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追風用意 ~ side R ~

その日、蓮と社は新ドラマの打ち合わせでテレビ局を訪れていた。
約束までの時刻はぎりぎり。
だが局に着いたところで、社の携帯が鳴った。
「蓮、悪いけど先に行っててくれるか。17階の第二会議室だから。」
「わかりました。」
受話口を耳にあてた社に軽く頭を下げ、蓮は急ぎ足で高層階行きのエレベーターに向かう。
ちょうど一基が到着している。
かなり混雑しているが、一人ぐらい問題なく乗れるだろう。

(・・・え?)

何気なく目を向けたその先に現れた、覚えのある顔。
一瞬言葉を失い、まじまじと見つめる。
くりっとした大きな瞳が驚きの光を発し、同じように蓮を見返していた。
内心浮かんだ歓喜を全力で押し殺し、いつもの顔つきで微笑みかける。

会いたくて。
なかなか会えない焦燥にずっとかられていた。
その当の相手に、こうして邂逅する幸運。

―――神様も粋なことを。

引き寄せられるように隣に並び、当然のように声をかける。
「やあ、おはよう。」
「お、おはようございま・・「すいませーん!乗りまーすっ!」

キョーコに気を取られていたせいで、反応が僅かに遅れた。
背中に当たる衝撃にバランスを大きく崩し、慌てて目の前の壁に手をつく。
「・・・・・きゃっ!」
すぐ下で押さえた悲鳴が上がり、はっと身を引こうとしたが、思いのほか強く背を押され身体が元の場所に戻らない。
追い詰めるつもりは毛頭ないのに、キョーコを壁際に身体ごと追い詰めた形になり、気が焦る。
それを嘲笑うかのように、ふわりと頬をくすぐる髪の感触。
鼻先に追いかけてくる、石鹸よりもほんのり甘いフローラルの香り。
思わずこくりと唾を呑んだ。

「ごめん。大丈夫?」
謝ったのは、その状況に対してよりも、瞬間抱えたやましさに対してだったかもしれない。
「だ、大丈夫です。」

(大丈夫じゃないのは、俺のほうだ。)

とっさに思い、苦笑する。
この密室ではかける言葉もほかになく、それだけに気持ちがすべてキョーコに向いた。
檻のように囲った腕の中にいる彼女。
見上げられた瞳はいつもよりずっと大きく、深い戸惑いの色を湛えていて。
その奥にはっきりと映る自分の姿に心臓が跳ねた。
もぞもぞと困ったように彼女が身体を捩らせるたび、フローラルの香りがからかうように鼻先をかすめる。
その事実に心が騒いだ。
偶然がもたらした成り行きが、言い得ぬ苦境を蓮に強いる。

―――息が・・・詰まりそうだ。

抱き締めているわけでもない。
抱き合っているわけでもない。
ただ、身体が触れ合っている。
それだけだというのに。
感じられる確かな温もりが愛しすぎて苦しくて、胸が押し潰されそうな感覚に陥った。


高層階に向かって上昇するエレベーターは、ため息が出るほど込み合っている。
運び込まれたセットの一部。
焦りを隠せない様子のAD。
しかめ面をしたスーツ姿のサラリーマンたち。
狭くもない、かといって広くもないエレベーターの閉ざされた空間で、誰もが小さな苛立ちを抱えながら無理な姿勢を取らされていた。
その中で、明らかに周囲から意識されている女・・・と男。
けれど、どんなに注目されても蓮の視界にはキョーコしか映っていなかった。

俯いたままの睫毛が、ふるふると揺れている。
身体中に伝わる小さな震えはきっと気のせいじゃない。
どうして顔を上げないの?
何をそんなに怖がっているの?
なぜ―――俺を見ようとしないの?

箱内に広がる苛立ちの欠片が蓮の心にも作用する。
俯く頭に不安が募り、不安はやがて焦りへと姿を変える。
そして気が付くと、蓮は再び口を開いていた。

「本当に大丈夫?」

躊躇いながらかけた声にようやく顔を上げたキョーコを蓮はじっと見つめた。
薄紅色の無垢な唇が何か言いたげに開き、けれど音を発さずに閉じる。
こくんと頷く瞳の中に小さな怯えにも似た揺らぎを見つけてしまったら・・・それ以上もう何も言えなかった。



カクンッ
堪えがたい想いを断ち切るように小さな揺れが生じ、エレベーターが止まった。
ゆっくりとドアが開く。
再開する人々の喧騒。
僅かな邂逅が終わりを告げようとしている。

「じゃあまた。仕事がんばって。」

ただそれだけ言って、去るつもりだった。
けれど身体を上げようとしたその時、キョーコが何気なく髪を震わせた。
ふわりと立ち上るフローラルの香り。
ちらりと顔を出した小さなつむじ。

(・・・最上さん。)

蓮はたまらずその場所に唇を落とした。
周囲には気づかれぬよう、人々の動きに合わせてさりげなくそっと。
無意識に伸ばした指先が、去り難く布を握る。
そうしてキョーコの香りを、胸いっぱいに吸い込んで。
蓮は静かに身体を起こした。
すべてはほんの一瞬の出来事。


次に会えるのはいつだろう。
そのときは君の笑顔を見ることができるだろうか
君のあの花のような笑顔に会いたい。


心からそう願いながら、蓮は足早にその場所を去った。


追いかけるキョーコの視線には気づくことなく。




Fin
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