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angel's ladder (3)

車に乗り込んだ瞬間、驚いて目をみはった。
目の前の景色があまりにも広く、あまりにも丸見えだったから。

(どうして乗っちゃったんだろう。)

助手席なんてろくに乗ったことがないからわからなかった。
これじゃ身の置き所がどこにもない。
(誰かに見つかったらどうするの?)
全身が不安でいっぱいになる。
(いくら敦賀さんに誘ってもらえたからって、いくら近いからって、やっぱり乗るべきじゃなかった。)
ひどく後悔したけれどもう遅い。
私が驚き戸惑っている間に車はもう滑るように走り出していて。
流れる街並みとともに、事務所がどんどん遠ざかっていく。

どうしよう。
どうしよう。

エンジンが低く唸り声をあげるたび、いてもたってもいられない気持ちになる。
それなのに敦賀さんは「遠回りしようか。」なんてとんでもないことまで言い出して・・・。
(ああ、神様。会いたいっていったけれど、こういうことじゃないんです。)
せっかく願いを叶えてくれた神様を少し恨めしく思った。


「大丈夫。君が心配するほど、世間は車内の人間に注目したりしないから。」
不意に隣から声がかかり、びくりとする。
「で、でも、こんなすごいスポーツカーだし、きっとみんなこっちを見て・・・」
焦って答えると、敦賀さんはくすくすと笑いを漏らした。
「都内じゃ、こんな車普通に走っているよ。だから、平気。」
そう言われても落ち着かない。
「誰もこっちを見たりしないから。シートを倒してもかまわないから楽にして。」

ら、楽に!?シ、シートを倒して!?
いったい何をおっしゃるんですか!
いくらシートに浅く腰掛けすぎて滑り落ちそうになっているからって、そんなの無理に決まってます!

叫びたい気持ちはなぜか言葉にできず、ただ黙ってもぞもぞと体勢を直す。
顔を向けることも躊躇われ、せめて何か話しかけようと思ったけれど何も浮かばない。
結局、もごもごと言葉をつまらせるばかりで。
そうして困り果てて落とした視線の先に、シフトレバーを握る手が映った。

袖口のわずかな部分をみただけでもわかる引き締まった筋肉質の腕。
手の甲に薄く浮かびあがる血管。
レバーを自在に操るしなやかで長い指。
そこに刻まれた節の思いがけぬ武骨さに心臓をキュッと掴まれ、慌てて目をそらした。

重いエンジン音にも負けないほどの激しさで、ドクドクと心臓が音を立てる。
焦りと後悔を上書きするほど強く染み出す、もうひとつの感情。
ぱちぱちと瞬きを何度も繰り返し、懸命に窓の外を見つめた。

――――近すぎる。

ホテルの部屋よりずっとずっと狭いこの空間。
閉ざされたその場所に二人きりという事実がひどく胸を圧迫して、息をするのもためらうほど苦しい。
雪花を演じているときは、抱きついても、しがみついても、あまつさえ御体にまたがっても何ともなかったのに。
どうしてこんなに苦しくなるんだろう。

(どうして・・・)

理由なんてわかりすぎるほどわかっている。
――――好きだから。

(それに・・・)

どんなに焦っても。後悔しても。
本当はやっぱりこうしていっしょにいられることがうれしい。
うれしいほど――――苦しい。
苦しいほど――――うれしい。


逸らした視線の先を、建物の谷間に時折姿を見せる鬱蒼とした雲海が埋めていく。
スモークガラスを通してみるからだろうか。
その色は、先ほどより一層黒く濃い。
消炭色の端々に混じる群青と黒、そしてわずかな茜。
洛陽に向け、それはますます深みを増していく。

不思議。
同じような空色をみつめて、同じように胸が苦しくなっても。
やっぱりあの頃とはこんなにも違う。
敦賀さんがそばにいるだけで、のしかかる暗雲すら愛しい。

――――愛しい。

そして私は、
(誰かに見つかったりしませんように。)
ただただ、そう祈った。


*


やがて、車は緩やかにスピードを落とし、なんてことはない道路の途中で音もなく停まった。
「着いたよ。」
穏やかな声が響く。
「ごめんね。急に引っ張り回して。」
声の近さに慌てて首をぶるぶると振り
「そ、そんなことないです。」
やっとの思いで顔を向ける。

「ようやくこっちを見てくれたね。」
すると、驚くほど間近で敦賀さんのどこまでもやさしい瞳が私をじっと見つめていた。




(つづく)
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