    お粗末様でしたm(__)m
    梅の花の香りを感じていただけてよかったですー。

    ちなぞ #- | URL | 編集

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