Talay Bua Daeng (前編)

成立後のお話です。
たぶん後半はRになっていくと思いますのでご注意を。



「キョーコの手料理が食べたい。」


電話越しにぽつりと呟かれた声には、隠せない疲労がにじみ出ていた。
蓮には珍しく弱音じみた物言い。
そんなことをつい口にしてしまうほど過酷な現場なのかと、キョーコは身体を震わせた。
ただでさえ、かかってくる電話は間遠で雑音混じりなばかりか途切れてしまうことも多く、二人を隔てる距離の大きさをイヤでも強く感じさせる。
それもまた不安を助長させていた。

―――でも、仕事だから。

何度も自分に言い聞かせたけれど、気持ちが落ち着くはずもない。
だからといって憂心を口にするつもりもなかった。

「あと2週間ですから。そうしたら蓮さんがもう嫌だっていうくらい、たくさんたくさん食べさせちゃいますからね。」
キョーコはあえて朗らかな口ぶりでそう返し、返事を待った。

「うん、楽しみにしてる。あと2週間でキョーコに会えるって思えば、なんとかがんばれそうだよ。・・・早く君に逢いたい。」
弱々しいながらも声に笑みを滲ませる蓮。
それがかえって切なく響き、キョーコの心を締め付ける。
そのせいだろうか。
「私こそ・・・早く・・・会いたいです。」
珍しく素直にそう口にし、言われた蓮は思わず額に手をあて赤面したのだった。



蓮がタイへ渡り、2か月弱になる。
ラオス国境にほど近い山岳地帯。凍えるほどの寒気の中、食事も環境も充分とはいえないその場所での撮影は予想以上にハードなもので、出演者もスタッフも相当な消耗を強いられていた。
もちろん蓮も例外ではない・・・が、他と大きく異なっていたのは、蓮の辛苦が食事や環境の問題ではなかったことだ。
食事の粗末さも環境の厳しさも、意志の力でどうとでもできた。
いい映画を撮るためなら、何を要求されても、逆に何を我慢させられてもかまわない。
俳優として高みを目指すならそれくらい当たり前だと思い続けてきた蓮にとって、この程度のことは大した苦難ではなかった。
けれど自分でも空恐ろしくなるほど・・・キョーコに会えない辛さは胸を抉った。


二人が付き合い始めて1年。
1年といっても、互いに忙しい立場もあってゆっくりと二人で過ごせる時間はほとんど持てていない。
それでも必死に予定を合わせ、何とかキョーコと過ごせるよう時間を作ってきた。
すれ違うほどに短い時間でも、それでも顔が見られれば心が落ち着いた。
会うたびに想いは募り、恋の熱は狂おしいほど燃えさかる。

ひと目でいいから逢いたい。
ひと言でいいから声を聞きたい。
ほんの僅かでも、その温もりに触れたい。

気持ちを通じ合えた今、その渇望を抑えきることは無理難題に等しかった。

会えば必ず、離れたときの淋しさが募る。
離れがたい想いがなお一層強まり、苦しくてたまらなくなる。
それでも会わずにはいられない。

そんな蓮にとって、どんなに会いたくても決して会うことのできない今の状況がどれほどきついことか。

ふとした折りに自分でも訳が分からないほどの焦燥感に襲われる。
気候のせいではない、身体の内側から込み上げる寒気に震えが止まらなくなる。
底知れぬ寂寥が迫り、心のすべてがキョーコを求めた。
キョーコという温もりを。

――――まったく、俺は。

自分で自分に、呆れた。




ツーーーー、ツーーーー、ツーーーー

一昨日から衛星電話がつながらない。
荒天が続いているせいだろうか。
このまま天候が回復しなければ、撮影がさらに延びる可能性がある。

――――目を離したらキョーコにどんな虫が寄り付くかわからないっていうのに。

そんなくだらないことまでもやもやと考え続ける自分の情けなさに呆れ、ため息が漏れる。
今更ながら自覚させられるキョーコへの強い執心。

つながらない電話を投げやりに寝床へ放り、蓮はぐっと目を瞑った。





(つづく)
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