スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

angel's ladder (5)

視点がころころ変わって読みにくいですがお許しくださいませ。


吹き抜ける北風が俯いた鼻の奥をツンと刺激する。
思わず滲んだ涙の感触に、心の糸がぷつりと切れた。
乗り越えたはずの過去の記憶が、彼方から津波のように押し寄せてくる。


―――フラッシュバック。

突然訪れた感情の波は、その名をもつ現象によく似ていた。
けっして口にできない、したくない言葉が、記憶が、心の奥から次から次へと溢れだして止まらない。

だって、私。私は望まれない子供だったから。
どこにいっても嫌われ者で、ずっとずっと誰からも愛されなかったから。
今は違う。
たしかにそう思っているけれど、過去の自分までは取り消せない。
その過去の自分に、疎まれる原因が何もなかったなんて、どうしていえるだろう。
ううん。たしかにあったんだ。
私自身、自分を好きでなかったくらいなんだから。
それなのに・・・。
天使が連れてきた子どもだなんて。
そんなのありえない。
絶対に、ありえない。
私は。
私は・・・・

どうしようもなく心が震えた。
大丈夫と自信をもっていた”今の私”すらただの衒しに過ぎないように思えてくる。
目の前に光はあんなにもやさしく温かく見えるのに、纏わる風はこんなにも冷たい。
私のもとに、あの光は届かない。

たまらずその場にしゃがみこんだ。
押し寄せる濁流に飲まれ、体の奥から苦いものがこみあげてくる。

『嫌わないで』
『私のそばにいて』

気が付けば私は、言葉ではなく嗚咽という形で幼い頃からただひたすらに願っていた思いを叫んでいた。


*


俯き、やがて蹲った彼女を前に、俺は始め為すすべもなく立ち尽くしていた。
これほど無防備に弱さを曝け出す彼女はみたことがない。
計り知れない悲しみと苦しみを全身で訴えている、そんな彼女は少なくとも自分・・・敦賀蓮という人間の前では。
彼女にそんな感情を呼び起こすきっかけを作った自分が苦々しい。
が、苦々しさを噛みしめるよりまず彼女をなんとかしたかった。

俺にいったい何ができるだろう。
どうすれば、彼女をその悲しみや苦しみから癒してあげられるのだろう。
どうすればその笑顔を守ることができるのだろう。
どうすれば・・・。
今ここにいる俺はそのすべを何ももっていない。
そう―――ただ、この二本の腕以外は。


せめて今この瞬間だけでも、彼女を脅かすあらゆるものから守りたいと。
ただその一心に突き動かされ、俺は震える肩に両腕を伸ばした。


*


(・・・・・・温かい。)

しゃがみ抱えた膝に顔を埋め嗚咽にあえぎながらも、先ほどまで感じていた寒さが不思議に和らいだのを頭のどこかで感じた。
その温もりに気持ちが緩み、最後まで抑えていた情動までもがむき出しになる。
必死にこらえていた涙が溢れ、キョーコは子供のように泣きじゃくった。
そうして自分でも気づかぬまま澱のように溜まっていた感情を、怒涛の如く吐き出して。
吐き出して、出し尽くした、そのあとになってようやく。
温もりの源に意識が向いた。

知らぬ間に背に回されていた二本の腕。
まるで吹きすさぶ嵐から燈火を守るようにやさしく、それは彼女の身体を包んでいた。
抱きしめるというほどの強い感触はない。けれど、たしかに伝わる穏やかな温もり。
何もかも吐き出して空っぽになった心に、その温もりが染み渡る。

――――パンドラの箱を開けたら最後に残ったのは“希望”だった。

ふとそんな逸話が頭を過った。
私はひとりじゃない。
そんな思いが、希望が、心の奥にいつのまにかぽっと灯っていた。
でも、ただの後輩がその“希望”にいつまでも縋るわけにはいかない。

「ご、ごめんなさい!」
置かれた状況をようやく把握し、慌てて立ち上がろうとしたのを回された腕が阻んだ。
勢いあまって前のめりになった身体が、そのまま逞しい腕の中に絡めとられる。

(・・・!)

“敦賀セラピー”と密かに名付けた甘く温かい抱擁が、先ほどまでとは打って変わった強さを持って彼女を覆った。
いつだってキョーコを不思議なほど癒してくれるものだったそれが、今日はなぜかひどく落ち着かない。
ドクドクと痛いほど心臓が脈打ち、逃げ出したいとさえ思ってしまう。
(ど、どうしよう。私・・・。)
そのとき、抱きしめる腕にひときわ強い力が加わり穏やかな声が頭上から静かに響いた。

「ねえ、最上さん。」

赤子をあやすように淡く身体を揺すられる。

「なにか悩みがあったり辛いことがあったりしたら何でも言ってほしい。
どんな小さなことでもかまわない。
全部を言いたくなければ、ほんの欠片でもかまわない。
それだけで・・・。」

片手は背に置いたまま、もう片方の手が頭に移り、くしゃくしゃとかき混ぜるように撫でられる。その感触が、開きかけたキョーコの口を閉じさせた。

「それだけで、俺は君のそばにいてもいいんだって思えるから。」

―――だからお願いだよ。

耳元で響く声は、なぜかどこか苦しげで。
心臓をキュッと軋ませるような切なさに満ちていた。




(つづく)
スキビ☆ランキング ←参加してみました。よろしくお願いします。

関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。