スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Talay Bua Daeng (中編)

暗青色の空からひとつまたひとつと星が姿を消していく。
呼応するように東天がほんのりと赤みを帯び、やがて朝靄に沈む水面へ仄明かりを放ちはじめた。
ゆらゆらと揺らめく曙光を浴び、夜は拳のように固く閉じていた蕾の群れが少しずつその殻を脱ぎすてていく。
そうして気が付けば、水面はどこまでもまばゆく緋色の花々に埋め尽くされ、その姿を大きく変えていた。

タレーブアデーン。
  ・・・・・・”睡蓮の紅い海”へと。




それがラストカットだった。

待ち望んだクランクアップの声がかかり抜け殻になったように、蓮はその場に立ち尽くす。
目の前に広がる情景は淡く切なく、神秘的な静けさと胸を打つ美しさに満ちていた。

――――彼女がここにいたら。

真っ先に浮かんだのはそれだった。

この光景を彼女がみたら、どれだけ驚嘆し、どれだけ感激し、どれだけはしゃぐことだろう。
大きな瞳を瞬かせ、興奮した様子で思いを語り、俺の腕を引く彼女の姿が目に浮かぶ。
俺はきっと引きずられるようにして、湖畔へと連れていかれるんだ。
たぶん彼女は時折くしゃっとした笑顔で俺を振り向き、「もうっ、置いていっちゃいますよ。」と口をとがらせる。
満面の笑顔はそのままに小さく首を傾げながら。

そうしたら有無を言わさず、彼女をこの胸に引き寄せよう。
引き寄せて、抱きしめて、そのままキスをして。
抱え込んで離さない。

――――ぜったいに。

途端に、苦しいですっ!とぷりぷり怒るキョーコの顔が見えたような気がして、蓮はクスリと笑みをこぼした。



*



撮影を終えてすぐ、帰国の途に就いた。
バスに乗り、飛行機を乗り換え、ようやく日本へと飛び立つ。

つながらない電話にやきもきし、不安と焦燥にかられながら一人の時を過ごすのももうおしまいだ。
キョーコのいる日本へ。
とにかく、1分でも1秒でも早く帰りたかった。

そうしてようやくマンションにたどり着いたのは、もうすっかり日が暮れたころだった。
時計を見て、少し考える。
(やっぱり荷物を置いて少し身体を休めたら、事務所へ顔を出そう。)
もしかしたらキョーコに逢えるかもしれない、そう思うだけで移動の疲れも抜けていく気がする。
単純だな俺、と思いつつ重い扉をギィーと開けた。

え?

扉の向こうから流れ出す風が妙に暖かい。
その風に混じる何か美味しそうな匂い。
疑問に思い、すぐにはっとして顔を上げる。

「え、えっとあの・・・お、おかえりなさい。」
落ち着かない様子で、もじもじと頬を赤らめるキョーコがそこにいた。
「・・!」 
驚きのあまり声がでない。


キョーコにはいつ来てくれても構わないとずいぶん前に部屋の鍵を渡してあった。
でも生真面目な彼女は、いくら言ってもそれを使おうとしなかった。
キョーコらしいと思いつつ、蓮にはそれがどこか寂しくもあったのだけれど。
――――まさか今日こうして来てくれるなんて。


「勝手に来ちゃってごめんなさい。でも・・・あの・・・あ、逢い・・・たくて。」

顔を真っ赤に染めて言いにくそうにそんな言葉を口にするキョーコは、まぎれもなく本物で。
2か月ぶりに目にするその姿に心臓がはちきれそうに高鳴り、蓮は自分がどれだけ彼女に飢えていたのかを知った。

「そ、それで私も、蓮さんに合わせてお休みとっ・・・・れ、蓮さん!!??」

キョーコが最後まで話す前に、蓮の身体がぐらりと揺れた。
持っていた荷物を足元に落とし、前のめりに倒れこむ。
「!!!!」
慌ててキョーコは両腕を差し出し、崩れる身体を支えようとした。
落ちていく蓮の頭が、その腕に引き寄せられるように色白の胸元へと滑り込む。
とすんと落ちてきた頭を、キョーコは思わず抱えるように抱きしめた。

サラサラの髪が頬に触れ、なじんだ香りがふっと鼻を霞める。
(蓮さん・・・だ。)
胸に感じる頭の重みが、どうしようもなく愛おしい。

キョーコは、埋もれた頭にキスするように自分の顔を重ね、その背に手を回した。
2か月ぶりに触れる身体は、記憶にあるよりひと回り細くなっていて。
やはり撮影が相当きつかったであろうことを悟らせる。

「おかえりなさい。」

もう一度小さくそう呟き、ぎゅっと抱きしめた。と、
(・・・ん?重くない?)
そのとき、支えているつもりだった身体からちっとも重みを感じないことに気づいた。

「蓮・・・さん?」

クスクスとこみあげるような笑い声とともに、キョーコの身体がふらりと持ち上がった。
あっという間に横抱きにされ、キョーコは驚きに目を見張る。


「ああ、キョーコだ。」

万感がこめられた声だった。





(つづく)
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。